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「ぅし、残るはあの部隊長の兵隊だけだな! このまま気力で突き進むぞ……ってなんだありゃ?」
だが、最初の戦場の異変に気付いたのはダルスだった。
敵対する一部の兵の体からまるで黒き闇を喰らうかのようにその身を見えない炎で焦がし暴れ回る者が現れたのだ。
『がっがは! はは、はあああ。頭が。体が、体が熱いイイィ!!!!』
その者は支離滅裂な言葉を吐きつつ歩き回り、敵味方関係なく見境がないように手に持つ両刃で切り裂き始めた。その威力は鉄で出来た鎧を簡単に貫き、鋼鉄の盾を真っ二つに切り裂き、挙句に防いだはずの剣までのへし折り獲物を追う獣の如く異様な瞳をちらつかせ進んでいた。そしてそれは誰の目が見てもはもはやは人とは到底思えない気配しか放っていなかった。
(ちっ、最後の最後でこんな狂った化け物がいるなんてな……だが!)
しかしダルスは決して諦めはしなかった。
仲間に援護をして貰い相手が気を取られたのを見計らって体を刃で引き裂いたのだ。
「どうだ……。これで立てまい」
ダルスは手ごたえを感じ相手を見た。だが予想に反して敵の兵隊長は全く傷一つなく、ニタァっと不気味な笑みを浮かべると持っていた両刃でダルスを狙い振り下ろした。
「くっ、化け物がぁぁああ!!」
ダルスもまた剣をひるがえしその攻撃に刃を合わせるが、まるで剣はやわらかいパンのように切り裂かれ、勢いは衰えずダルスの肩までも簡単に引き裂いた。
鈍い金属の爆ぜる音が当たりに木霊し、赤い血が地面に流れ落ちる。
「ぐっ、ああああああ!!!」
ダルスは悲鳴を上げながらも残された剣の柄で敵兵の頭を打ち、体当たりによって体勢を崩させ、すぐに落ちていた別の武器を手に取り相手を見た。
敵兵は異常なほど打たれ強いのか、何事も無かったかのように立ち上がり再びダルスを睨んだ。ダルスはすぐに距離を開け周りを見渡すが、見れば先ほどまで戦っていた他の兵団達も追い込まれたかのように何か得たいの知れない液体を飲み干し、その気配を豹変させていくのが見て取れた。
(くそっ、なんだあいつ等! 何を使いやがった?)
そうダルスが疑問に思った時だった。突然目の前の敵兵は体を震わすと地を震わすような声を上げ、空から闇が押し寄せると同時に見る見るうちにその姿を変貌させていった。
『ぐっぐぎゃああああああるるるあああああ!!!!!』
そして悲鳴と思われる言葉が終わった時。闇を纏った兵士の姿は異形な生き物へと姿を遂げていた。頭から伸びる二本の黒い角、体を覆う黒い鱗と体毛。口は裂け舌はまるで蛇のように長く緑色に変色し、体長はゆうに三メートルは越し狂ったような赤い瞳を向けた後、刃よりも鋭い爪を振り下ろしてきたのだ。
「なっ……!」
ダルスはとっさに避けるが、変わりに宙に浮いた剣は一瞬のうちに溶かされ鉄の雫となって刃から落ちていった。もしダルスが避けるのが遅ければ肉体すらもこのような結果となったであろう。それを見てダルスは額に冷や汗を浮かべながら即座に危機を判断する。
「人の皮を被ったバケモノかよ……。冗談じゃねぇ! みんな、すぐにこの場から逃げろおおおッ!!!」
その言葉を吐いた途端、周りでは同じように悲鳴が木霊する。
それはすぐに村人の悲鳴である事がダルスには分かった。しかし肩を裂かれ片手で血を抑えながら走るダルスはこの場から離れるのが的確だと判断したのだ。すぐにダルスは悲鳴の上がる方角に向かい、自らの身を呈して仲間の退路の背を押す。
「ダッ、ダルス! なんで逃げて無いんだ!!」
「はぁ? それを俺に言うかジグ。仲間を放って逃げられるわけがないだろうが、第一お前さんは今年ガキが生まれたばかりだろうが、さっさと逃げやがれ!!」
そう言いながら片手で剣を振りバケモノに変わる前の兵の動きを威嚇する。無論、それがどのような意味を持っているかを相棒であるジグが分からないはずは無かった。
「何を言っているんだ? お前、死ぬ気か!」
「ははは、俺がそう簡単に死ぬように見えるかよ……。後から追う。だから今は他の仲間を引き連れて逃げろ……いいな! うおおおお!!!」
ダルスは戸惑いながらも強く頷くジグを見て、即座に剣を振り回し変貌しつつある敵に向かっていく。空からは再び多くの闇が倒れている兵を飲み込みその姿を変貌させていき戦場には異様な気配が立ち込めつつあった。
「ッ……。こりゃあ、驚きだな。だがな、俺もそう簡単には死ねねぇんだよ!!」
ダルスはすぐに変貌しようとした兵の首を跳ね、止めを刺した。
すると変異は途中で止まり、また人の姿へと姿を戻し二度と動く事は無かった。
ダルスはすぐに剣を引き抜き後ろから振り下ろされる刃を何とか避けて、息を切らしながら周りを見渡した。そしてその瞳には変貌を遂げたあの得たいの知れない化け物が数名、今だ変化を終えてないバケモノが数名後ろにいるのが目に入った。
「はぁ、はぁ……。時間はあらかた稼げたか……」
ダルスはそう考えて退路の道を探した。しかしそれらを阻むかのように異形な者達はダルスの周りを取り囲み、じりじりとにじり寄ってくる。
