21
幸を破魔神社にまで担ぎ込むとカミちゃんがすぐに治療を始めた。俺も治療の手伝いをしたかったが、カミちゃんに「だったら誰も入れないように見はってくれ」と言われ部屋から叩きだされてしまった。
こうして俺はドアを背に一人ぼっちで座っていた。
「私の体、返してよ」
体の中から璃々の声が聞こえる。
あれからずっと体を借りっぱなしだったのか。気づかなかった。
そういえば、カミちゃんの顔がちょっとだけおかしく見えた気がするのも、璃々が幸を担いできたように見えたからだろう。
「ごめん」
俺はするりと璃々の体から抜け出す。璃々は立ちくらみのように頭を抱えるけれども、すぐに元の調子に戻った。
「幸大丈夫だよね」
「あぁカミちゃんがどうにかしてくれるよ」
「そっか、良かった。それで、その、えっと」
「どうかしたのか?」
俺が璃々の顔を見つめると、璃々は視線をそらす、ばつがわるそうに少しもじもじとしている。
「ありがとう」
改まって言われると俺もどんな反応をしていいか解らずもじもじとしてしまう。
「ちょっとかっこよかった」
言葉が尻つぼみに小さくなっていく。
「ほんとに、ほんとにちょっとだけだから!」
今度は対照的にうるさいし、顔につばが飛ぶぐらい顔を近づけて言ってくる。
「解った解ったからそんなに声を出すなよ」
「ごめん」
「なぁ……」
会話をなんとかつなげようとしても、何を言えばいいかわからない。俺は俺で普段から女子とはあまり喋らないし、璃々は喋らないように生活している。
「そういえば、ここってどこなの?」
「ここは」
破魔神社だよ。その言葉が喉から出なかった。
「どうしたの?」
「どうして生きている人間がここにこれるんだ?」
トコヨは神や幽霊などの世界であって、生きた人間のこれるような世界では無いはずだ。生きた人間が来ようと思ったら、肉体を捨てて魂だけでこなければならない。
しかし璃々は肉体のまま来ている。
「何よ! 私が生きていちゃいけないみたいに言わないでよ! クラスの死人なんてあんただけで十分よ」
「いや、そういうことじゃなくて、ここって死後の世界だから本来は魂ぐらいしか来れないんだよ」
「あんたの体が何かした影響じゃない?」
そう考えるのが自然なんだけど、それはそれでおかしい。
略奪者は最初から魂だけだしトコヨに来るだけならこんなことする意味が無い。それに俺の肉体を奪った理由もわからない。
俺の肉体を奪ったのと、トコヨに生きた状態でいけるようにするのは別の目的なのか?
いや、トコヨにいけるようになったのは何かの副産物で、本当の目的は別にあるのか?
「そんなのどうだっていいわよ。そのおかげで私がここにいるんだから」
そばに居てくれるのがありがたかった。
もしこの状態で一人にされていたら、孤独で泣いていたかもしれない。
幸の事、略奪者の事、これからの事全部を、一人で背負い込んでいたはずだ。
「シャウトって言うんだっけ?」
俺はシャウトを呼び出し、自分の肩から出させる。
「それ、私にも使えるものなの?」
「たぶん」
分割出来るだけの魂があれば使えるはずだし、俺よりも才能があるはずだ。
「じゃあ私にも教えて、シャウトの使い方」
「いや、俺は詳しくないんだ。カミちゃんが詳しい」
「あぁさっきの人ね。そういえばカミちゃんの本名ってなんなの?」
俺も知らない。前に幸から散々カミちゃんの事を聞いた、と言うか聞かされたけど、名前に関しては付喪神であるということしか聞いていない。
「いや俺も知らないんだ」
「あ、そうなの、ええとそれじゃあ、それじゃあ」
璃々は廊下をキョロキョロと見回す。特に気になるような物は見渡したって無い。
「無理してないか?」
「どっちが……無理してんのよ。あんたの顔色、青ざめてる。 鏡があったら見せてやりたいんだけど学校に置き忘れてきちゃった」
「ごめん」
「ごめんって言うぐらいなら」
璃々は俺の顔をおもいっきり引っ張る。 遠慮なしで、俺の頬が餅みたいに伸びそうな気がした。
「もっと笑いなさいよ! 幸にどんな顔見せるつもりよ! 治ってもそんな顔見せられたら陰気になるじゃない」
手が離されて俺の頬が元に戻る。
幸が起きた時笑っていられるようにしよう。
それが今の俺にできることだ。
カミちゃんが出てきたのはそれから三時間たった後だった。俺と璃々はずっとお互いのことについて話していた。
「入っていいぞ」
俺は部屋にはいる。璃々は部屋に入らずに、廊下でカミちゃんと少しお話したいらし。
幸は布団の中で寝ている。これだけなら病人とさして変わらない。苦しそうに呼吸している。朦朧としており、何かを喋ろうとしているが、それが具体的な単語になることは無い。
「………」
何かを言葉をかけてあげたかったが、何を言えばいいのだろうか。
どんな言葉もこの場では不適合な気がした。
カミちゃんが部屋に入ってきた。
「私にできることはやった」
カミちゃんはふぅっと口から息を漏らし額を拭った。
俺は幸を覆う布団を幸の顎のあたりまで引き寄せる。
「幸は大丈夫なのか?」
カミちゃんの顔が歪む。それ自体が答えみたいなものだ。
「幸は呪われている。このままの状態が続けば怨霊になってしまう」
「どうにかできないのか?」
「呪いが体に浸透するのをいくらか妨げるようにはしたが、所詮時間稼ぎ。根本的な解決にはならん。私にはこれが限界だ」
「何かあるだろ? 何だってするから!」
俺が引き起こした結末だ。
自分の体を諦められなかったから、だからこんな事に……
こうなってしまって俺はようやく理解した。
本当に大事なものが何であるかを。
「………ある」
「どうしてだよ! カミちゃんだって幸を助けたいだろ!」
「……あんた様は幸のために命をかけられるか? 他者を殺せるか?」
俺は先程の光景を思い出す。
壊れた人形みたいに、体のパーツを強引に接着された人々の姿を。
幻想を振りきらなければならない。
「できる」
幸がいなかったら今頃怨霊に食い殺されている。この魂がここに存在するのは幸がそばにいてくれたからだ。
それなのに幸が怨霊になりかけているのに逃げるなんて俺にはできない。
「幸を怨霊にしようとしたやつを殺せば収まる」
「解った」
頭の中で、肉体に触れた時の甘さを思い出す。
もう迷わない。
「幸を呪った奴はあんた様よりよほど強い。今のあんた様じゃまず勝ち目は無い」
「関係ない。勝ち目があるかどうかなんて関係ない。勝たなくちゃいけないんだ。戦わなくちゃいけないんだ。俺は生きなければいけないんだ」
「本当だな。魂を捨てるきはあるか?」
「無いよ。捨てたら幸を守れないだろ。どっちも手に入れる」
「良い返事だ」