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第三章 争いの火種と二組の男女。
明朝、ノアは眠い目を擦りながらルルと共に早くから山道を歩き続けていた。
ルルの提案により村を早く出ればそれだけ可能性が高まると考えたからだ。
そしてリング・エルドを出てから数時間経って、枯れた木の木陰で休むノアは終始笑顔である元気なルルに向かってこう呟いた。
「ふぅ、ねぇルル。あとどれくらい先にあるの、その街まで?」
「ええと、大人の足で半日はかかりますから、今歩く峠を抜けた先あたりですね」
(………最悪)
ノアは明るく返されるルルの言葉に聞かなければ良かった。と肩を落とした。
それにこれだけ歩いていると言うのに景色は全く代わり映えもせず赤茶けた大地が続いており、緑の色おろか葉っぱ一枚見当たらず、しかも歩く度に砂と埃が舞い上がり、酷く喉が乾くと思いながらノアは水筒に入れておいた水で喉を潤していた。
「ふふ、昔はこの辺りも馬車が通っていたのですが、近年の水不足で大地からも水分が失われ山道を歩くのは命知らずか慣れたキャラバンの人々以外居ないんですよ。だから危険な道を避けつつ徒歩で向かうしかないんです。とは言えノアさんは旅人ですからそんなに問題ではないんじゃないですか?」
「……それは違う。私は学生。旅人じゃない」
ノアはそう言いながら水筒を仕舞うと疲れた表情をしつつも再び立ち上がった。
するとルルはそんなノアに向かってこう言葉を返した。
「学生、ですか。それじゃあノアさんは一体何者なんですか?」
「ん……技士見習い」
ノアは短く言葉を返すと腰に収めていた古ぼけた書を取り出しルルに見せる。
するとそこには11の文様とそれを覆うように黒い羽と白い羽。そして中心に向かい合う二人の男女が描かれた。ルルはその文様を見た途端、表情を変えて驚愕した。
「これって、まさか! あのおとぎ話『叡智の書』に記されていた『召喚技士』ですか? 一つの技術を追求して形にする究極の探求者にして、世界を復興させたエルフィリウムの使者とその弟子であるエデンの民が使ったとされる技術の通称! その技術を極めた者は世界でも指を数えるほどしか存在しないと言うほどの宮廷御用達の高位技術ですよ!」
「ん……正解。だけど、どうでもいい」
ノアは興奮冷めやらぬルルを目の前にしても特に表情を変えず腰に本をしまった。
「凄いです! 私も亡き両親に絵空事として聞かされて育ってきましたが、まさか本当に存在し、更にこうして廻り会えるなんて、正直信じられません!!」
「別に……。すごくない。むしろめんどいだけ」
ノアはそう言ってため息を付くと再び山道を歩き出した。
すると嬉しそうに手を組みこの出逢いを女神に感謝しながらルルも横を歩き出した。
「でも不思議。ルルはよくこの文様がわかった。一般にはあまり知られてないのに」
「えっ、それは……。昔それに似た本を見せて貰った事があるんですよ。それでその意味を知りたくて村に訪れた旅人さんに聞いたり、自分で一生懸命調べた事があるんです」
「ん、なるほど――噂の会いたい彼、か」
ノアの何気ない鋭い言葉にルルは顔を真っ赤にしながら俯き頷いた。
「も、もう。そんな話はどうだって良いじゃないですか。それよりもこの山道を抜ければ見えてくるはずですよアクア・ラッシュは!」
「ルル。何故、顔を赤らめるの。恥ずかしいの?」
その言葉に答える事無くてれ隠しのように走っていく心底嬉しそうなルルを見てノアもまた引かれるように少しだけ小走りで追いかけた。
徐々に風の匂いが少しだけ変わり、水を含んだような空気の流れに変わっていく。
まだ微かに見える程度なのにその街が受ける自然の恩恵は遠くにいるノアにも十分に肌で感じられるほどであるのを知り、走りながらしばし考える。
(不思議。この近くに大きな滝つぼがあるならまだしも、これは少し異常……)
