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地を響かせる不気味な足音が数多くの兵団がゆっくりとこのリング・エルドに向かってくるのを示していた。そしてそれは遠くから見えるたいまつの明かりによってはっきりと確認できた。夕暮れの赤い日が山に沈まり辺りが暗くなるに連れて星と月明かりが雲に隠れているせいもあり、瞬く光は禍々しいほどにはっきりと村人に伝わって来た。
そしてそれは向かってくる兵団にも同様に見て取れる事であった。
その為、地面にたいまつを突き刺して数を増やしたように見せているが、焼け石に水である事はダルスも分かっており、少し離れた場所に集まりポツリと呟いた。
「なあ、ジグ……。結局こうなっちまったな」
「ああそうだな。だがそれでも悪い気がしないのは何故だろうな?」
「はっ、決まってんだろが? 俺達が正義で、あっちが悪党だってはっきりしているからだろうよ!」と、明るく言うダルス。
すると参謀のジグならびに周りに佇む村人達から笑い声が湧き上がった。
そしてもう聞く事が出来ないかもしれないその声をダルスは胸に刻み込むように武器を持ってこう告げた。
「そんじゃ始めるぞ。いいか俺達は今を生きてるんだ。絶対にこの戦いを生き延びて真実をつかまなけりゃならない。だから手が吹き飛ばされようが、足がもげようが、それでも生きて帰るんだ。俺達の未来を守る為に、俺達の志を性根の腐った奴らのやわな胸に突き立ててやろうぜ! 往くぞな皆ぁあああああ!!!」
「おおおおおおおおおおぉぉぉお!!!!」
総勢二十数名となる村人は一致団結するように地を震わす声を荒げる。
それは吹き抜ける風によって敵対する兵団にも届けられた。
◇
――時はリアスビリス暦974年アムの月。
後にこの地方に伝えられる【リング・アクアの乱戦】の幕開けであった。
最初に切り込んできたのはアクア・ラッシュの白戦小兵団であった。
だが土地勘の強いダルス達はこれらの行動を予見しすぐさま対応に移った。
小兵団達は暗くなる平地をたいまつ便りに突っ込んで来た。規律や法則などなんの意味も持たずただ自分の本能があるがままに突き進んでくる様子からジグはそれらが王都の兵団ではなく単に金で雇われたゴロツキの集まりだと知るとすぐに村人を打って出させた。
兵団達は明かりを頼りに向かっていたのだったが、逆にダルス達は明かりを捨て早くに闇に目を慣らしていた為に、いつの間にか囲まれていた事に兵団達は気付かなかった。
勝負はあっという間に付き、小兵団の断末魔が風に乗って木霊する。
「なんだ? 一体何が起こっているんだ。ええい、第二部隊。進めぇ!!!」
伝えられた状況に兵団を纏める隊長は焦りを見せていた。
聞いていた話によれば村人は数えるほどしかなく、逆に兵団の人数は百をゆうに超えていた。その為にすぐに決着が付くかと思っていたのだ。
第二小隊は先ほどの悲鳴を聞き、少し腰を引けたように平地を進んでいく。
月明かりがないせいもありやはりたいまつの明かりを頼りに進んでいった。しかし異常に警戒をしているせいか思うように進めず、それを見ていたダルス達はジグの提案で遠くから矢や銃で攻める事にした。
「なんだ、これは……ぐあっぁああ!」
「みんな防御に集中しろ、狙撃されているぞ! わぁああああッ!!」
闇夜に響く不安と恐怖の声。それらは他の兵団にも飛び火していき次第に疑心暗鬼が強まっていく。そしてダルス達の思惑通り、恐怖に耐えかねた者達が小隊を離れ闇夜に散っていき、それを見謀るように村人数名で兵団一人を取り囲み、今度は平地のあちらこちらで兵の助けを求める悲鳴が木霊した。
「ぐ、なんだ。この体たらくは、それでもお前達兵団の一員かぁああ! ええいこのままではラチが開かん。地面に火をまけぇい! 奴らを火炙りにしろぉおおおお!!」
第二部隊が倒れた事により四分の一まで人数を減らされた隊長は焦りの色が大きくなっていた。その為まずは回りに地面に油を撒き火を付けて敵対する村人の人数を把握、ひいては焼き尽くそうと考え行動を起した。
「はは、敵さん。随分と取り乱しているなダルス」
「ああジグの言う通り今度は火をまいてきやがった。どうなるかわかってねぇんだな」
それを見て、闇夜に紛れて村人は声を荒げて笑った。
するとその言葉通り突然大きな風が周りの火を吹き荒らし始めたのだ。
この辺りでは時間によって大きな風の息吹であるマナが吹き荒れる。そしてその恩恵を大きく受けているのがこの【風の大地】である。無論よそ者のノアが知らなかった事を考えれば兵団達の多くがそれを知らないのは当然であり、結果は考えるまでも無く多くの火が風によって靡き消され、煙と残り火は風に巻かれてまるで意思ある獣の如く兵団に襲い掛かっていった。刹那に用意していた火薬庫に引火し大爆発を引き起こす。
「ぐわぁぁああ火が、火があああ!!!」
「こっちにくるな、うわぁああああッ!!!」
ただでさえ兵団全部の統制が取れない状態であり、それがあらかた収まる頃には兵団数も半分以下となり、状況は一変して油断できない局面に追いやられていった。
(くそ! こうなったら一気に踏み込むか? 否、敵の人数を把握できない状態でそれを望めば全滅は必死。しかし別部隊が到着するのはまだ小一時間は掛かるだろう、何よりそれまでに決着を付けられなければ意味がない……どうすればいい、どうすれば!)
