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藤峰市は今世界で一番注目を浴びるスポットだ。
一晩で廃墟になった学校に、集団幻覚を訴える住民と、怪奇現象に世界中の人々から注目の視線を浴びる。
その中心に居た俺は全く別の部分で大問題を抱えているわけだ。
「もう私を心配させないでよ!」
俺の母、もちろん生きている方の母、榎本静恵さんは怒ってるんだか泣いてるんだかよくわからない状態で俺を正座させる。
「いや、どうもすみませんでした」
俺はひたすら謝るしか無かった。
そりゃそうだよ。都合一週間ほど死んでましたなんて言えるか。
そうなると当然言い訳のための作り話が必要になる。
俺は家出していました。友人の家を転々としながら生活をしていました。さすがにこんな大事件が身近に起こると、心配すると思ったので家に帰ることにしました。と現実的なフィクションを罵倒されたり、心配されたり、愛されたりしながら三時間ほど語った。
「これからパパに電話するから貴方から説明しなさいよ」
「はい」
それでも、俺が思ってたより母に好かれてるから良かった……かな。
親父とも同じようなやり取りを繰り返した俺はドロのように眠った。
翌日、魂が肉体に入ってることへ違和感を感じながら起き上がる。
学校は廃墟になったことで、お休みになった色々調査とか入るので今後別の場所に通う可能性もあるとのことだ。
一瞬にして非日常に溶けこまされていたが、戻るときもまた一瞬だなと思う。
あの出来事は本当なのかと一瞬だけ思うが、手の甲にある第六眼球と心のなかにある幾つもの人格がここが現実だと教えてくれる。
いくつもの人格とまた生活を共にする。
でも今度は大丈夫だ。他の人格だって、結局俺なんだ。知識もあって、知性もあって、全然別の人格だったりするけど、
それでも俺の一つなんだ。
抑えこもうとしたりせず、協調して生きていけば良い。
俺はいつもの癖でパソコンに向かおうとしたが、やめた。
他の人格たちの言うとおりだと思ったからだ。
朝食を済ませて俺はウツシヨの破魔神社へ行くことにした。
長い階段を登り鳥居をくぐった先にあったのは小さな神社だった。四畳半サイズの本殿だけしかない。
トコヨの破魔神社レベルのものを想像していたわけではないけど、こんな人っ子一人こなさそうなサイズだと普通思わないだろ?
実際は管理されているし、人だって来ている。その証拠が目の前にある。
璃々が参拝を終えて帰ろうとしている。向こうも俺を発見してきて走り寄ってくる。
「バカ! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 死んじゃえ! こんどこそ本当に死んじゃえ! 出来れば爆発しろ! 爆発じゃ足りない! 何度も何度も爆発しろ!」
璃々は子供みたいに大泣きしながら俺に抱きついてきた。
「私ご神体の前で一人放置されてたんだよ! 背景ぐっちゃぐっちゃだし、すっっっっっっっっごい不安だったんだから、それに助かった後も、全然道わかんなくて迷子になって、三時間ぐらい、迷ったあげくにおまわりさんに保護されて、ようやく家にかえれたんだから! 責任とって死んじゃえ!」
「あぁ、それはその悪かった」
しょうがねぇだろ。とは思ってもさすがにそれを表立っては言えない。璃々の状況も悲惨だが俺の状況もけっこう悲惨だったからな。
俺もわけのわからない場所にふっとばされて、街中をさまよっていたからな。
肉体も近くの場所にあったから良かったけど、無かったらあのまま死んでたな。
「と、とくべつに許してあげる」
「ありがとうございます」
「でも、そのまんま許すとつけあがりそうだから、罰として今日一日私の荷物持ちね! 学校無いから今日いっぱい買い物して、一週間は引きこもってやるんだから」
泣くのも速いけど、その分泣き止むのも速い。笑うのはもっとだ。
学校でも笑えば良いのに。
「はいはい。ところでさ、破魔神社って小さいよな」
「私も思ったよりもちっちゃくて驚いた」
でもここで間違いない。俺の第六眼球がギョロって動いて気持ち悪い。ここには何かがある。
「それより、あれどうにかしなさいよ。あんたの連れでしょ」
璃々は表情を変えずに俺の後ろを指さす。
そこには小屋から出たがるハムスターみたいにバンバンと鳥居を叩いている幸がいた。その手には二メートルほどの刀も握られている。
普通の人が見たら刀が宙に浮いてるんだろ? めちゃくちゃホラーだ。
何か叫んでいるみたいだが、全く聞こえない。ジェスチャーだったら上手だと褒めたいけど、そんな訳ない。
そういえば破魔神社って幽霊は入れないんだっけ?