それは言うなれば、これだけの水がありながら他の場所で水不足になるのがおかしいと言う意味でもあった。仮にこの街がダムの如く水を塞き止めていたとしてもそれだけで水不足になるとは考えにくい。
とは言え現状的に言えば水が集中的に集まっているのは周りの空気を見ても明白である事にノアは少しだけ表情を歪めた。
(つまり……何らかの理由があってあの場所では水が溢れ出ている。そういうこと)
ノアはそう考えつつも言葉に出さず山道を歩きつつルルに話しかけた。
「ねぇルル。あの街はどうやって水を集めているか、知っている?」
「はい、話によるとあの街の地下に巨大な水脈が流れていて、街の中心にある古代の遺跡から水を吸い上げていると言うらしいです。だから先代のキャラバンの長。現アクア・ラッシュの長はあの場所に街を作り上げたと言われています。もっともそれのお陰で他の村々が『水神の恩恵』を受けられなくなったと言うのはこの辺りでは有名な話ですね」
「ん……ありがと」
(遺跡、つまりは『プラント』か。それが本当なら、めんどいな)
ノアはルルに礼を言い今までの情報を踏まえこの一連の水の枯渇が一筋では終わらない予感を携えつつ街に向けて歩んでいく事となった。
それから小一時間後。太陽が少し西に傾く頃。
ようやく到着した二人の前に広がる街の光景は……あまりにも異様なものであった。
ルルに聞いていた限りでは、商業を発展させ大陸の港と呼ばれるほどの商人の集まる場所と聞いていたが、街の至る所に目を動かしても瞳に写るのは賑やかな商店街やそれに集まる旅人の姿では無く、無骨な兵隊や素性の知れないごろつき共の姿ばかりであった。
(これが、この大陸の最大の産業都市? どこが……?)
ノアはすぐに横に立つルルの表情を見るが、まるで信じられないといった感じで街の光景を唖然として見ていた。それはそうであろう、昨日までは確かにこの街は産業としてとして名を馳せていた。それは村に居るダルスの反応を見ても確かな事だった。
だが、二人が訪れた街の現実はたった一日でその姿を変え、鬼気迫るような雰囲気となりとても旅人の二人を歓迎されているような感じは微塵も感じられなかったのだ。
しかも『打倒リング・エルド!!』と大きく書かれた団幕まで張られ入るのだから目を疑うのはある意味当然である。
「これは……。この街に、一体何が?」
ルルは微かに残る理性でポツリと呟くが、ノアはその表情で全てを理解した。
「ルル、とりあえずこの場を離れる。どこに向かえばいい?」
「ぇ? ああ、と、とりあえず露天通りに向かいましょう。そこにいる村出身のカロンおば様に会えば何か分かるかも知れないです」
「ん……じゃあ急ぐ」
ノアは少しだけ表情を変えてルルの手を握りその場から駆け出した。
「次は?」
「ええと、この路地を曲がって右、次は左です!」
ルルの言葉に従いノアは路地裏を駆け抜け、人ごみを潜り抜き、人気の無い商店街を走り続ける。そしてたどり着いた区域は街の雰囲気とは違い、まだ産業都市と言った感じの面影が残っていた。だが皆何かを怯えるように二人を見ているのを感じ、ルルは異様な雰囲気の中、急いで外れの一角にある店に居た老婆に話しかけた。
「カロンおば様……お久しぶりです」
そう呼ばれた老婆の店主はルルの顔を見て驚いた表情をしていた。だが知り合いだったのもありすぐにその表情は落ち着きルルをなだめるように話しかけた。
「ルル! ルルじゃないか。どうしたんだい。こんな時に訪れるなんて!」
「はい。ですが、これは一体どういう事ですか? なんで街に兵団がいるんです!」
「ああ……それかい。それなら一つだけ聞きたい事があるんだけどね」
「はい。なんでしょうか? 私がわかる事ならば何でも答えますよ」
「あんたの村に、その……。うちの大将が捕まっているって言うのは本当なのかい?」
「はっ?」
あまりの突拍子の無い言葉に目を丸くするルル。すると老婆は周りに合図を送り二人を店の後ろに連れて行くとその経緯を話し出した。




