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4-5


     ◇

 時同じくして、ノアは何かが内なる場所で弾ける感覚を感じ取る。

「ん、この欠けるような感覚……まさか!」

ノアは会話の途中であるにもかかわらず急いで自らの手に身につけていた指輪を見た。

すると突如指輪は光だし【英霊・ダットハーロット――帰依】と文字と共に英霊の姿が浮かび上がり指輪から放たれると文字に姿を変え、光を帯び勝手に開かれ宙に浮いたノアの持つ書に戻っていった。だがその一文は白く透き通ったままとなっていた。

「ノア、これは一体全体どういう事だ?」

「……考えられるのは。リング・エルドに置いておいた英霊・ダットハーロットを、誰かが勝手に使役して返り討ちにあったという事だけ」

しかも英霊を破るほどの実力のある敵が現れた。ノアはその事をクロームに告げず少しだけ険しい表情をしながら書をしまうと目の前に佇む精霊を見て軽く頷く。

《 そうですか……。ならば時間はありませんね。どうかこの地に住まう者達に伝えてください。この地の水のマナが至らぬ輪の流れによって歪みを生じ、今再び混沌は目覚めの時を迎えようとしていると。ですが、それは本来の流れにあってはならない歪みであり私達も全ての流れを受け渡さんとリアを維持してきましたが、もはやそれも風前のともし火。小さき人の子よ。どうか、どうかこの至らぬ流れを断ち切って下さい 》

「ん……わかった。それじゃあ――行く!!」

ノアは軽く会釈し会話が終わると同時に村に向かって走り出していく。

クロームも同じように走り出そうとするが、途端に脳内に精霊の声が響いてきた。

《 お待ちなさい。これから向かう地は想像を超える憎悪が渦巻いております。私達も及ばずながら力を少しだけ貸します。その水晶を私の前に…… 》

「マジかよ。ああ、分かった」

クロームは意味を理解できないまま、地面に落ちていた水晶を拾い上げ精霊に向かって掲げた。すると泉の水が空間に浮かび上がり宙で飛散するとクロームの持つ水晶に吸い込まれていった。水晶は柔らかな光を放ちマナに満ち溢れてたまま淡い光を放つ。

《 さあ。これをお持ちなさい。無知ゆえに人の痛みを何より知る者よ。それとあの小さきも賢き者は危き存在です。善にも悪も天秤が傾く己の心を何よりも恐れています。あなたは傍らに居てその動向を見守ってお上げなさい 》

そしてその言葉を聞きがくっと肩を落とすクローム。

「……無知って、随分はっきりと言うなよな。おい!」

だがすぐに真面目な表情にもどり水晶を握り締めこう言った。

「まあ、だけどよ。あんたに言われるまでも無いさ。俺は昔からあいつ等と一緒に育ってきたんだ。爺の言い方ならそれが役割とか言うんだろうけどさ。悪いけど、俺はそういう事に興味ないんだ。俺は俺が信じる道をただまっすぐに糺す。そこで道が交わろうが別れようがそれはアイツのノアの意思だ。だから見守るならあんた達が見守ってやれよ。それが、リアを、調和を司るあんた等精霊の存在理念だろ?」

クロームはにやりと笑うとすぐにノアを追うように森の外に走っていった。

すると一人残された精霊ウィル・アクアはその言葉に微笑を浮かべ、泉から走り去っていくクロームを見て嬉しそうに呟いた。

《……ふふ、そうですね。長き時を生きてきましたが、まさか人の子に糺されるとは思ってもいませんでした。さすがはあの型破りの宮廷召喚技士グレーシス・アーツフェルドの孫と言った所でしょうか。ですがあの子達なら……きっとこの地のマナをも……糺してくれることでしょう 》

精霊はそう言い終わると両手を組み静かに祈った。

《 この世界を織り成す大地母神エルフィリウムよ。どうか強き意思を、エマを持つ子達に輝く祝福の未来を…… 》

そしてそれを最後に泉の水は消え去り、同時に精霊の姿も消えてなくなっていた。


 ノアは泉の精霊と別れると疾風の如く森を走り抜け、そのまま頭に巡る己の愚かさをかみ締め、森を抜け出すや否や即座に走りながら指輪に語りかけた。

【……英霊ジャックイン・フェザー。私のエマに導かれ―――此処に来て!!】

刹那、遠くの集落から白銀の鳳の英霊が天高く飛び立った。

英霊は迷う事無く雲を貫き光を纏いノアの元に向かうとその横を並走するように飛び続ける。そしてノアはそれを見るやすぐさま背に飛び乗り、英霊は呼び主が乗ったのを確認すると再び天高く夕暮れに近づく大空に舞い上がった。

(っ、迂闊。こんな早くに奴らが攻めて来るになるなんて、なんて誤算なの!)