(ふぅ……。へへっ、どうやら……ここまでのようだな)
ダルスはそれを見て剣を地面に突き刺し、懐にあるタバコを取り出し火を付けた。
もはや逃げられないと覚悟を決め、肺に煙を入れゆっくりと吐いた時こう叫ぶ。
「上等だぁ! このダルス・リングエルド! そう簡単に殺られると思うなよ!!!」
そしてダルスが剣を構え直し最後の一撃を振り下ろした時、同時に破片の如く散っていく剣をみながらその巨大な爪と刃が押し寄せてくるのを見て誇らしげに目を瞑った。
――だが、激しい光が目の前で交差した途端、死の一撃はいつまでも押し寄せてこなかった。ダルスは恐る恐る目を開くと、変わりに目の前には一人の黒髪の少年がバケモノ一撃を防ぐように光る剣を構え悠然と立っていた。
「……最後まで諦めないその覚悟。気に入ったぜ! そんじゃあ後は俺に任せな!!」
少年はそう言うと蒼いコートを靡かせ、目にも留まらぬ剣技で押し寄せるバケモノを吹き飛ばした。そして立ち上がろうとしたバケモノの一匹の胸に剣を付き立てた瞬間、異形なる者は一瞬にして淡い光に包まれ断末魔と共にこの世界から姿を消した。
ダルスはその光景を見てようやく自分が助かった事が理解して、それを確かめるように恐る恐る少年に驚きながら言葉を投げかけた。
「なっ、なんで、なんで小僧……お前がこんな所にいるんだぁあ?」
「はっ決まってんだろ。お前の親父さんに頼まれたのさ……助けてやってくれってよ!」
少年クロームは剣を構え直し、異形なる敵を相手にしながら小一時間前の出来事をダルスに簡単に伝える事にした。
◇
時間は少し戻り、ダルスたちが村を出た後の話である。
クロームは会場の扉に体当たりをしてなんども何度も入り口を壊そうとしていた。
「くそ! 誰かが無駄に犠牲になるのを放って置けるかよ!! こうなったら……」
クロームは即座に自分の身に着ける腕輪に手を伸ばしたがそこには何もあらず、会合が始まる前に村人に召喚技を扱う為の腕輪を預けたのを思い出しがくっと肩を落とした。
「ああ! 畜生。腕輪さえあれば……『召喚技』でこんな壁ひと捻りなのよぉ!!」
するとその言葉を聴いていたノルンはこう言った。
「ともかく、この場所を出てすぐに父に会わなければ、事の真意を僕も確かめたい。どこか……出口はないのかクローム?」
「ねぇよ! さっき散々探しただろう。あるのはあの小鳥が入れた天窓くらいなもんさ」
そう言いながら出された食事をかっくらい嫌そうに地面に根っころがるクローム。
ノルンが時間を置き冷静になってくれたのは助かったものの、二人がこの会場を出る方法が見つからず八方塞の状態であった。
クロームはノルンのため息を聞きながら再び天窓を見た。
すると外が暗くなったせいでそこには何か光る物があるのが見て取れた。
(なんだ……ありゃあ?)
クロームはおもむろに立ち上がり天窓の紐を引いた。すると上から何かに包まったモノが目の前に落ちていたのだ。ノルンが何事かと近寄ってきたの見計らいそれを開いてみると、そこには蒼いトレンチコートと腕輪。そして一枚の手紙が入っていた。
「これは……長老からの手紙か」
ノルンはすぐにその内容を確かめクロームに伝える。
「どうやら、彼の言うには『風の大地』に途方もない黒い気配が立ち込めてきたと書かれている。そして、それに立ち向かってはならないとも」
「どういう事だ? つまり俺達はダルス達を連れ戻したほうが良いのか?」
「ああ、それも長老直属の願いらしい。どうやら一部の村人には伝承と共に強く気配を察知する力が受け継がれてきたと書かれている」
「そうかい。まあ難しい事はわかんねぇけどよ……ようは、こういう事だろ!」
「なッ? まさか、クローム!!」
その言葉通りクロームは即座に地面に落ちていたコートを身に付け腕輪を自らの腕にはめると、にやりと笑みを浮かべながらあの言葉を唱え始めた。
【幾戦のエマを継ぎし力の象徴等よ、今こそ来たれ! 時空を超えて我が元へ―――!】
【さあ、往くぜぇぇえ! “武装属霊”エーテルレイド !!】
そして腕輪から放たれる蒼い陣を確認するやすぐに腕輪の間から剣を抜き去り構えるとノルンが止める暇もなく会場の壁を切り裂き体当たりともにその場から脱出した。
「よっしゃああ、それじゃあ急ぐぞノルン。しっかりと掴まっていろよ!!」
「ああわかった。でも。なんで僕がおぶさらなければなら無いんだ?」
「そりゃあ決まっているだろう。そのほうが早いからだよ!」
クロームはそう断言すると集まってくる村人を相手もせず避けていき出口に向かって走りだした。多くの戸惑う人を通り過ぎる際、入り口で佇む長老がゆっくりと頭を下げる光景が見え、それを目に焼き付けたクロームは軽く親指を立てて言葉なく意思を告げると召喚技と属霊により肉体を活性化していた事もあり後ろでノルンが騒ぐ中、迷う事無く三メートルはあると思えわれる塀を加速した跳躍によって飛び越え一目散に山を駆けて風の大地へと向かっていった。そしてその途中でジグに会い、今の近況を知らされるとノルンをその場に置いてすぐさま援護に駆けつけた。とクロームはダルスに説明した。




