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「死んだ次の日に除霊されかけるなんて、あんた様はよほど悪運に恵まれてるな」
カミちゃんはそう笑いながら酒を呑む。
俺は顔を合わせないように背中を向ける。
「いや、この状況を考えれば怪我の功名、いやいや、災い転じて福となすってところかの?」
カミちゃんは指で水鉄砲を作って俺にかけはじめる。
「何だ? 美人と風呂に入るのがそんなにイヤか?」
体力を回復するのに休んだり、食事をとったりするのは肉体がある人間の常識だ。
なら、魂だけの存在が魔力を回復するのに何をするのかと言えば?
『手っ取り早いのは風呂かのう?』
と言うわけで風呂に入るのまではよく解るが、なぜカミちゃんと幸も一緒に風呂に入ってるのかが全然わからない。
まだカミちゃんと二人きりのお風呂ならばロマンもあっただろう。
残念なことに委員長気質な幸がいる。
確かに破魔神社の風呂は旅館のお風呂みたいに広いから、三人入ってもまだまだ人の入るスペースはあるけど、だからと言って三人一緒に入る必要も全然無い。
個人的には二人で入るのが良いと思う。出来ればカミちゃんと入りたい。
「なるほど、それ以上をお望みということか、ガキのくせしてませておるな」
そりゃもうそれ以上どころか、できること全てと返答したいところだけれど、ここにいるはカミちゃんすら萎縮させる閏幸。もちろん無理です。
「そ、そんなの絶対ダメ!」
水の弾ける音と、幸の声が背中から聞こえてくる。 白濁色の湯なので、ここまでしないと見えてしまうなんて事は無い。
「冗談だよ。それより今振り向くと絶景が見れるぞ」
「見ちゃダメ!」
凄い気にはなるけれど、見るような事はしない。紳士だから、と言いたいけどチキンだからが正解。
命は大事にしないとね。すでに死んでるけど。
「それで、何か収穫はあったか?」
この一言で俺はカミちゃんの方を見る。それは幸も同じで、カミちゃんの方を見ている。意外と大きな幸の胸がお湯から透けて見える。
「見ちゃダメ!」
顔をぎりぎり口が出るぐらいまでお湯につける。そうなるとさすがにうっすらとした輪郭すら見えなくなる。
なお、カミちゃんは最初からタオルを巻いていた。
「カミちゃんこれを見て欲しいの」
イノセントブルーの能力である記憶複製で、木村翔の殺害現場を写真の形にしてカミちゃんに見せる。
「怨霊の仏様かい? 見つかってよかったのぉ、にしても派手に殺されて………なんでウチの魔法陣が使われておるんじゃ?」
「それを聞きたくて見せたんだよ」
「……すまないがちょっと検討がつかん」
沈黙。解ったことは怨霊の遺体と名前。
対して増えた解らなことといえば
俺を犯人扱いする正義。助けてくれる女の子。
殺人鬼の意図、殺人現場に残された破魔神社の魔法陣。
一進一退どころか、一進二退だろ、これじゃ。
「さっきの話だと、この仏様を見つけてから襲われたんだったの?」
「うん。大変だったんだから」
「ちとおかしいとは思わんか、なぜそいつはあんた様達を襲ったんだ? 幽霊の仕業と思うのなら解るが、幸を逃がそうとしたのだろう? 完全にあんた様狙いなら、犯人だと言うカクシンがあったはずだ」
「つまり、正義は俺が犯人だと確信できる何かを知っている?」
「そうなる」
「カミちゃんは正樹くんが本当に木村さんを殺したと言いたいの?」
「そういうわけではない。
正義にそういう結論をさせた情報があれば、私達にも何かしらの結論を導くことが出来るだろう。
その結論の中には正樹が殺した結論もあるし、全く別の誰かが出てくる結論もあるだろう。
実際に見てみるまではわからんがな」
「だとすると次は正義を探すべきか」
逃げる立場から一転探す立場へ。
しかし、正義が素直に情報を渡してくれるのだろうか?
「探す必要なんて無い。正義さんは警察官なんだから県警に行けばそのうち会えるよ。ううん合う必要だって無い。だって警察なら捜査資料として残しているはずだよ。その捜査資料を手に入れるぐらいならイノセントブルーで簡単にできる」
幸の手から炎がたんぽぽの綿毛のように飛び立っていく。
関係者以外入れるはずの無い殺人現場にいた事、謎の女の子が警察官と断定したことから、警察官と断定できるのだろう。
どう見ても警察官には見えないけど……
カミちゃんは突如として立ち上がる。幸が俺の視線をそらすように強引に首を曲げる。
「さて私はそろそろあがるかの、覗くなら今のうちだぞ?」
カミちゃんが立ち去った後、残ったのは、頭をぎっしり握り締めている幸と、絶体絶命の俺だった。