――ノアはルルの身に何かが起きた事が理解出来ていた。英霊が物理的に破られる事は千の軍勢を相手にしても殆どありえないとされる。原因として考えられるのは英霊を構成するマナに何らかの影響を受け消失した事。そしてもう一つが同じように召喚技で攻撃された場合となる。つまり今回の場合。一定地域から全てのマナの完全な枯渇が無い以上、考えられる原因は一つに絞り込まれてしまうのである――

 だからこそ焦り急いでいた。急ぐしかなかったのだ。

「見えた! ジャックイン・フェザー。あの村に下りて!!」

ノアはあっという間に森の泉からリング・エルドに戻るとすぐさま英霊から飛び降り、ルルの宿に向かった。だがノアの予想通りそこには誰もおらず、村の周りからも英霊の気配は完全に消え去っていた。

(村は無事? という事は、ここには居ないの?)

ノアは急いで村を走り出し、明かりの付いた会議場の扉を開く。するとそこにはいつから居るかも分からないが、酷く疲労しきった長老や村人の姿が顔を連ねていた。

「おや、召喚技士様。何か、御用でしょうか?」

「ん、一つだけ聞く。この村にいた筈のノルンとルルの姿が見えない。誰でも構わない。どこにいったか知らない?」

ノアの問いかけに皆知らないといった様子で首を横に振る。

だがそんな中、外から現れたダルスはやれやれと言った表情で椅子に座るとこう言った。

「………あんたがそれを知ってどうする気だい。賢い召喚技士さんよ」

「彼らに聞きたいことが出来た。だから探している」

「なるほど、もっともらしい言葉だな。だがこいつ等はしらねぇよ。ずっと意味も無い会議を繰り返していたからな」

ダルスはそう言って手に持ったビンの中身を飲み干す。辺りに漂わせる匂いを見る限りそれが酒であるのはノアにはすぐに分かった。ノアは怪訝そうな表情でダルスに聞く。

「そう、ならば質問を変える。その二人がいなくなるのも知らず大の大人であるお前は、こんな場所で一体何をしている?」

「はっ、決まってんだろ。自棄酒だよヤケザケ。どの道俺達が動こうと何一つ変わらねぇ。

後は事の成り行きを見守るしか出来ねぇんだ。なら酒でも飲んで待つのが一番だろうが」

「待つって……待って―――それじゃあ!」

ノアは走り出しダルスの持つビンを手ごと握り締めると険しい表情でこう叫んだ。

「あの二人を黙って奴らの居る街に行かせたの?」

するとダルスはその言葉に答えることなく手を弾くと一枚の手紙を懐から取り出しノアに見せた。そこにはリング・エルドからアクア・ラッシュに向けて『水の覇権を巡り会戦を願い出る』と事細かに紙に刻まれていた。

「何? これ?」

ノアは手紙を見せられた真意も理解できず首をかしげると、ダルスは懐からもう一枚の手紙を取り出した。そして同じようにノアに渡すとそこにはまったく似たような文章が描かれていた。ただしその内容が変わっておりリング・エルドからアクア・ラッシュに向けて『会合を開きたい。代表者に出席して欲しい』と平和的に書かれていたのだ。

「これって、まさか文章の改竄?」

ノアの驚く表情を見つつ、ダルスは嫌そうに語りだした。

「見ての通り。最初の一枚がノルンが持ってきたもの。そしてもう一枚が俺達リング・エルドが前に街の長に渡そうとした原文だ。これを見て分かると思うが一文がそっくり入れ替えられてやがる。つまりは……元からこの戦いは誰かによって仕組まれていた証拠になるわけだ」

