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 俺は起き上がる。


 最低最悪の悪夢だ。汗だらけの自分の体を呼吸を徐々に整える。


 俺は子供の頃に捨てた何もかもを取り戻していた。世界が澄み切った水の中のように見通せる気がした。


 それらと共にせめぎ合う人格達が引き起こすどす黒い感情も、

 それでも俺は生きていける。

 俺の手を握ってくれる人がいるから、。

 握られた手を強く握り返す。

 幸は未だに息を荒げて辛そうにしている。

 それでもどこか幸せそうに見えた。

 俺は幸の頭を撫でる。


「ありがとう」


 そう言うしか無かった。もっといい言葉は世界にあるのだろうけれど、言葉なんて所詮入れ物だ。気持ちさえ伝わればそれでいい。


「危なかったのぉ」


 カミちゃんは安堵のため息をついていた。片手に持っている薙刀を除けば平和そのものだった。

「もう少し遅かったらあんた様を殺すしか無かったからな。

 幸に感謝するんだな。具体的に何をしたかは言わんでおこうか」

「手をつないでくれたんだろ?」

「友達以上の事をしていた」

「………」


 気になるが、深追いしてはいけないのだろう。心なしか幸の手も若干強く握られてる気がするし。俺は幸の手を離す。


「さて、略奪者を探さないと」

「どこにいるのか解るのか?」

「全然」


 ふすまが大きな音を立てて開く。璃々が凄まじい形相をして俺とカミちゃんに近づいてきている。


「早く来て! なんかへん!」


 そう言われて俺とカミちゃんが廊下に出ると確かに変だった。

 廊下に一般家屋の土台部分がめり込んでいた。


「なんでー!?」


 璃々は俺に視線を送る。これは現実ですかと尋ねているみたいだ?

 夢オチを期待するならバケモノに襲われた辺りで起きてほしい。


「なんかへんってこれじゃないのか?」

 そう言ってるそばから床からテーブルが生えてくる。そのテーブルもただのテーブルでは無い。乳母車となぜか奇妙な融和を果たしている。現代アートとしてそのまま出品できそうだ。

 非日常に対する耐性が強化された俺にはそこまで驚くことではなかった。


「いや、これもだけどこれだけじゃないの。とにかく来てよ」


 璃々は振り返り、また走りだそうとしたが、壁から生えてくる掃除機によって頭をぶつけてしまった。


 廊下を部屋と部屋をつなげるための空間とするのならば、廊下と呼ぶのをためらう状態になっていた。

 廊下は平然とネジ曲がり、重力は方向音痴になって好き勝手な方向に行ってしまうし、コップが生えてきてると思ったら、そのコップに入っていたはずのコーヒーが平然と宙に浮いている。

 いきなりものが消えたり、ふすまを開けたらトイレになっていたり……

 家を糸状にしてスパゲティみたいにぐっだぐだにさせた挙句に、街中をミートソースにするとこの状態になる。きっと味は不味いだろう


 ……これでも的確に例えた比喩だ。

 そんな状態でも俺達は進んでいくしか無かった。

 璃々のぐちゃぐちゃな説明を早口でまくし立てているのに、カミちゃんにはその問題の危険性をきちんと把握してしまったからだ。




 破魔神社にあるご神体の石に幾何学模様が刻まれており、その幾何学模様が青白く発光している。


「不味いな」

「石が光っているのが?」


 カミちゃんはこくこくと頷く。


「あんた様の肉体を奪った奴は、世界と世界を結合させて何かをやろうとしていたのだと、私は思っていた。違った。奴の目的は世界を完全に結合させることだ」

「それだと何が違うの?」


 璃々が口をはさむ。俺も同じだ。

 目的のための手段と、手段のための目的ぐらいの違いしか無い。結果が一緒なら巻き込まれる人間の被害は一緒だ。


「言い方が悪かったかの。行き来をしやすくするために世界のつながりを強くしたのではなくて、世界と世界をぶつけるために世界のつながりを強くしていた。

 目的は世界の破壊。

 このご神体を使わなければ世界を破壊するほどの完全な結合は不可能だ」


 カミちゃんはいきなり俺の背中を押した。バランスを崩した俺は思わずご神体に手をついた。

 ご神体の幾何学模様が複雑に変化する。


「やはりな」


 カミちゃんは手で顎をさわりにたにたと笑う。悪趣味な探偵のようだ。


「どうして模様が変化を?」「シャウトを使ってない時の俺は反射神経全然無いんだから押さないでくれ」

「二人同時に喋るな。正樹の体を奪って何をしたいのか私には全然解らなかった。しかし、そこにご神体の状況を加えれば、答えは一つ。あんた様は閏の血筋であり、その肉体を使ってご神体を使用するつもりだ。ご神体には閏の肉体か、魂少なくともどちらか一つは必要だからな」


