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 階段を上へ上へと登っていき屋上前の扉まで来る。


 ここが最終防衛ラインだったのか、いくつかの土嚢と、大量の死体が転がっている。

 死体が襲ってくることを警戒したが、特にそういうことは無い。緑色のコケもついておらず、ごくごく普通の死体だ。


 本来なら閉まっているはずの扉は開いているので屋上へ出る。


 すべき行動を体が理解していた。


 俺はシャウトの力を借りて、全速力で屋上を駆け抜ける。

 その場に居た璃々を押し倒しながら側面にローリングする。

 行動が終わった後に、先にあるべき理解が追いついてきた。


 璃々が居た場所はすでに床が存在しない。

 その近くに満身創痍の正義。


 そして背を向けるダレか。


 ダレかは首だけを曲げて俺を見る。


「おや、怨霊に食い殺されたと思ったんだけど、どうして生きているんだい?」


 ダレかは感情もなく、言葉を音の羅列みたいに発する。

 その顔に見覚えがあった。

 ある意味ではもっとも近くて、ある意味ではもっとも見ない顔。

 自分の顔。

 俺の肉体は俺を見て、作られた笑みを浮かべる。

 理解する。死んだのではなくて体が奪われた、この略奪者によって。

 第六眼球が羽蟲でも入り込んだかのようにデタラメに動きまわる。

 一目惚れに似たような幸悦に襲われる。

 体から力が抜ける。興奮する。思考がまとまらない。初めて射精した時のような感覚もある。

 それは生理的欲求だ。体が睡眠を欲求するように、食事を欲求するように、

 魂が肉体と言う器を求めている。


「用事があるみたいだけど、忙しいから後にしてくれ」

「ふざけないでよ!」


 幸の髪が燃え上がり、略奪者に走り込もうとする。


「いいのか? これは彼の肉体だ。俺を切れば彼が蘇る可能性が完全に絶たれることになる」

「止まってくれ!」


 幸は立ち止まる。いや、立ち止まらせてしまった。


「お前だってそうだろ? まだ生きていたいよなぁ? 人間の魂と肉体は両翼だ。片方だけでは安定しない。存在はしていたとしても、存在しているだけで羽ばたけはしない。今のお前には言葉で言うまでもなく解るだろ? 本能には逆らえない。」


