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多くの人影と共に鳴り響く金属と刃音。
輝く翼は月光を帯び銀の雫を放ちながら人々の必死に戦う姿を見るように真上を通過していき、その持ち主たるノアはクロームに向かって飛び掛ってくる造魔を蹴散らすと、地面に降り立つやどこか腹ただしそうにこう言った。
「ねぇ……。なんで村や街の人がここに来ているの?」
「はぁ? 知らねぇよ。どっかの無口な世話焼きが、いつものように感情任せに怒鳴り散らしたからじゃねぇのか」
するとクロームは造魔の攻撃を剣で受け止めながら笑みを浮かべ答え、それを聞いたノアは近くで戦うダルスの殴られた後を見た途端、全てを理解する。
(……はぁ。だから私は君が嫌い。バカでお節介の癖にそんな素振り、見せないんだから)
そして同じ様にクロームに背を向け造魔と応戦しながらもノアは見えないように一瞬だけ嬉しそうに笑みを浮かべると呟くようにこう言った。
「ん、そう。でも相変わらず嘘がヘタすぎ」
「あん? なんか言ったかよノア。小声じゃ全くきこえねぇぞ~??」
「別に……。それよりも残りの造魔は私が相手する。村人に従者は任せて君は――」
「ああそう言う事か。分かった! 魔導士とケリを付けさせて貰おうぜ!!」
クロームはそう言って頷くと剣の輝きを増し、地を飛ぶように駆けてイオニスの元に向かっていった。そしてノアはそんなクロームを見た後、残された造魔に蒼い瞳を向けて静かにこう言い放つ。
「人の成れの果て造魔。その魂すら獣へと変えられたお前達に戻る道は無い。だからせめて……苦しまず大いなる女神の息吹たるマナの中に旅立たせてあげる―――」
ノアはふわりと地面から浮き上がり大きく翼を伸ばすと舞放った羽が宙に浮かぶ中、一人残ったノア目掛けて飛び掛ってくる残り数体の造魔に向かって強大な波動を解き放った。銀の翼により生み出された息吹の渦が小さな竜巻となり天高くその異形なる姿を打ち上げると静かな笑みを携え小さな両手を上げて目標に標準を合わせ高らかに告げる。
【さあ英霊よ。我エマと共に仇名す全ての者に汝が力を見せ示せ! 白銀の瞬光――シルヴァント・ブラスターッ!!】
闇を引き裂く無数の閃光が地を揺るがし天に向かって瞬く頃。
クロームは戦場の中、魔導士イオニスと対峙していた。
『ちぃっ、小賢しい真似を!! たかが人間の力如きで何が出来るか!』
「ああ、なんも出来ないさ。だけどなそれは一人での話だ。どんな小さな力でも大勢集まれば山を切り崩し、川を塞き止め、自然すらも時に凌駕する。それが人間だ! 一つの力に呼応する俺達とは力の格も決意の重さも違うんだよ!」
クロームはそう言い放つと剣をイオニスに振り下ろした。
だが、その攻撃はあと少しという所でかわされイオニスの身に着ける黒いフードだけが地面に切り落ちる。そしてそこから現れたのは赤い長髪の髪と燃えるような瞳。
それを覆うように金縁のメガネをかけた一人の青年だった。
「……っ、なるほどな! つまり、俺の貰った手紙を変えたのはお前の仕業だった訳かよ」
クロームは悔しそうに舌打ちをして表情を歪ました。何故なら目の前にいるのがあの時、手紙を拾い笑みを浮かべていた青年だったからだ。自分で言った言葉すら疑いたくなる容姿にクロームは再び剣を構え直し即座に距離を開ける。
するとイオニスはメガネの位置を直してクロームに向き直すとこう言った。
『私は……全てを蝕まれし存在だ。そこに意味があろうが無かろうが私は、私の記す主の契約を守れればどうでもいいのだよ。さあ、決着をつけようか。クローム・アーツフェルド!!』
「―――っ!!」
イオニスは内なる憎しみの炎が弾けたよう宙を飛び、クロームに向かって打って出る。
クロームはすぐさま剣を持って切り付けようとするが、イオニスは巧みに攻撃を避けると即座に闇を腕に纏わせ、鋭い黒棘へとその手を変化させていく。
【魔界の棘よ。我腕に宿り手汝の敵を打ち抜く力となれ! 闇の承霊・ディスブレイカル!!】
