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「魂の強さは記憶によって左右されやすい。怨霊はそのいい例とも言えるの。

 あんた様は不完全な記憶しか持ってない。その不完全な部分を取り戻せば、そやつに対抗できる。

 ただし、その記憶を取り戻す最中に怨霊になる可能性もある。

 そうなった時は私がお前を殺す」


 幸のとなりに敷かれた布団に俺は寝かされる。

 カミちゃんはお猪口を俺に渡す。


「それを飲め、そうすればお前は封印された記憶を追体験する。その合間あんた様は病人のように呻いておるから私が看病してやる」

「ありがとう」

「別にあんた様の為じゃないんだから」


 棒読みのツンデレ台詞だった。と言うかツンデレも何も、俺もカミちゃんも目的は幸を助けることなんだから台詞も本心も一緒だし、ツンもデレも関係無かった。

 俺は意を決して酒を飲んだ。




 死んだ魂は大気に溶け込み、他の霊と混ざり合い一つの魂として世の中に生まれていく。

 俺、榎本正樹は違った。

 肉体が大きな魂を必要とした。

 そのために多くの霊を、大気に溶けこむ前の魂や、怨霊としてこの世をさまよっていたものまで、ありとあらゆるものを取り込んでいった。


 そうして生まれてきた俺は、幾つもの魂の集合体として生まれてきてしまった。


 本当に小さい頃は魂の記憶を夢として認識していたが、知恵と知識をつけていくうちにそれらが、夢では無いことに気づいてしまった。


 自分ではない人間の過去がすでに存在し、知らない知識を身に着けている。


 それだけなら、まだ真っ当に生きていられたかも知れない。


 問題は人格までもが俺の中に出てくるようになったことだ。


 人格の強さは月の満ち欠けのように変わっていく。自分という存在が濃度であり、確率でしかなかった。


 子供は母親を通じて世界を理解していくらしい。

 俺の場合その相手は母親である榎本鏡子を通じて自分を理解していくことになった。正確に言えば、自分のことを詳しく知っていそうな人物がたまたま母親だった。

 母親の霊が自分同様に肥大化しているから聞いただけに過ぎない。母親だから話やすかったなんて可愛らしい理由は無い。


 俺はいくつかの事を母親に向かって口にする。

 三才ほどの子供がしてはならない発言の数々。

 普通の母親なら怒るなり、驚愕するなりすべきところだったのだろう。


「ごめんね。ダメな母さんでごめんね」


 でも、母は俺を抱きしめながら泣いていた。

 俺はただただ抱きしめられるだけだった。だけど、当時の俺はこの人を母親と思えていたかどうかわからない。


「私が逃げたからなんだ。閏から逃げようとしたから」

「うるう?」

「呪われた血筋だよ。昔から続く魔法使いの血。私はそれから逃げようとした。でもダメだったみたいね。大丈夫私がどうにかするから」


 チェンジリング。俺の症状を病気だとするのならこう呼ぶしか無い。異様に発達した知性を宿す人ならざる子供だ。


 魔法使いならば、元々魂に異常なんて物は無いと断言するだろう。怨霊ですら強い記憶により行動パターンが固定化された魂にほかならないし、異常があった場合は魂は魂としての形をとれずに崩壊する。