ダルスは、そう言いながらビンをテーブルに置いて叫んだ。

「まったくふざけた話だ! 俺達が必死に話し合いに応じて貰おうと思って行動していたのにようやく来たのはその息子。しかもそいつまで利用して戦争を企んでいる奴が確実に居やがったって事さ。それが長のガブグレスか魔導士かは分からない。だが俺達はそんな下らない事の為に戦っていたわけじゃねぇ! 自分の志を、この村を守る為に戦っていたんだ。なのにそれすらもソイツの思惑通り事を進めてたに過ぎないんだ! 分かるかこの空しさが、悲しさが、悔しさがよお!!」

ダルスは拳を握り締めテーブルを殴りつけた。

鈍い音が室内に木霊し木製のテーブルは軋む声を上げてぐらりと傾き、ビンが落ちて砕け散ると周りの村人からはどよめきが起こった。

だがノアはそれを見ても表情を変えずこう言った。

「……そう、ならば問う。そこまで分かっていながら何故お前は行動を起こさない?」

「ああ、何だと?」

「ただ酒に溺れ、悪意に身を焦し結果を待つだけがお前が出来る。最善の事なの?」

するとノアの言葉に反発するように立ち上がりダルスは憤怒を露にする。

「何言ってやがる!! 俺達はなんの力も持たないただの一般人だ。あんた等にとってはザコキャラのあのバケモノすら全く歯が立たない普通の人なんだよ。だったらどんな手を使ってもこの戦いを避けるか逃げる、それが最善の策に違いないだろうがぁああ!!」

ダルスの苦痛に満ちた声が会議場に木霊する。他の村人や長老までも俯く者が殆どで誰もその意見に反発しようとするものは居ない。元よりもはやあの戦いで異様な力の差を見せ付けられこの村には街と争うだけの気力は残されても居なかったのだ。

ノアはそんな無気力に近い村人を見て声を荒げた。

「――ッ、そんなの、おかしい! だからと言ってそれを理由に、盾にしてお前達は何もしないのか? 内なる生きる意味を放棄してまで無意味な生にしがみ付く事にどんな意味があるのよ!」

「意味なんてねぇよ………ただ生きたい。生き延びたい。それだけだ……」

ダルスはそう短く呟くと再び椅子に座り自らの腕を押さえ沈黙した。

ノアはそんな村人達を見て俯き肩を震わせ呟くように言った。

「そう、なんだ……。実に滑稽ね。あの二人はこの村と街の争いを阻む大切な希望だった。それを犠牲にし絶やしても良いと思うなら、お前達もあの意思の無いバケモノの造魔と同じ! ただ現実を見て見ぬ振りしか出来ない情けない亡者だ! ならこんな陳腐な村……いつ滅んでも構わない。私は二人を探しに行く。お前達は恐れを抱き、自分の身を守るだけに恐怖と共に足掻いればいいッ!!」

ノアはそう叫ぶように言い放つと即座に身を翻し会議場の扉を開けた。

そして去り行く後姿を見ていたダルスは問いかけるように言葉を発した。

「……なぁ、賢い召喚技士さんよ。なんであんたは、無関係な筈の召喚技士がそこまで見ず知らずのあいつ等の肩を持つんだ? どう考えてもおかしいんじゃねぇか?」

するとノアは振り向き苦悶の表情でこう弱々しく言った。

「ルルの側に居た英霊がこの世界から消えた。そう言えば彼らの状況が分からない?」

「なっ――!!」

ダルスはノアの言葉で全てを理解した。あれだけの強い力を持つ英霊が消えたと言う事は彼らの身もまた無事ではすまない事が容易に想像できたからだ。

「確かにこれは私のミス。だけど私はもう後悔の数を数えたくないの……だから――」

驚くダルスを見てノアは蒼い瞳を向け睨みつけると、静かな怒りと共にこう続け。

「もしあの二人に何かあったら、私はあんた達のような自分の命に執着し、他者を見捨てるだけの大人を絶対に許さない! たとえこの戦いで生き残ったとしても、こんな村――私が世界から消してやるッ!!」

「―――ッ!!!」

そして村人の慄く言葉も聞かず、烈火のような言葉を最後にノアは会場を後にした。

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