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二人が文章にすると検閲されそうな行為をしている合間、俺は自分の状況を把握しようとしていた。
手元にケータイも無ければ財布もなく、文字通り体一つの状態だし。部屋の中も、特にこれといった物があるわけでもなかった。
ようするに情報はあの二人から聞くぐらいしか無いってことだ。
ちょっとトイレでも借りていたと言って、うろつき回るってのもあっただろう。
しかしこの神社やたらと広い。
ふすまを開けてちょっと見渡しただけでも百メートル以上はありそうな廊下に同じような部屋がいくつもある。自分ひとりでは帰ってくることもできそうにない。
まぁそうこうしているうちに、二人は帰ってきた。
「恨むぞ」
カミちゃんはジト目で俺をみつめる。それだけでも何かに呪われそうだが。
「人を突き刺すほうが悪いでしょ」
「で、話を戻すと、あんた様がどうして死んだかって話だったな。若者が死ぬ理由などそう多くも無い。どうせ病気か事故のどっちかだろ」
ハッキリ言って死ぬような要素は無い。持病も無ければ、怪我だって一つもしたこともない。そりゃ風邪ぐらいはひくだろうけど、死ぬような理由じゃない。
「いや無いよ」
「思春期だし、くだらぬことに悩んで死んだんだろ? 失恋でもしたとか? 夢が挫折したとか?」
俺のしている恋愛と言える物は、ネトゲでメリットがあるからってことで打算だけで行った結婚ぐらいなものだろう。
そんなロマンスで死んでみたいもんだよ。
平々凡々と生きてきた俺に全国一位を目指すような趣味だって無い。趣味と言ったらネトゲぐらいだし、ネトゲで一位になんてなりたくない。
……自殺じゃないな。
「それじゃ家庭内の不和ってところか?
幸福な家庭は似通っているが、不幸な家庭はそれぞれの流儀がある。だったかな? トルストイの言葉だが、不幸も不幸で大して種類がなくてつまらんな」
母さんの事を連想する。
若くて美人で血の繋がらない、他人のことを、母のことを。
しかし、だからと言って自殺する事はないだろ。
「どうやら心当たりあるみたいじゃな。案外すぐに思い出すかもしれんな」
「いや、色々問題があるのはたしかだけど、死ぬような問題じゃない」
「まぁあんた様の感覚、わからんではないがな。
大半の魂は自分が死んでいることも死因も否定する。そうでない魂は恨みで怨霊になり暴走する。さきほどお前を襲ったのも恨みで怨霊になった魂だ」
「あのバケモノ、怨霊は今どこへ?」
カミちゃんは目線をそろす。そらした先には幸が困惑した表情をしている。
「次は殺す。そう言ってた」
幸はそうつぶやいた。
「なぁ、あんたは……」
「カーミーチャーンー!!」
「……カミちゃんはさっきのバケモノは怨霊で、怨霊ってのは恨みによって暴走している魂って言ったよな」
「言った」
「なら……」
俺は言葉を飲み込む。信じられないことだらけの一日であったとしても、認めたくなど無い。
「あんた様はあの怨霊に恨まれている」
言葉を飲み込んだところ、推測される事実までは飲み込めないし、他人の口まで塞ぎ用が無い。
恨まれている。悲しい事実だ。
しかし俺はそれ以上に恨まれるような事をしてしまったのが悲しい。
謝ってすむような事では無いのだろう。いや、謝罪で終わるようなことであったとしても俺は何を謝ればいいかすら解らない。
無自覚の悪。ある意味では意図的な悪意よりも醜悪だ。
「何か覚えてないのか」
カミちゃんは俺に顔を近づける。不敵な笑みで、人の不幸は蜜の味を地で行っている。
「カミちゃんやめてよ! 何かの間違いだよ。正樹くんが人に恨まれるようなことするわけ無いって。あの怨霊は人そのものを恨んで無差別に襲っていただけだよ」
「なら、幸が来た時にも暴れてなければおかしい。幸が来たら引き下がったのだろう? ならあの怨霊は正樹に恨みがあった。そう見てほぼ間違いない。
私が思うにあんた様が自殺した時に巻き込まれたんじゃないか。それなら筋は通る」
「なぁ、あの怨霊を元に戻してやることってできないのか?」
俺に出来ることなどこれぐらいしか無いのだろう。どうして怨霊になって、いやさせてしまったのかは解らないが、せめて安らかな眠りを。
「確かにあの第一状態なら元に戻すことも不可能ではない。殊勝な心がけで感心するぞ。しかしだ。殺せ」
「そんなのあんまりじゃないか!」
俺の事だけ助けて、バケモノになってしまった人間は殺す? どっちもおんなじ人間じゃないのかよ!