イオニスがそう呟くや、クロームにむかって鋭利な棘と化した腕を突き刺す。
クロームは剣で鋭い攻撃を防ぐがその一撃は足が地に沈むほど強力なものであった。
「ぐっ、それにこの力は……。お前、まさか!!」
思わず声を上げるクローム。なんとか力任せに弾き飛ばすと攻撃する隙も無くイオニスはその棘を地面に突き刺し大地へと注ぐ。途端に禍々しい波動が地面から飛び出してくる無数の棘へと変化し襲い掛かるも、クロームはそれらを剣でみな弾き落としこう言った。
「爺から聞いたことがあるぞ。別の大陸には破壊のイムを司る承霊を使う技士が居るって……お前がそれかぁ。魔導士イオニスッッーー!!!」
憤怒の言葉と同時に飛び掛り、思いっきり剣を振り下ろすクローム。
しかしイオニスは微動だにせずその攻撃を弾き飛ばすともう片手をクロームに向けて答える事無く笑みを浮かべ詠唱を呟く。
【――世界に潜めし億戦の原祖のマナよ。我のエマを喰らい、あまたの光をも飲み込み、終焉の業火へと姿を変え。汝が力を持て、我が前に立つ愚者を焼き払え!】
宙に漂う無数の光が集まりだし目の前の空間は熱により歪み、混沌とした気配を放ち始めた。それらはどれもが禍々しい光を放ち、閉じられた空間から飛び出す。
【イムよわが腕に宿りて、破壊の力を呼び覚ませ! 炎の承霊・プロミネンスロア!!】
刹那。巨大な火の玉がイオニスの手の平を迸り放たれた。それは周りの空気を飲み込み見る見るうちに強大化しクロームに向かって猛威を晒す。
「ちっ、それが答えのつもりかよ! うおおおおおおおおッッ!!!!」
クロームは舌打ちをすると剣に力を込め、掛け声と共に向かってくる火球を剣で真っ二つに切り裂き爆発音と共にこの世から消滅させた。辺りには火の粉が舞い飛ぶが、それすらも無かったかのように光の塵となりこの世界から消え去る。
「はぁ、はぁ、だったら……手加減なんていらねぇよな。お前のそのひねくった性格と生き様。俺が今すぐ――『糺して』やるぜ!!」
クロームはそう言うと剣に自らのエマを込めた。すると剣はその決意に呼応するように瞬きを始め。刹那、クロームの姿は淡い波動に包まれさらなる加速を持って地を飛んだ。
『ふっ。「糺す」か。この私を? くくくはははは。ほざけッ。たかが万物の武器化しか出来ぬ属霊如きに、私が屈するものか!! お前こそ、その愚かな人格――【滅して】くれる!』
するとイオニスも同じ様に黒い波動を身に纏い、同じ様に宙を飛んだ。
両者が光る剣と黒い棘がぶつかる度に周りに衝撃音と火花が木霊し、戦場を自在に飛び抜け、空間からは稲妻が放たれ火球が飛び交うが、ノアは従者との戦いを終えた人々を非難させその攻撃を彼らに及ばないように翼で弾き飛ばすと大声でこう言った。
「この大バカ! 少しは場所を考えて戦ってよ!!」
「うっせいな。異国の『技士』相手にそんな余裕、俺にあるかよ。おわっ!!」
ノアの罵声に一瞬姿を現したクロームが気を取られた瞬間、イオニスの棘がクロームの頬をかすり、即座に切り返した剣は同じ様にイオニスの肩を少しだけかすった。
『余所見をする余裕があるとは驚きだ。だが、その余裕いつまで持つかな?』
「へっ言ってくれんじゃねぇか。だが、相手にとって不足はねぇぜ!」
人の証である赤い血が頬と肩から毀れ痛むが、それでも両者は動きを止めない。
即座に動き出した両者は剣先と棘の先をぶつけ合い熾烈な戦いを繰り広げ、僅か一ミリにも満たない両先を打ち合い、相殺し合いながら地面を駆け回る。闇夜には激しい残響だけが木霊し、見るも無残に周りの木々がぶつかり合う衝撃波によって悉く大地へとなぎ倒されていき。
もはや光と影と化した両者は村や街の人々の見ている中、いつ終わるかわからぬ狂芸に身を躍らせ続ける。しかし、ノアはその部の悪さをはっきりと認識していた。
武装属霊は自在に武器を変化させる事は出来るものの、接近戦を好むクロームは遠距離からの攻撃をしようとはせず、逆に魔道技士のイオニスは遠距離攻撃を主とし。火炎、雷、闇と自在に距離感を変えて戦う事が可能であり戦闘の経験も見る限り上だった。