 そう言う意味では俺の狂った状態は祝福ですらある。魔法使いの到達地点の一つであるからだ。


 俺と母だけで解ったことはこれぐらいであった。

 自分の魂から知識と知性を持ってこれると言っても限界がある。あくまで俺が見えるのは俺の魂になりきれなかった魂の残滓でしかない


 母は陰陽師として才能を持っている。しかし才能は薪木のようなもので、才能を燃やす為の努力と環境が母には存在しなかった。


 もっと必要だった。情報が、環境が、とにかく足りなかった。


 そのためには自ら逃げ出した場所にもう一度足を踏み込む必要があった。


「最低」


 母によく似た彼女は母を罵った。

 そうだろうな。母と一緒に頭を下げながら俺は思う。

 呪われた血筋と表現された閏を受け継いだ女性。母の姉さんである閏千尋。閏が一体どれほどの事をしているのか俺は知らないけれど、


『最低』の一言で本来ならば許されないし本当は許してもいないのだろう。


 事実、閏の本拠地である破魔神社には一度も足を踏み入れることはなかったし、千尋と合う時は人に見られないような場所での密談ばかりだ。

 しかし千尋にも背に腹を変えられない事情があった。


「貴方が正樹くんなんだね」


 甲高い声と落ち着いた口調が彼女を実際の年齢よりも年老いたものにさせている。当時の幸はまだ六歳の子供だ。


「きっと私たちは友達になれるよ」

「俺もそう思う」


 俺と幸はお互いに手を出しあい握手を交わした

 なぜなら彼女からも俺と同じ物を感じたからだ。


 閏幸。

 俺と同じように魂の量が多すぎた子供の一人だ。閏の血族からしてみれば福音だが、一人の母親からしてみれば幸の存在は納得できるものではなかったのだろう。


 幸と俺、二人の魂をどうにかするために、血族に縛られた姉妹がもう一度手を取り合うことになった。


 姉妹の打算的な和平。血族としての決着でも無ければ、純粋な姉妹としての仲が改善したわけでもない。

 千尋は閏に支配されていたし、鏡子は誰からも祝福されない結婚生活に陰りが見え始めてきていた。


 そんな中でまともに活動出来ていたのは、俺と幸の二人だ。


 俺と幸は自分たちの魂の知識、閏が長年積み重ねてきていた魔法に関する知識と、その二つを組み合わせ新しい魔法を作ろうとしていた。

 最初はお互いに自分のためだったけど、最終的に俺たちは親友になっていた。同じ年齢でまともに話があう相手なんているわけないし、何より魂が同じ境遇だったから、辛さも喜びも分かち合うことができた。


 目指すのは記憶と知識を好きなときに引き出しながら、魂の人格は封印すること。全部を封印してしまう方法もあるにはあるが、それは自分自身も封印することにほかならないし、閏としては絶対に認めるわけにはいかないし、俺達だって今更知識と記憶を手放すなんて出来ない。


 破魔神社に連なる魔法使いが使う魔法陣をベースにした俺たち専用の魔法陣。魂の地図、化神を専用にチューンナップした魔法。魂そのものをすり減らす魔法。その他細かな魔法が十二。


 そして何より魔法使い。これは俺が最初にやることになった。

 これによって魂は完全なる調和になるはずだった。




 魔法陣から出てきたのは、多すぎた魂ではなく、今までこの世界に存在していなかったはずの魂。魂を補食し、魂を支配する魂。


「お前が俺を呼んだのか」


 今現在の俺が略奪者と呼んでいる魂。


「私が貴方のことを守るから!」


 そこまではきちんと覚えている。

 そこから先はハッキリとしていない。

 俺が記憶を封印していたから……と言うわけではない。

 情報として記憶されておらず、感情としてしか記憶されていない。

 事実として幸も鏡子は肉体を殺され、千尋にいたっては魂ごと食われた。唯一の幸運は略奪者も。かなり体力を消耗したことだろう。


 俺はその瞬間を呆然と立ち尽くして、第六眼球からの情報で死の瞬間を見ていた。


「知らない」


 三人の失踪。

 警察沙汰になるのは至極当然だ。ただ、俺は知らないとしか言えなかった。


『魔法に失敗して三人とも殺されてしまいました』なんて発言したところ警察は信じないだろうし、閏の人間が問診してくるのは間違いなかった。


 だから知識も記憶も人格も魔法も全て投げ捨てることにするしか無かった。

 覚えていては耐え切れなかった。三人も見殺しにしたのに、自分の失敗が招いた悲劇なのに、自分だけが痛みをしらず、のうのうと生きていることが


 過去の自分と今の自分がひとつになる。

 多数の人格がせめぎあい心のなかがどす黒くなっていく。焦燥感で胸が詰まりそうになる。

 手のひらをじっと見つめると手から泡が出ている。自分が溶けているんだ。


「全部お前が悪いんだ」


 シャウトが俺に語りかける。


「お前はわかっているだろ? あれは失敗なんかじゃなくて望んで自分で呼び寄せたんだと」

「違う」

「違わないね」

「違う! 違う! 違う!!」


 消失は止まらない。あいつを呼んだのが本心なのかどうかもはやそんなの関係ない。

 消えてしまいたい。

 そう願ってしまったから。

 自分の体の感覚が消えていく。幾つもの思考と思想が頭の中で交差する。自分ではない自分

 声が囁き合う。

 ふと、誰かが俺の手を握る。


「駄目!」


 幸が悲しそうな顔をしながら俺を見つめる。俺の両手を合わせて握りながら、顔に近づける。


「違う。俺が、俺が悪いんだ」

「あきらめないでよ」

「もう終わったんだ。幸の事は救えない」


 今の幸は魂の大部分が欠如している。俺と一緒に魔法を開発していた幸とは別物だ。魂の完全なる結合はもうありえない。


「まだ終わってない!

 過去は変えられなくてもこれからは変えられる。

 まだ私はいる。完全じゃないけど、あの時には戻れないけど、夢見た理想も無理だけど、でも、

 私はまだここにいるの」


 幸は俺を抱きしめる。すでに俺は俺ではなかった。子供の頃の俺になっていた。


 幸を見ても、自分を取り戻すための道具としかみなさない自分。俺は幸の事を大事に思ってるのに、第二、第三、第百七十九までつらなる俺にとって、それは道具でしか無い。

 幸はゆっくりと唇を重ねた。

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