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戦場は混沌に陥っていく。
略奪者は高みの見物とばかりに俺たちから一線引いている。逃げれば良いのに逃げ出さないのは自らの力を慢心しているからだろう。
イノセントブルーとポーカーフェイスを周囲にばらまいてゾンビと怨霊を牽制しているが、その圧倒的なサイズと物量の前ではイノセントブルーでは対処仕切れない。対処できない部分は幸が薙刀で応戦してはいるが、それでもまだ足りない。
俺は女の子の妨害によって、まともに行動が取れない。
女の子を攻撃しようとすれば女の子が瞬間移動してしまうし、なら略奪者や怨霊を攻撃しに行こうとすれば、俺が瞬間移動されてしまう。
やろうと思えば今すぐにでも俺を倒せるのだろうが、それをしないのは、俺を消滅させたくはないからだろう。その証拠に女の子から殺意のような物を一切認識できない。
何度目かの攻撃。
第六眼球で消費した魔力を確認する。滞在時間での換算で残り三時間。攻撃はまともに食らっていないが、攻撃をするだけで、ウツシヨにいるだけで、魔力は消費していく。
また瞬間移動によって避け……られなかった。
瞬間移動は行われた。問題は瞬間移動した場所だ。位置がほとんど変わっておらず、回避行動にならなかった。
女の子の胸にシャウトの右腕が突き刺さる。地面にたたきつけられる前に女の子は消えた。
どういうことだ?
なぜ女の子は無意味に能力を使ったんだ。今までみたいに適当な場所に……
一つの疑問から、今までの女の子の行動がそのまま回答への道のりになっていく。
ここに来た時点で気づくべきだった。
自由に瞬間移動ができるのに、何でわざわざ怨霊になった木村翔の影に隠れて現れなければならなかった。
その疑問にまで到達してしまえば、答えは必然的に導き出される。
自由に瞬間移動ができないからそんな事をしなければならなかった。
この能力は瞬間移動では無い。
なら何の能力か。
女の子が能力を使った時を思い出す。
自然公園に向かうときに助言だけ残して消えた時、
俺と幸は一度自然公園からここまで飛ばした時、
この戦闘中。
その全てがこの峰高に向かって移動しているとしたら?
能力は特定の場所に移送する能力。瞬間移動ではなく、瞬間的帰還能力。ゲームだったら街に戻る魔法は定番なのに、なぜ選択肢にはずしてしまっていたんろうか。
ゲーム脳を自称しているのにこの体たらく、廃人失格だ。
女の子は峰耕から峰耕に帰還していた。帰還する場所は峰耕と言う大きなくくりでしか無いので、同じ場所から同じ場所に移動しても、多少場所のズレがでてくる。
そのズレを自分で修正することができない。
その結果が同じような場所に瞬間移動した理由だ。
さて、そのズレは一体どこからどこまでなのだろう。
俺は今までの瞬間移動を全て思い出す。それはフッと湧いてくるアイディアみたいだ。
しかし俺はそうでないことを知っている
演算だ。
数学のような演算ではない。それをあえて数学的に表現しようとするのならば、三次元的な数曲線が頭のなかで実態を持っている状況が頭の中で展開される演算だ。
今までのすべての瞬間移動から次の座標のおおよその位置を割り出す。
俺は女の子にシャウトの右腕を飛ばす。女の子はシャウトを瞬間移動させずに自らの化神で、応対しようとする。
攻撃特化と特殊特化。
同じような人型の化神であっても、パワー、スピード、その差は歴然。
女の子は耐え切れず瞬間移動を試みるが、その座標を左腕でぶん殴る。女の子は殴られた状態で姿を表した。
今まで見せたことのなかった表情が出てくる。
不安と恐怖が入り混じった絶望だ。
もはや敵では無い。
ある程度の範囲にしか瞬間移動しかできないのならばもっと根本的な対策だってできる。
調度良く幸がこちらにまで近づいていたので、俺は幸に怒鳴る。
「こっちまで怨霊を持ってきてくれ」
「頑張ってみる」
怨霊そのものの動きを操作するのは簡単だ。不思議なことに怨霊は幸の方に近寄っているので、幸が俺のそばにいてくれるだけで良い。
その合間女の子に瞬間移動による妨害をさせないように、女の子に攻撃をし続ける。
自分の延命のためにしょうがなく、瞬間移動を自分に使い続ける。
こちらに能力の特性がバレてしまった以上向こうも同じように対策をしてくるのは必然。
女の子は瞬間移動を同時に複数回行うことで俺の予測を狂わせようとした。
つまり完全な一回分の予測が可能だとしても、何回瞬間移動を使ったかの予測までは不可能であると言うことだ。
確かに人が任意の回数行うものは計算できない。
しかしそれは魔力を多く消耗すると言うことでもあるし、余計に怨霊を守る方法を削っていることでもある。
怨霊を指定の位置につかせた。
「これで瞬間移動は完全に防いだだろ?」
俺は勝利宣言とばかりに叫んだ。
ここに怨霊を連れてきたのは偶然ではないと、瞬間移動を見破ったのは偶然ではないと、理解させ交渉のテーブルにつかせるためだ。
女の子の意図は未だに解らないが、行動はハッキリしている。
俺と幸を守りたい、出来ればこの騒動から外したい。
怨霊を殺させたくない。
略奪者を殺したい。
この三つだ。最後の一つは今のところ関係ないけど。
瞬間移動はいくつかの条件がある。それと同じようにいくつかルールが存在する。
その一つが移動対象が保護されていることだ。
帰還する為の魔法と考えれば当たり前のことだが、移動した場所に物体があったとしてその物体にハマることはない。
元あった物体のほうが動く、その時に元あった物体が脆ければ破損する可能性がある。これは女の子が何度も瞬間移動してくれた時に確認したので間違いない。
なら移動先を全て物体で埋めたらどうなるのだろうか?