 閏の血筋。幸と同じ退魔を司ってきた呪われた一族の血筋。

 俺は知らなかった。でも、五歳の俺は閏を知っている。

 俺を産んでくれた母の名前は閏鏡子。

 閏は母の旧姓だ。


「ほう、その通りだって顔をしておるな。そうなると幸と幼なじみと言うのもそういうことか。幸の名前は知ってるだろ。閏幸。あんた様がたは親戚だったということだな」

「それで、俺はどうすれば良い」

「私を―――」


 カミちゃんの言葉は続かなかった。


「このチャンスを逃すわけにはいかない」


 女の子が空間の間から腕を伸ばし、カミちゃんの胸を貫通させていた。胸から血が一滴も出ない代わりに光が漏れてくる。


「またおまえか!」

「ご神体を破壊すれば破魔神社と周辺を巻き込んでアイツを殺せる。」


 カミちゃんから腕を引き抜くとそこから刀を取り出していた。刀身二メートルを超える波紋の美しい刀だ。

 これがカミちゃんの正体なのか


「お前は一体誰なんだよ!」

「……復讐のために生きている。それだけ、名前になんて価値は無い―――」

「そんな中二病な御託どうでもいいわよ! カミちゃんを返しなさいよ!」


 璃々が女の子を押し倒そうとする。璃々の存在が見えていなかったのか、女の子はよろけながらも璃々を振りほいたが、ご神体に手をついてしまう。

 俺が触った時のようにご神体の幾何学模様が変化する。

 それはつまり


「閏の人間?」

「知らないわよそんなの!」


 女の子の復讐が何に対しての復讐なのか俺は知らない。

 だから木村翔みたいに他の人間も殺していたんだろうと勝手に解釈していた。

 でも、閏の人間なら、話は別だ。

 鏡子と幸と千尋に対する復讐。

 一見筋は通るが、通らない物が出てくる。

 あの一件は失踪事件として扱われており、真相を知っている人間はほとんどいない。

 幸は魂ごと失っているし、俺もその時の記憶を封印していたし、千尋は怨霊に変化していた。

 そうなると消去法で決まってしまう。


「母さん?」


 年端もいかない女の子に俺はそうやって呼びかける。

 常識で考えるならこんな子供が俺の母親だなんて考えに至らない。しかしながら、非常識になれきってしまったものだから、母親ではないかと思ってしまったら、その思考を補強するような発想が思い浮かんでしまう。


 母さんの魂が入った女の子と考えればそこまでおかしくない。

 どうして女の子に俺の母さんが入り込んでいるのかはわからない。俺みたいに幽霊になっているのかもしれないし、転生した結果がこの女の子なのかも知れない。

 最後の希望が潰えたように女の子は呆然としている。


「母さんなんて呼ばれる資格、私には無い」


 一言一言に魂を込めるようにハッキリと女の子は喋った。侮蔑の意味すら読み取れるその滑舌は一体だれに向けての侮蔑なのか。

 せめて、俺でありますように。


「母さんなんだね」

「違う」

「母さんなんだね!」

「違う違う違う!」


 女の子は俺に刀を喉元に突きつける。


「バカな事を言うなら殺すわよ」


 世界は崩落を加速させていく、地面から雨が降ってくる。その雨も無茶苦茶な方向にそれていく。空間がネジ曲がり距離が一定でなくなっていく。

 俺は女の子を見つめる。

 剣は俺の喉を徐々に押し当てていく。血が流れていくのを感覚として理解する。流血は魂と肉体がつながっていた時の名残で、魂だけの今はすぐに乾いてしまう。


 剣が俺の魂の結合を弱めていく。

 子供の頃に封印した幾つもの魂の雄叫びが蘇る。

 女の子は刀を投げ捨てた。


「私に正樹を殺せるわけないじゃない!」

「母さん!」

「逃げて生きてきた私をそうやって呼ばないで、今更母親みたいな事できるわけ無いじゃない」

「そんなことどうだっていいだろ!」


 どこからか拍手の音が聞こえてくる。


「美しい家族愛だ。それが十年前にも見られたら楽しかったんだがなぁ」


 空間の裂け目から略奪者が降ってくる。


「さっさとご神体を壊さなかったのはミスだ」


 空間から手が、足が、頭が湧いてくる。ゾンビたちは迷うこと無く女の子を捉えようとする。女の子は化神を使って振りほどこうとしたが、空間座標が狂ったこの世界で帰還できないためか、本来の力を発揮すること無くあっさりと捕まってしまう。

 略奪者は刀を拾い上げる。

 璃々はこの光景から逃げ出そうとしたが、ゾンビに足を掴まれてその場に転んでしまう。

 ゾンビたちは最初から見えていないかのように、俺を捕まえようとはしない。


「……なぜ俺を捕まえよない」

「俺はなぁけっこうお前に感謝してるんだ。お前がいなければ俺はこの世にいない。お前がここにいるのだってこの世界の終わりを鑑賞したいからだろ?」


 略奪者はご神体に触れた。


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