俺と璃々は鳥居をくぐる。
「こっちの破魔神社は幽霊が来れない仕様になっているから大変なのにぃ」
幸は不満を思いっきりぶーたれる。
「こっちに来るのは難しいって言ってたから、もう会えないのかと」
「そうだよ! 二十四時間一緒にいられなくて寂しいよ」
俺の子供の頃の記憶だと幸ってもっとしっかりした子だし、俺にここまで依存なんてしたいなかったんだけど……
魂が大分減っているのが原因か?
「どうしてカミちゃん刀の状態なんだ? ってかカミちゃんってこっち来れないんじゃないの?」
「ウツシヨだとこの形にしかなれないから行きたくても行けないんだよ。今回はどうしても行きたいって行ったから私が同伴して着てるんだ」
刀が鈍く光る。何か色々言いたげだが、俺としては聞きたくない。
「じゃあいこっか」
幸は俺の手を掴むと階段を駆け下りる。俺も転ばないようにしながら走る。その後ろを璃々が『私も連れて行きなさいよ!』と叫びながらいかけてくる。
「行くってどこへだよ!」
「正樹くんの家! 十年前に一度行ったきりなんだよね!」
「こんなに急がなくたっていいだろ?」
「こういうのは不意打ちが大事なんだよ。正樹くんの大人専用の本をチェックして、持っていても許してあげるのと駄目なのに分けておかないと」
「人のエロ本あさりを堂々と宣言するんじゃねえよ! しかも捨てるきだ!」
「捨てないよ。燃やすだけ」
「もっと酷いわ!」
「家を燃やさないだけ感謝しなさいよね! ……ツンデレ一度してみたかったんだー」
「ツンデレじゃなくてただの犯罪者になってるぞ!」
「そうそう、これが一番大事なんだよ」
こほん、とわざとらしく幸は咳をする。
「お母さんと仲良くするって言ったよね。ちゃんと約束まもらなきやメッ! だよメッ!」
幸は俺に微笑みかけた。
俺もその微笑みにつられて笑う。
「そうね。私としても正樹が今の家庭できちんと生活していけるかが疑問なのよ」
いつの間にか鏡子も俺の隣を走っていた。なぜか歳相応にランドセルをしょっている
「母さん?」
「小学生をお母さん呼ばわりするなんてド変態もいいところね。親の顔が見たい」
「鏡持って来い!」
「ついでに旦那の顔も見たいから私も家に入れなさいよ」
「父さんに合うのをついで扱いしないで! あんたの夫だろ」
「小学生が婚約してるとでも思ってるの。一般常識まで無いなんて一体どんな親なのかしら」
「鏡持ってこいよ!」
「魂は鏡子だからそれが鏡ってことでいい?」
「全然よくねぇよ!」
「それと私には志村亜美って名前があるの、たとえ知性と知識と人格の九十九%が榎本鏡子だからと言って、同一人物扱いするのやめて」
「それがDNA鑑定なら同一人物扱いだよ!」
「何の話をしてるのよ! 私も会話にまぜなさい! でもその前にとまりなさいよぉ! つかれるでしょぉ!」
璃々は息切れを起こしながらも叫ぶ。
さて、俺はなんと言いながらこの楽しいお友達を両親(一人はその親なのが非常に悩ましいけど)に紹介しようか。
すっげえ悩ましいけど、不思議と顔が笑ってしまう。