「治してやるにはまずどうして恨んでいるのかを知る必要がある。普通は誰が恨んでいるのかうらまれている本人が理解していたりするが、その本人が知らないとなれば私にはどうしようも無い。それに殺すなら私がいくらか助力できる」
「殺すだなんて、そんな残酷なこと出来るわけない」
「残酷? 本当に残酷なのは恨まれるような事をしたあんた様じゃないのか? ましてやソレを覚えていないなど、残酷を通り越して冷酷。あんた様は人か? おっとすでに死んでいるから人では無いな」
言い返す言葉も無い。
確かに俺は残酷だ、もしかしたら助けられるべきではなかったのかもしれない。
そのまま殺されていたら、すべてが丸く収まっていた。そう思える。
重い音が響く。
「ヒィ、や、やめんか幸」
幸が壁をぶっ叩いた音だ。幸はギロリとカミちゃんを覗きこむ。あまりの威圧さにカミちゃんも一歩後ろに下がる。
「ふざけないでよ」
「何もそこまで怒らなくても……」
カミちゃんのいうことも極論ではあるのだろう。それでも考え方の一つとして……
「正樹くんも正樹くんだよ!」
俺の肩を掴んで顔を近づける。
「逆恨みかも知れないのに、恨まれることに納得しちゃダメ! なんでも自分の責任にして、それで収まればいいやなんて思うの、私、許さない」
心が見透かされている。
俺は幸の顔を直視できない。
「原因がわかればいいんでしょ? なら記憶を取り戻しましょう。そうしたら正樹くんも私の事を思い出せるし、怨霊のことだって逆恨みと証明できるよ」
「それでもし俺が本当に恨まれるような事をしていたら・・・・」
「大丈夫。私は信じてる。正樹くんがそんなことをしないって」
幸はにこやかに俺の手を取る。自分が幽霊だと言うのに暖かさを感じる。
そしてその暖かさが痛かった。
もし、俺がこの少女を裏切るような結果になってしまったら、
俺はどのようにして少女に贖罪することが出来るのだろうか?
「幸、考えなおせ。生前の記憶を思い出させるのは魔力を強化する訓練の一つだぞ、非常に危険な行為だ」
「正樹くんにそんな危ないことさせません。怨霊がどうして正樹くんを狙うのか、正樹くんがどうして死んだのかを調べればいいんだから、ウツシヨに行って調べてくれば十分だもん」
「ウツシヨってのは、ようするに生きてる世界のことでいいんだよな?」
「その認識であってる。トコヨはさっきも言ったが死者の世界…と言うのは暴論だな。正確に言えば、死者の魂や神々の世界をひとまとめにした言い方と言うのが正解。
ウツシヨに行って記憶の手がかり、比較したら安全ではあるが、危険が消えたわけでは無い。まずウツシヨに行くのが危険と言うのが幸にはわからんみたいだしな。
あんた様に説明してやるとだな。魂ってのはウツシヨだと長時間活動できないんだ。まぁ活動できない理由は色々あってな。単純に魔力が必要だったりとか、いやそんなの言い訳だな」
カミちゃんは笑う。悪魔的な笑みだ。
「人間が神を狩るんだよ。霊媒師だかなんだか知らんが、こっちでのほほんと生きてるような奴は一発さ。そういうわけで、ウツシヨにいく神ってのはそこそこ強い奴に限らられる。後は怨霊だな。あいつら現象と生命体の中間みたいな状態だからウツシヨにずっと居ても問題ない」
カミちゃんは俺にベタベタと触り始める。俺の胸に頭を当てて鼓動を確認したり、抱きついてきたり、やりたい放題。
あまりの突然な行為に俺はどうすることもできない。
「すとーーーっぷ!」
幸が強引にカミちゃんを引き剥がすと、ようやくカミちゃんのセクハラ行為は止まった。
「なんだよ。ちょっと魂を調べていただけでは無いか」
カミちゃんは頭を掻きながら"ん~っ"とうなる。
「あんた様は―――記憶を取り戻したいんだな?」
「…はい」
「それはあんた様の判断だな。幸の判断ではなくて」
「……はい」
それもある、でもそれだけではない。自分自身が納得したい。どうして死んでしまったのかを。それに怨霊にも安らかに眠って欲しい。
「なら、ウツシヨに行くしか無いな。ちょっと待てアレが必要だから探してくる」
カミちゃんはふすまを開く、物が整理されてなくてごちゃごちゃしている。
「あんた様も探すの手伝え」
「何を探してるのかわからないのにどう探せと」
「ありましたよ」
幸は一人暮ら用の小型冷蔵庫の中からとっくりを取り出しカミちゃんに差し出す。
冷蔵庫の中に酒とそのツマミばかりが入っていることについてツッコミを入れたいが黙っておく。
カミちゃんは訝しげにとっくりを眺めた後、直接口をつけて飲む。
「りゃりゃ? なんで冷蔵庫に入ってる」
「酒無いしこれでいいやーって、前に飲んでたでしょ。もう大変だったんだから」
「わるいわるい。では行くか」




