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その後、すぐさま屋根の上に止まっていた英霊を呼ぶとその背に飛び乗りまるで一迅の風の如く村を飛び去り、昨日英霊と共に走ってきた山道を歪んだ瞳で眺めた。
(英霊が消えたとしてもまだ、間に合う……。あの二人が行くとすればそれはあのアクア・ラッシュに他ならない。なら、この道を辿って行けば必ず手がかりがあるはず)
日は段々と傾き闇が徐々に押し寄せてくるも、ノアは何とか手がかりを見つけようと袖で歪む表情を拭いそう考え何度も空を旋回していた。
するとそんな中、山道を歩く大勢の兵士の姿が見えた。誰かを追っているようにも見えたノアは急速先回するとすぐさまその場所に急行する。
(あれは……街の人々。何かに追われている?)
ノアはすぐさま舞い降りると、兵士から逃げ惑う人々を見てこう言った。
「早く逃げて……。ここは私が、何とかする」
ノアはそう告げると一瞬にして上空に舞い上がり英霊から飛び降りると腰にコートを巻きつけ、そのまま真下に来た英霊に触れ『エレメント化』の詠唱を呟いた。
「ッ、ん。あああああああああ――――!!!!!」
刹那。透き通る声を奏で白銀の翼をその背に纏い、目にも留まらぬ速さで地上に降り立つと翼から放たれる波動によって兵士を打ち抜きことごとく地面になぎ倒した。
そしてそんな舞い降りたノアの神秘的な光景を見ていた老婆カロンは声を上げた。
「ああ、あんたもやはり召喚技士だったのかい! ならお願いだよ。どうかノルン様とルルを助けてやってくれないかい! あの二人は反旗を翻した魔導士によって私達を守る為に戦い、連れ去られてしまったんだよ。どうか、どうか頼むよ……」
「……っ! やはりそうなの。ん、分かった。あとは任せてあなた達は村に逃げて!」
ノアは懇願するカロンや街の人々が頷くのを見た後、再び兵士を見て声を詰まらせる。それはあの時と同じように多くの兵士が見る見るうちに断末魔を上げながら造魔に変化していたからだ。時間的に闇が濃くなればさらに彼らの力が増すのは確実だろう。だがそんな異様な光景を見ながらもノアは冷たい眼差しを向け興味なさそうにこう呟き。
「良いよ……。ちょうど頭に来てたし、まとめて相手してあげるッ!!」
勇猛果敢に造魔の群れに自ら突っ込んで行った。
◇
ノアが会場を飛び出す頃。全速力でようやく村に帰ってこられたクロームは切羽詰った表情で家から出て来たノアを見かけ声をかけた。しかしノアには聞こえないのかすぐさま英霊を呼ぶとどこかに向かって飛んでいってしまった。
(ふぅ、アイツ……珍しく慌てていたな。こりゃ、あの二人に何かあったと見るべきか)
クロームはそんな事を考えながら会議場に向かい扉を開け放つ。
すると誰もが苦悶の表情を浮かべたままため息を付いていた。
「なんだ? この湿気た空間は。そう言えばさっきからノルンと嬢ちゃんの姿が見えないが、ダルス。何か知らないか?」
するとダルスはその言葉に答える事無く静かに首を振る。
「ふ~んなるほど。こりゃあノアに結構痛めつけられたようだな。まあしゃあない。あいつは冷静にしていてもまだまだ情緒不安定のお子様だからな。大人の事情なんてわかりゃしないのさ」
クロームはそう言いながら、椅子にドンと座りダルスを見て話し出した。
「誰だって自分の身が大切だし、その為ならルルやノルン程度の少ない犠牲を払い、どこで誰が傷つこうと構わない。そう言いたいんだろ?」
「……っ、誰もそこまで言ってはおらん! 俺達は無意味な戦いをするのがもう耐えられないんだ。それも誰が作ったかわからない計画通りに動くなんて絶えられないんだけだ。分からないか? 自分の意思だと思って動いてきた事が実は誰かの手の内で動いていて、しかもこれから行動したとしても、それすらも手の内だとしたら、一体どうすればいいと言うんだ!!」
