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可愛い服の話の途中、幸は歩くのを止める。十字路の真ん中で目的地には見えない。
「ウツシヨとトコヨは位置関係がずれているからね。ここは峰高のグラウンドの辺りだよ。最後に確認しておくけど、本当に家にはいかなくていいの?」
「家はちょっとね……」
母親がいるから、血の繋がらない母親。
急に父親が連れてきた母親。きらびやかな人で、母親というよりは姉ちゃんにしか思えない。
三ヶ月前に我が家へ転がり込んできた人を母親として認められるほど、俺は柔軟ではない。
父のためにも納得しなければいけないのだろうけど。
うまくいかない。
別に嫌な人では無いのだが……まぁ今更関係ないか。
「家族の仲うまくいってないの?」
「いや、俺が悪いだけなんだ」
「自分が悪いって思うの禁止! それは謙遜じゃないんだよ! 家族なんだよ? 話しあおうよ。だったら私が隣に座った状態で、正樹くんのパパとママと一緒に話しあおう」
「気持ちはすごくありがたいけど、俺達死んでるからな」
「そだったね。でもそれ言ったら私達見えないからママが居ても関係ないと思うよ」
「気分的な問題だ」
「う~ん……まだまだ見るべき場所あるから後回しってことで」
幸はポシェットから童話に出てきそうな古めかしい鍵を取り出すと、空中に放り投げた。
鍵が地面に刺さると地面には鍵穴が現れる。鍵穴からは砂埃が立つグラウンドのような地面が見える。
「じゃあいこっか」
鍵穴が広がっていく。景色がそれに伴い変貌していく。サッカーボールが急接近で近づいてくる。
シャウトの右腕がボールを殴るが、ボールは方向をかえずまっすぐ俺の顔にぶち当たった。
顔面に当たったボールはそのまま俺の体を貫通していく。しかし顔面に打つかった痛みは間違いなくある。
「なんで幽霊なのに物理的ダメージを食らうんだよ。サッカーボールにまで魔法的な何かがあるのかよ?」
「元々人間だった頃の名残を魂が覚えているからだよ。だから意図的に思わないと壁を抜けたり飛べたりしないよ。それと数字見えない?」
「ニュース番組の時刻表示みたいに見えるやつか?」
「その数字がこっちに連続でいられる時間。ウツシヨだと魂を魔力するからあんまり長時間いられないし、化神を使ったりするとさらに数字の減りが加速するからね。正樹くんの残り数字どれぐらい?」
「十二時間? かな。12:09:56って書いてある」
「凄いよ!私だって八時間ほどなのに。それほど強大な魂なら化神をこっちでも乱用出来る」
「乱用しない事態であることを俺は祈るよ」
俺達は下駄箱を通り学校内へ入っていく。登校する時間だけあって生徒の往来が激しい。人間と当たると、ボールが当たった時のような痛みはほとんど無い代わりにゾクッとする気持ち悪さがある。なので出来る限り人を避けながら目的の場所を目指した。
「一応聞くだけ聞いてあげるけど、どうしてここなの?」
幸は足を貧乏揺すりのように動かしながら俺に尋ねる。
「いや、ここに俺の記憶の手がかりがある気がする。絶対にあるき気がする。イヤ無いわけがない。この感覚を直感とかそういった軽い単語を使ってはいけない。
運命だ
ここと俺は切っても切れない関係性にあると言ってもいい。
それは水が高いところから低いところに流れていくように、
流れていく合間に大河になっていくように、
大河に文明が気づかれるように、
俺はこの場所にいなくてはいけないんだ」
「どんなに凄そうなこと言ってもメッ! もう一度この場所の立て札を呼んでみて」
やれやれ、幸と来たらこんな簡単な字も読めないのか、これはイノセントブルーと俺のシャウトの能力差すらも埋められるほど大きな知識的なアドバンテージと言っても過言ではない。
「女子更衣室」
「うん。駄目だね」
「ちょっと待てよ! 魂だから未成年関係ないだろと言われ酒を飲まされたのに、魂なんだから女子更衣室に入っても問題無いだろ」
「駄目な物は駄目! はぁ……昔はこんなじゃなかったのにぃ」
幸の手に薙刀が握られたので俺は諦めることにした。しかしこれは戦術的撤退であり、敗北としての撤退ではない。
更衣室がある限り俺の野心は燃え続ける。
「しかし昔の俺ってどんなだったんだ?」
俺は幸の記憶を一切思い出せないけど、幼なじみを自称する幸ならばなんかしら思い出せるだろう。
「え~っと例えば、例えば―――」
「例えば」
「思い出せない……」
自称幼なじみから幼なじみ(?)ぐらいに階級が一気に落ちた。
「ほんとに、本当に幼なじみだよ。私死んだ時からいくらか魂が欠けていて、たぶんそっちの方に正樹くんとの思い出が入ってたんだと思う」
「カミちゃんが言ってた普通の霊は大気に溶けるって話か」
「それ、私の場合は一部分だけ溶けちゃったみたい。ごめんね思い出話できなくて、でも話をどんなに逸らしても更衣室はダメ」
……けち。