その為、ノアは厳しい表情をしながら再び翼を広げ銀の飛礫を放とうとしたが、その途端クロームは目の前に姿を現しノアに剣を向け、睨み付けながらこう言い放つ。
「おいおい、余計な事をすんなよなノア。俺は今、最高に楽しいんだからよ!」
「ん、君って本当にバトル馬鹿。近づけないなら意味はないと私は思うけど?」
「ああ、言われてみればそうだな。さてと、どうすっかなぁ?」
「知らない。そんなの自分で考えてよ。でも一つだけ言っておく。負けたら承知しないから!」
「………へへ。そりゃあ怖い話だな。それじゃあ意地でも勝つとすっか!」
ノアの言葉を聞き、笑いながら再びイオニスに向かっていくが、その迷い無い瞳を見てノアは翼を折りたたみ静かに事の成り行きを見守る事にした。
(どうせ、相手が人だから極力傷つけないようにしてるんだろうけど。戦場にそんな甘えなんて自分の身を苦しめるだけだと言うのに、はぁ。ほんと……どうしようもない馬鹿)
それでも、自分にはそんな戦いを出来ない事を知っているノアは静かに拳を握り締め、どこか歯がゆそうに二人の戦いを見ているのだった。
◇
息も乱せぬ攻防を続ける続けながら、クロームは縦横無尽に戦場を動き回る。
しかし疲労は徐々に大きくなり、少しずつイオニスの攻撃がクロームの体を傷つける。
薄皮一枚が切り裂かれる度に小さな悲痛が闇夜に木霊するが、それでもクロームの瞳から光が消えることは無い。
「どうしたイオニス。てめぇの力はその程度かよ。魔導士が聞いて呆れるな!」
『ふっ、それを言うならば何故貴様こそ属霊の力を使わない。その剣を突き立てエマを注ぐだけで万物の意思を消滅させる事が可能だというのに、何故だ?』
「ああ? 決まってんだろ! そのほうが面白いからだ!」
そう言いながらにやりと笑うクロームを見て、イオニスもつられて笑みを浮かべる。
『愚かなものだな。だが、不思議だ。その愚かさすら、時に清々しく感じるとはな』
「はは、褒め言葉と捕らえさせて貰うな、それじゃあ、いい加減ケリを付けようか。次の攻撃でお前を蝕む邪悪な意思を、終わらせてやるよ……イオニスッ!」
そして、その言葉と同時にクロームは突如立ち止まり身に纏う波動を押さえ静かに剣を構える。
するとイオニスも同じ様に波動を押さえ目の前の宙に姿を現し苦笑の表情を浮かべるも、どこか嬉しそうに苦笑しながら手のひらをクロームに向けてこう言い返す。
『下らん。今まで防御一点のお前が、甘さを携えたお前如きが! 闇に潜みし太古の混沌にどうして抗える。否、それでも挑むと言うならば貴様の屈強な意思。ここで我に示しみせろ! さあ、受けるがいい。我最大の召喚技! 闇と炎の複合承霊・ダークプロミネンス!!』
刹那。蓄えていた力を一気に開放し、クローム目掛けて雷を帯びた巨大な炎球を打ち放った。だが、それを見るやクロームはにやりと笑みを浮かべると走り出しこう言った。
【だったら、お望み通り見せてやるよ。属霊よ。その魂を俺のエマと共に姿を変え、全てをいなす力と成せ。武装変移――。おっしゃああ弾き飛ばせ! エーテルシールド!!】
叫び声と共にクロームの持っていた剣は光へと変わり、次の瞬間。輝く盾となってクロームの前に姿を現した。そして目の前の炎球を受け止めると中心を貫くように突き進み、炎球を脱し消し去ると同時にクロームは再び腕輪を構えて叫んだ。
【終わりだ。幾戦のエマを継ぎし力の象徴等よ、今こそ来たれ! 時空を超えて我が元へ!】
『っ、愚者め! 貴様の武装など何の意味もないと言っているだろうが!!』
イオニスはそう言いながら次のクロームの攻撃に備え腕に纏った棘を構えた。
先ほどの戦いでクロームの移動速度も攻撃力もある程度把握できていた。たとえ加速に乗せた一撃を打ち付けてきたとしても魔界の棘の方が硬度の硬さは上であると悟っていたのだ。
しかしその瞬間、イオニスは見た。確かにクロームが笑みを浮かべていたのを。