クロームの茶化すような言葉に内に秘めていた声を荒げてそう言い放つダルス。
だがクロームは感情だけの言葉を聴いた途端、先ほどまでの笑みを消した。
「別に、構いやしないさ。それがお前達の生き様だって言うならそれも一つの道だ。そこに部外者の俺がとやかく言う筋合いは無いんだろうな。だけどよッ――」
そして語りながらすっと席から立ち上がり、ダルスの前に移動するや激しく握り締めた拳でその顔面を思いっきり殴り飛ばした。
巨体が軽く浮き上がり壊れたテーブルごと吹き飛ばし、他の村人はクロームの怒りに満ちた荒げる声に何も言えず言葉を失った。
「――くっだらねぇんだよッ! あんたはそれで満足なのか? これからも見えない恐怖や人の目を気にして一生何も出来ない自分を背負って生きていくつもりなのか? そして今、行動すら出来ないあんたにそれだけの『覚悟』があるのかよ!」
「…………」
「悪いけど俺は嫌だね。他人に何でも決め付けられるなんて冗談じゃねぇ! それがノアなら運命とか神の啓示とかわけの分からない事を言うんだろうけどよ。それに抗いたいから今を精一杯生きて未来を作るんだよ! 誰かに易々操られる為に俺たちは生きるわけじゃねぇんだ! てめえはそんな『志』まで失っちまったのかよ」
睨みつけるように迷いのない瞳でクロームはダルスを見つめ、言葉を紡ぐ。
強い眼差しが弱い心を貫くように、荒々しくも会場に響き渡った。
「今、未来を信じて動いている奴等がいるんだ。そしてそれを踏みにじろうとする奴等も同じようにいるんだよ! ようやく訪れた機会に、大人のお前がそれをただ見ているだけなのか? 本当にその手には守るべき『力』を持っていないのかよ。ええ……どうなんだよ! 答えやがれダルス・リングエルドッ!!」
静寂の中、確かに響いたダルスだけでは無く村人まで揺さぶるクロームの言葉。
それは確かに誰もが分かっていながら答える事が出来ない言葉であった。
ノルンを頼ったもののそれで戦が終焉する保障はどこにも無い。
しかし村人自ら戦いに赴く事になれば、対峙するのはあの異形なるバケモノの軍勢であろう。そうなれば必然的に訪れるのは血生臭い戦場、そして確かな死の一文字であった。
再び場は沈黙とかし、クロームはそれでも何かを求めるようにダルスをみる。
すると、ダルスは倒れたまま天井を見つめ、こう呟いた。
「……へ、全く、子供はいいな。自由でよ。大人ってのは、いつも後悔の染みを作りやがる。それが悪いと良いとかなんて頭で考えなくてもすぐに分かるのによぉ。力を持っててもここぞという時には誰かに後押しされたくて待ってやがんだよ。ったく、なんともなさけねぇ話だよな。つくづくそう思ったぜ」
そして立ち上がるやすぐ近くにあった武器を手に取り笑みを浮かべるダルス。
元々、酒を飲んでいたのも自らの情けない戦場の恐怖やこの戦にどうでもいい理由を混ぜ込んで押し殺す為であった。しかしノアに『生きる為の信念』をクロームに『生き抜く為の志』を突きつけられ、沈んでいた内なる強い決意が再び目を覚ますと、何かが吹っ切れたようにクロームに近づきこう述べた。
「さすがに……効いたぜ。心の芯まで響く熱い一撃はよぉッ……!」
ダルスは赤くなった顔をわざとらしく抑えなが笑みを浮かべた。
クロームはそんなダルスを見て、同じく笑みを浮かべるこう言い返す。
「はっ、そりゃあ当たり前だろう! 寝ぼけた意気地無しの大人を目覚めさせるにはこれくらいでちょうど良いんだよ。大体ノアにやられなくて命拾いしたんだぜ? アイツが本気でキレて人をぶん殴れば壁どころか家の二、三件は軽く破壊して吹っ飛ばすからよ」