焦りは焦りを生みさらに判断力までを失わせていく。ここまでのゲリラ戦を想定していなかった事が最大の敗因ではあるが、それ以上に戦の無い時代において兵団隊長の彼にとっては自らの真偽を問われるほどの戦いであった。
しかし度重なる失態でもはや兵の多くは彼を信じる者は少なくなっていた。それ故に次なる行動が最後の支持となるのは誰の目にも見えていた。
そしてそんな苦悩する中。予想だにしないものが彼等の目の前に現れた。
その者は黒いローブに身を包み、顔こそは見えないが確かにアクアラッシュの長・ガブグレスの横に居た側近・イオニスの姿であった。
「ふっ、苦労はしているようですね。無理も無い、所詮は雇われ兵。知識も戦術の多くも知らず戦う田舎兵団に何が出来ようと言うのか。つくづく愚者の集まりのようですね」
「……なんだと! 貴様ぁぁああ!!!」
「怒鳴るのは構いません。ですが我主ガブグレスは大層お怒りです。しかしながら同時に慈悲深い我主は最後の手を用意しておいでです。どうぞこれをお受け取りください」
そう言ってイオニスは後ろに立たせていた従者に持たせていた黒い液体の入った小瓶を彼に渡す。それがどんな物であるかは誰にも分からなかったが、起死回生の力を秘めた禍々しい物であるのは容易に知れた。
「ああそうそう。これを使うか否かはあなた達の判断に委ねましょう。私は我主の意思を伝えるだけの存在であり、傍観者。そして主はお怒りで在るのをゆめゆめお忘れなく」
「……ぐっ! くぅぅぅぅう!!!」
まるで使えと言わんばかりに彼が止める間もなく従者に小瓶の入った箱を置かせその場を去っていくイオニス。兵団隊長である彼は先ほどの発言が死刑宣告であるのを理解しつつも歯軋りと苦渋の表情をしながらそれを数名の部下に持たせこう言った。
「……攻めるぞ! 残り隊員全員に伝えろ。我兵団はこれより全軍で敵地に攻め入る。もし敵に捕まるようであればその渡したビンの液体を飲み干せ。これは……命令だ!」
無論それを聞こうとする部下は殆ど居なかったがそれでも十数名はその小瓶を手に取り陣の外に飛び出していった。彼もまたその液体を飲み干した後、今だ敵がどこにいるかも分からない闇の中に両刃の剣を抱えて飛び出していった。
(ふ……哀れな人形達だな。さて見届けさせて貰おうか。アレがどのようなモノであるか。そして貴様等を使い『奴』が何を望んでいるのかを、見定めさせて貰おうか)
イオニスは一人。愚者の集まりである兵団の最後を見納めるかのように静かに木の上でその者が出て行くのを見届け。そして再び闇の中に姿を溶け込まして行った。
一方そんな異様な敵の動きを察知したジグは急いでダルスに通達する。
「なぁダルス。どうやら敵さんやけになったらしいぞ。こっちにものすごい数でつっこんで来る。背水の陣って奴らしいな。これを防げばとりあえずは第一陣は凌げそうだ」
「はっ……そいつは嬉しいね。とは言えこっちも疲労の色はデカイ。援護と直接叩く奴に分かれて迎え撃つとするか」
「ああ、今なら多少は風の加護もあるしね。それじゃあ、御武運を」
「ああ、お前達もな!」
ダルスとジグはそう言い合うと敵から奪い取った武器を片手に兵団を迎え撃った。
これだけ時間が立てば闇の目になれる利点は使えず、同時に吹き荒れる風によって雲は裂かれ月明かりもまた顔を覗かせていた為に闇に紛れる事も難しい。つまり地の利点は殆んど意味のないモノとなっていた。だが戦慣れをしていない規律の取れない兵団に対して村人達はこの日が来るのを恐れていた。そしてそれにより戦への準備も怠ってはいなかった為に兵団と互角に近い戦いをする事を可能としていたのだ。
「邪魔だ! どけどけどけえええええ!!!」
ダルスは剣を振り回し盾で防ぎながら乱戦をこなすと、他の村人はそんなダルスに集まって来る兵団を狙撃していた。少人数で戦う上で必要なのはチームワークであり、雇われた兵団には一朝そこらで身に付くモノでもなかったのだ。
これにより村人の多くは傷つきながらも時間が経つにつれ少しずつ兵団の数を減らし、勝利は目前へと迫っているかに見えた。




