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「正樹くん!」
いきなり幸が俺を抱きしめてくる。抱きしめる予兆なんてものはなくて、最初から抱き
しめられていたみたいだ。
「もうさっきまでご神体の中に入れなくてすっごく不安だったんだよ」
「って、お前大丈夫なのかよ」
幸を強引に引き剥がす。
「うん。ちょっと前からすごくよくなったよ」
どうやら略奪者は完全に消滅したらしい。
「それはめでたい。それで、この状況どうにかできるか?」
「カミちゃんが居ればどうにか」
俺は刀を幸に差し出す。幸は味気なさそうな表情で見ていた。
「初めてカミちゃんの正体を見たけど、思った以上に地味だね。もっとドハデなのかと思ってた。カミちゃん自慢げに本来の姿語ってたし」
二メートルを超える刀を前にして地味って言いやがったぞこいつ。
「甘ったるいお話は後にしておくれ。」
背後から鏡子の声が聞こえる。
真っ暗だった世界にパソコンの画面のようなウィンドウがいくつも現れる。第六眼球で見れるデータを世界に投影したような感覚だ。
「無理だ」
「どうしてだよ! どうにかできるだろ!」
「この位相とぶつかるるのが回避できても他の位相と打つかるだけ」
「避けることはできるんだろ」
「えぇ、それなら幸と貴方の二人分の魔力でどうにかなるわね。私も手伝いたいけど、ご神体とつながっている必要があるから難しい」
なら問題は無い。
「その位相を教えてくれよ。俺が計算してぶつからない場所を指定してやる」
「無理だ。どの位相も常一刻と形が変化している」
「ならそれごと計算してやる」
シャウトにならそれができる。
「頼む俺を信じてくれ」
「解った」
鏡子は俺のでこを人差し指でつつく。数多に及ぶ位相の相関係図と、ご神体の操作方法が頭のなかに広がる。
「幸は刀を床に突き刺して魔力を叩きこみなさい。正樹も刀を掴んで、演算しながら操作しなさい残り三分も無いから急いで」
鏡子が両手を広げると、真っ暗だった世界に光が満ちた。
世界はゲーム画面がバグったみたいな光景になっている。それでも何故かこの光景が世界の位相を表している図を三次元で表現したものだと理解できた。
「どっちに舵を切ればいいの?」
「第七軸に七十三度、第十二軸にマイナス十一度、第二十五軸に百三十一度」
シャウトで位相と位相の動きを予測しながら第二位相つまりトコヨの場所をずらしていく。問題なのはトコヨの位置を少しずらすだけで、他の位相の場所もずれていくことだ。
そのたびに少しずつ計算しなおさなければならない。
さらに重要なのが魔力の消費を出来る限り少なくすることだ。
略奪者との連戦で大分魔力をつかっており、すでに大した魔力は残っていない。
ウツシヨとは違い、魔力を全て使い切ったからと言って消滅するような事は無いが、このままじゃどっちにしろ消滅だ。
「ウツシヨが見えてきた!」
鏡子が叫んだ。鏡子の見つめる方から緑色の明るい光が差し込んでくる。
ウツシヨをエネルギーとして見た時の姿だ。
「幸! おもいっきり第三十二軸を右に切った後、刀を引きぬいてくれ! それで助かるはずだ」
「うん」
どことなく寂しそうに幸は返事をする。
うまくいかなかったらみんな消滅するし、うまくいったとしてもウツシヨとトコヨは前のように分割されてうまく合うことができない。
俺に会えないと言う一点においてはどちらの結果も変わらない。
幸は俺の手をつかむ。俺の瞳を見つめる。俺も見つめ返す。
「幸!」
「解ってる!」
お互いに力を込める。
呼吸をひとつにする。
世界が緑色の光に包まれる中、俺達は刀を引き抜いた。