【ばーか、遅いっての。俺の拳よエマと共に唸りやがれ。武装属霊・エーテルブローッ!!!】
刹那。クローム盾が拳へと変化し、姿が消え揺れ動くとイオニスは言葉を失う。
『くっ、速度による残像か……。だが、この程度で……私が……やられ――』
そして、そう呟くのを最後に白目を浮かべ口から泡を吹いてイオニスは地面に倒れた。
周りの人々はそのあっけない両者の対決の幕切れに理解も出来ず唖然とするが、クロームは光り輝く拳を宙に解き放つと静かにこう言った。
「ふぅ。召喚技・フェニッシュブローってな。かなり楽しかったぜイオニス。目が覚めたら敵も味方も無しに素のお前とじっくり話してみたいもんだ。なにせお前は操られてる状態でも村人も街の人も殺めなかったんだからな。それにこの状態じゃあ。力も本気で出し切れなかっただろうし。この勝負、引き分けにしておいてやるよ」
そう言って倒れたイオニスを抱きかかえると、勝ち誇ったようにノアに向かってVサインをするが、ノアはそんな光景を見るや、半ば呆れたように吐息を零しながら首を横に振るとこう言い出した。
「ん、全てのエマを加速一点に回し、光に近い速度の衝撃ジャブだけが魔界の棘の防御硬度を無視して貫いた。つまり最後にイオニスが見た残像は脳のブレね。ふぅ、確かに気絶させるほどの衝撃を与えるには相手の動きを数秒でも止めなければならない。だからこそ相手の油断を誘う為に防御に徹し、なおかつ最大の召喚技で油断した所を……。」
「おいおい、ノア。勝手な分析をするのは良いけどよ。今は二人を救うのが先決だろ?」
「ふぅ、アレだけ考え無しに派手に暴れておいた君がそれを言うかな、技もどうせいつもの思いつきでしょ? 呆れてモノが言えないよ。ほんと」
「へへ、でもよ。約束は守ったぜ。だからお説教と説明は勘弁しろよノア」
「む~。なら行くよ。時間は待ってくれないんだから」
ノアは何か言いたそうな表情をしながらも、光と共に体から英霊を解き放つとすたすたと地面に光り輝く現流移送方陣に向かって歩き出していく。
するとそんなノアと地面にイオニスを置いたクロームを見て人々が声を上げた。
「……俺達が出来るのはここまでのようだ。正直付いて行ってやりたいが、二人の戦いを見たら俺達は足手まといにしかなりそうにない。だから。ルルとノルンを必ず助けてやってくれ」
「ああ、任せておけって。なんなら男と約束でもするか?」
「はは、しねぇよ。お前が約束を裏切らない男なのは十分にわかったからな!」
後ろに立つジグも同じ様にその言葉に頷き、村人に囲まれ三人は強く握手を交す。
一方ノアの元にはカロンがどこに隠していたのか、パンの袋をを持って話しかけていた。
「ほれ、これを持っていきな。アクア・ラッシュ名物のベェムパンだ。ちょっと冷めているけど食べれば疲れなんて吹き飛んじまうさね。だから……お嬢ちゃん。ノルン様とルルを必ず連れて帰って来ておくれ。四人の為に新しい揚げパンを上げておくからさ」
「……分かった。それじゃあ――楽しみにしておく」
ノアは強く頷くと小さな袋を抱きかかえ、街の人々に見守られながら移送方陣に向かう。
そして、クロームにその袋を手渡すと静かに呟いた。
「ん、これから先は何が起こるかわかない。それでも、君は付いてくるの?」
「はは、それを俺に聴くのは時間の無駄だろ。それともノア。お前まさか怖気づいたのかよ?」
「ふぅ、そんな訳ないでしょ。一応警告。めんどうな戦いになりそうだから」
「へぇ……。そいつは楽しみだ。ノアがビビる相手なんてめったに会えないからな」
「ビビッてなんかないッ! 君こそせいぜい足手まといにならないでよね」
そう言いながらノアはふて腐れた表情を浮かべ英霊と共にずかずかと移送方陣に入っていく。
するとクロームはそんなノアの様子に笑いを浮かべ、同じ様に移送方陣に入っていった。
二人が入った途端、陣は輝きを増し天を貫く光となって二人の姿を出口に向かって運んでいく。そして、瞬く光が消え去った時。二人の姿は人々の前から消えてなくなっていた。