「わっはははは、ちげぇねぇな!」
そう笑うダルスの表情は最初とは違い、迷いが断ち切れたように溌剌としていた。
会場にいた村人の多くもその光景を見た途端、同じように内から沸き上がる衝動に駆られ、皆思い思いに立ち上がり始めた。が、そんな強い意志で瞳を交わす二人の間を割るように突如会場の扉がものすごい音を立て出したのだ。
それと同時に聞こえる無数の人の声。クロームが何事かと思いつつ扉を開けると、傷ついた多くの街の人々が会場内に雪崩れ込んできた。
「なっ、なんだお前等? ってカロン! なんであんたがここにいるんだ?」
クロームはそこに顔見知りの人が居るのを見て声を上げる。
すると老婆カロンは、どこか安堵の表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「ああ、召喚技士がこの村に居るって聞いていたけど、もう一人はやっぱりあんただったんだねクロ!」
「クロームだっての! それよりもう一人の召喚技士ってまさか!」
「そう、あの蒼髪のお嬢ちゃんが私達を逃がす為にノルン様やルルと同じようにあのイカレタ魔導士と今戦っているのさ。街の人も狂った長や魔導士の手から逃れる為に塵々に逃げているんだよ! もう村や街で身勝手な戦なんかしてる場合じゃないんだ! 早くあの子達を助けないと……何もかも終わっちまうよ……」
「ああ、分かった。そんなに汚れて急いでここまで知らせに来てくれたんだな。ありがとうよカロン。後は任せておけ。俺が――全て糺してやる!」
クロームはそう言うと、属霊を呼び空間から光る剣を取り出し掲げた。
満ちる光が会場を光に包み、大勢の視点が歓喜の吐息と共に一箇所に集められる。
そして、剣を携えすぐさま会場の外に出てノアの元に向かおうとした時。
後ろから大きな声で引き止める人物が居た。
「待てよ小僧……。俺も行くぞ。たとえこれも相手の手の内だとしても俺の奴らに対するこの怒りは紛れもない本物だ! それにこのまま燻ってガキどもに任せっきりじゃ、大の大人が格好悪くて仕方ないからな!」
するとそれを引き金に今まで沈黙を保っていた村人やあの戦いで生き延びた町の兵士達が次々と席から立ち上がり声を上げた。
「待てよダルス。お前ばかり良い格好させてたまるかよ。俺達も行くよ!」
「ジグ……!」
「俺達だってノアさんの言葉でとっくに気が付いていたんだ。こうして何も出来ないままで居るのが間違いだって事がね。だからたとえそれがどんな結果になろうとも一矢報いたいんだ! そうだよな皆!」
村人はジグの言葉に頷くと、あの時のようにダルスの元に集まった。
皆、これから戦場に向かうというのに誰の表情にも不安や恐怖は全く感じさせず、未だ見えない未来を信じるように賛同の声を荒げる。
「なら私達アクア・ラッシュの皆も負けてられないねぇ。まだ無事な連中は武器を取りな。今こそ人間の底力を奴らバケモノ共に見せ付けてやるんだよ!」
そしてカロンの言葉と共に街の人々からもノルンの身を案じ同じように再び戦場に戻るのを決意する人々が一斉に声を上げると、クロームはそんな大勢の街と村の人々を見て嬉しそうに光る剣を掲げ、凛とした声を上げてこう言い放った。
「よっしゃああああ。こうなりゃ皆で奴らに一泡吹かせてやろうぜ。行くぜぇぇぇええええ皆ああああッ―――!!」
『おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!』
そして先陣を切るように駆け出すとその背を追うように地を唸らす掛け声と共に、武器を持った人々が次々と村から飛び出していった。