 あぁ、言葉で教えてもらうまでもない。呼吸をする方法を教わるようなものだ。それは教わってどうにかなるようなものではないし、教えるようなものでもない。

 最初から備わっている。


「おいおい、血走った目でみるなよ。どうしてお前がここにいるのか、俺の知ったことではない。しかしだ。お前がここに来る理由は解る。

 この肉体だろ?」


「…………違う………俺は……璃々が襲われないように………助けに」

「おいおい、そんな血走った目で言っても説得力が無いぜ? もっと本能に従え」


 略奪者はこちらに向かって歩いてくる。

 肉体が近づくに連れて、俺の中の幸悦感が増していく。

 俺の頬に触れようとする。

 正義の刀が軟体動物の触手のように、略奪者をつかもうとするが、俺の肉体から生えてくる緑色の腕が刀を掴み、逆に正義を振り回し、フェンスへ叩きつける。


「こりないヤツ……黙ってそこで見ていろ」


 俺の肉体が俺に触れる。

 こんな恐怖の塊みたいな奴に触れられたと言うのに、感じたものはぬくもりだった。

 母の胎内で生まれる瞬間を待つ赤子のような気分だ。

 それが一瞬来たかと思うと、一瞬にして去っていく。それが何度も波のように続く、略奪者が俺を触れたり触ったりするからだ。


「どうだ、久々の肉体と言うのは、そうか、言葉も出ないか。でもお前に返すにはまだ早くてね。俺の計画は終わってないんだ」


 略奪者は俺に背を向ける。俺はもう一度ぬくもりを味わうために手を伸ばそうとした。

 だが、手を伸ばしても触れることはできなかった。

 膝から先が綺麗に失われていたからだ。

 一体何時切り取られたのか、認識できなかった。

 触れない事実を認識し、その理由が手がないことだと確認して、初めて痛覚が反応した。

 俺の肉体から生えている異型の手が幽体である俺の手を握っている。


「誰が俺に触っていいといった? 物事には流れがある。下の者は上の者の許可を得て初めて行動が許される。誰が上かお前にはわからないのか?」


 異型の手は俺の切り取られた腕を握りつぶす。


「ならば教えてやる。

 俺が絶対的支配者であるということを、絶対的な思想を持つ力であると、ありとあらゆる努力や向上心は俺の前では灰燼に帰すと。

 しかしだ。、俺はお前に恩義を感じているんだ。

 返してやるよこの体、ただし使い終わった後だ」

「ほ、ほんとうなのか……」


 幸が何かを叫んでいる。言葉は異国の言葉みたいに認識できない。その言葉すらも遠く聞こえてくる。


「本当だ」


 略奪者から響く他人の声がひどく心地よく聞こえてき始める。心の中にまで響き渡るような芯のある音で溶けるような甘さがある。


「それで―――」

 かまわない。と言い終わる前に幸が俺を押し倒した。

 元々木村翔だったバケモノが空から降ってくるのを他人ごとみたいに見る。

 世界に幸の声が戻ってくる。


「あんなのにだまされないで! あいつが正樹くんから体を奪ったんだよ! あいつがここをぐちゃぐちゃにしたの! 何人も殺して、何もかもぶち壊そうとして、これから璃々さんを殺そうとしてるの!」


 あいつを許してはならないんだ。

 しかし魂は覚えている。

 体が持つ温もりを、そして俺はその温もりに抗うことができなかった。

 バケモノは俺の肉体を襲おうとしたが触れることは一切できなかった。

 床から異型の腕が木々のように生えてきてバケモノを串刺しにした。


「処刑しろ」


 異型の腕から苔むした銃火器が生え始める。それらがバケモノに照準を合わせる。


「やれやれ会話に邪魔が入ってしまったね。生贄にはちょうど―――」


 バケモノの影から何かが飛び出してくる。略奪者はその物陰に対応しようと異型の腕を動かそうとしたが、バケモノを捕まえていた為、自由に動かすことができず対応が遅れてしまう。

 影の正体は俺と幸に警告をしてくれたり、逃がしてくれたりした女の子だ。

 女の子の手の平からさらに腕が飛び出す。出てくる腕はシャウトの腕の形みたいで、違いといえば色を黄色にしたぐらいだ。

 略奪者の顔面に右ストレートがきっちり決まるが、見た目の派手さとは裏腹に、略奪者はよろめきはしたが倒れず口を拭った。


 イノセントブルーのように、特殊な用途に特化しているから戦闘能力はほとんど残っていないからだろう。


「この時を待っていた!」


 女の子は叫びながら左拳を振り上げる。略奪者はすでに体制を立て直し、女の子をしっかりと見据えていた。

 上がった拳は下がらない。

 フェイクだ。化神の拳からさらに腕が生えてくる。その腕を略奪者は掴む。

 しかし、略奪者は苦悶の表情に変わる。

 左足のつま先からも化神の拳が生えていた。

 略奪者は掴んだ腕に向かってコケで作られたアサルトライフルを向けるが、女の子は消え去ってしまった。


「この興奮、十年ぶりだ」


 略奪者は校庭を眺める。校庭では女の子が校舎に向かって走っている。

 幸が略奪者に向かって走りこむ。

 略奪者は手だけ幸に向ける。手からコケが蔦のように伸びていく。それらを薙刀で振り払っている内に略奪者は屋上から飛び降りた。


「正樹くん行くよ!」


 幸もフェンスをを掴んで今すぐにでも飛び降りようとしていた。

 その問いかけに、俺は、俺は、俺は、


「………」


 答えられたなかった。

 俺は未だに寝起きのような感覚を引きずっている。

 体を求めている。初恋をずっと引きずるみたいに、魂と肉体が重なりあった瞬間を求めている。


「あんな奴にしたがっちゃダメ!」

「解ってる、解ってるはずなんだ」


 あいつを殺さなければ、

 ここで殺された人々が、木村翔が、戦場正義が、寒川璃々が、ありとあらゆるものの取り返しがつかなくなる。

 そして俺の肉体も……


「もう、死んだって思うしか無いよ」

「俺だってそう思いたいよ! でも目の前に体があるんだ! 俺は蘇りたい!」

「そんなのダメ! 絶対ダメ!」

「どうして!?」


 ずっと味方でいてくれると思っていた。

 最初に助けてくれた時も、ウツシヨに戻った時も、正義に襲われた時も、ゾンビに襲われた時も、

 一緒にいてくれたから。


「私は正樹くんとずっと一緒にいたい。今まで遠くから見守っていることしかできなかったのに、今は目の前で触ることだって、守ることだって出来る。正樹は私と会えなくなるのが悲しくないの!?」

「今みたいにウツシヨに来ればいいだろ!?」

「イヤ! ずっと一緒じゃない! それなら正樹くんだって蘇る必要無い! 生活するのに何も不自由ないよ! カミちゃんや私と一緒にいたくないの!?」


 怒りによくにた感情。

 お互いに睨み合ったところ、何かが解決する訳ではない。グラウンドから轟音が響く。 


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