楽しい楽しい実験の時間だ。
しかしその結果を知っている先生が果たして許可してくれるだろうか?
俺と幸を殺したくない。怨霊も殺したくない。
しかし攻撃を避けなければ自分が死んでしまう
どの選択肢も何かを失う。チェックメイトだ。
「どうして、どうして私の言うことを聞いてくれないのよ!」
女の子の叫び。万策尽きたということだろう。俺が同じ状況なら確かに対話によって時間をかせぐと言う選択をするかもしれない。
もちろんそれが有効なのは対話する気のある相手限定だ。
固茹で卵のような意思で突き進んでいる幸に語りかける言葉なんてありはしない。
「あんだけでかい怨霊を無視しろなんて無理だ。俺だってあれが人間であったことぐらい知ってるし、助けられるなら助けたいよ! でもこの状況は無視できない。もっと多くの人が怨霊にされてしまう」
俺は言葉を聞くことにした。
女の子が敵なのか味方なのか、知りたかった。
幸は妨害が一部止まったのを良い事に、怨霊を薙刀で切り刻んでいく。すぐに回復してしまうが、それでもダメージの蓄積はある。
怨霊の動きが遅くなって来ている。
幸の猛攻は止まらない。略奪者が近づき高笑いを上げているというのに幸は聞こえないとばかりに怨霊を攻撃している。
怨霊は目を見開く、体に大小多くの眼球があり、それらは一つ一つ色が違う。
「あの怨霊が誰だか解ってるの」
「わかんねえよ」
怨霊の動きが止まる。眼球だけがギョロリと動く。その一つ一つが女の子を見ている。
「私だよ千尋! 思い出して!」
女の子は眼球に語りかける。怨霊は再び膨張を始める。
膨張は学校の倍程度の高さで止まる。すべての眼球が一つの場所を見つめる。
幸だ。
天辺の部分が折れ曲がり、バランスを崩したかのように落ちてくる。その速度はゆっくりとしており、落ちるのではなく浮かんでいた風船から、空気が徐々に抜けていく様を連想させる。
顔とおもわれる部分には口だけがあった。牙などは生えておらず、ただ口だげが存在していた。
怨霊は咆哮する。
心臓まで震わせるほどの重低音で、何かを求めて泣き叫んでいるように思えた。
今まで適当にばらまいていたポーカーフェイスを手元に戻し、刀の状態に戻す。
怨霊に向かってポーカーフェイスを振り下ろす。ポーカーフェイスを幾つかの小さな塊に分散させ、その一つ一つを怨霊の眼球に向かって飛ばす。
怨霊の眼球が破裂する。そこから、紫色の体液が出てきたかと思うと一瞬にして個体に変化していく。それがドミノを押し倒したかのように他の眼球へ連鎖していく。
怨霊は一匹狼のような遠吠えをしながらグラウンドに倒れこむ。固体化していた体液が辺りにはじけ飛ぶ。その一部が俺の肌に触れたかと思うとすぐに黒い煙へ変わっていく。怨霊の巨体から多量の黒煙が立ち込める。
そして夜の夢のように消えてしまった。
頭とおもわれる部分に、何か輝くものがあった。
指輪だ。
イノセントブルーの指輪と同じ形の指輪。
幸は指輪を拾い上げる。
「……おかーさん?」
呆然とした表情で幸は崩れかけるが、突如として略奪者が幸に近づきながらコケを巨大な爪のような形で作り上げ、幸の胸を貫く。
俺はシャウトで略奪者とコケを払いのけ、幸を抱きかかえる。幸の手は紫色に変色しているが、俺は気にせず手を握る。
「幸! 幸!!」
幸は反応しない。略奪者の品のない笑い声と女の子の気迫ある声だけが聞こえていたが、徐々に離れていった。