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「えっ? えっ!? 何なんなの?」
幸は状況を理解できずに顔を赤く染める。
刀が振り下ろされる。
俺は立ち上がり右肩から生えるシャウトの右腕が刀を人差し指と中指でつまむ。つまんだ部分からどろっと溶けてしまう。
「外したか…」
低い壮年男性の声が響く。
切れたブルーシートの影から男が歩いてくる。警察官ではなく、警察のお世話になるような人にしか見えなかった。ビジュアル系バンドのような格好をしており、手には刀身が液体でできているような刀を握っている。
「一応聞くだけ聞いてやる。投降する気はあるか? 榎本正樹」
「投降するも何も俺たちは何もしていない。なぜ攻撃する?」
「なぜ? わざわざ聞くのか?」
男は笑う。つまらない冗談を聞いた時のような作り笑いだ。
「お前がこの儀式を作った張本人だからだ」
男は慢心の笑みを浮かべる。
「おい、そこの女。今回は特別に見逃してやるからさっさと帰れ」
「イヤ」
指輪が青く燃える。幸の髪の毛が長毛になり、毛先が青い炎へと変貌する。
「ふん、まぁお前らまとめて始末してやる。ポーカーフェイス!」
柄から刀身が生える。先ほど同じように液体が刀の形をしている。男が刀で俺たちをなぎ払おうとする。俺はもう一度シャウトでつかもうとする。
が、つかもうとした瞬間に刀身は手の部分を避けるように形を変え、俺の体を真っ二つに切り裂く。
燃えるような痛み。
それと共に視界に映っている数字が急激に減っていく。
「ほう、並の幽霊なら一撃なんだがな。俺の攻撃に耐えられた褒美に名前を教えてやろう。戦場正義。それが俺の名だ。俺が相手に名前を教えるのはこれで十七回目だ。まぁその全員が死んだがな」
数字の減りが収まる。先程まで十一時間ほどあった時間が一気に八時間にまで減っている。
あと3回攻撃を食らえば俺は死ぬ。
長い刀身は遠距離では有利になる。しかし、懐に潜り込ままればそれは邪魔にしかならない。
俺はシャウトを切り離して、正義の懐まで飛ばす。
「考えが甘い」
柄から生える刀身がナイフほどの長さに変わる。シャウトを切り裂こうとするが、シャウトは刀身をつかむ。
正義は表情をひとつ変えない。
刀身が二つに分裂する。
一つはシャウトを包み込み、もう一つは俺の方へ飛んでくる。
軸を少しずらして避け、弾丸になった刀身は地面に当たり、
反射する。
跳弾した弾丸が俺の右肩をかすめる。
「逃げるよ!」
幸は俺の左腕をつかむ。
「逃すとでも?」
正義は幸に向かって刀を振るう。俺は幸にぶつかり代わりにダメージを受ける。
数字が急激に減っていく。残り1時間17分。先程よりも数字のヘリが大きい。
シャウトを自分の体に戻し、黒い鎧みたいに変形させ装着する。幸を抱きかかえ俺は全力でで逃げだした。
「左によけて」
俺は言われるがままに左に避ける。
先程まで居た場所に刀が突き刺さる。
数字はひたすら減っていく。1時間2分。
戦うと言う選択肢はすでに無い。ジリ貧になって負けるのが目に見えている。
「どこに逃げれば良い? 破魔神社か?」
「距離が遠いよ。トコヨとの繋がり的に考えると、ここか、峰高のどっちか、減速して」
速度を落とす。本来の速度ならいたであろう場所に刀身がしなりながら飛んでくる。
「ここだと無理だな」
正義の攻撃が激しすぎる。一回距離をとらないと。
幸のガイドによって攻撃をかわしながら公園の入口までやってくる。
残り時間55分。
公園を抜けようとするが見えない壁にぶつかる。シャウトを使って何度叩こうとも壊れるような様子は無い
「どうなってる!? 結界は無いんだろ!?」
ここに来て俺はようやく真意を理解した。
幽霊を入れないための結界ではなく、入り込んだ幽霊を外に出さないための結界を張ってあったんだ。
確実に殺すためにある結界。
だから自然公園に向かったイノセントブルーが帰ってこれなかった。
「結界をやぶれるかどうか試してみる」
幸のカミから見えない壁を這うように炎が広がっていく。
「私が結界を開いているから早く一人で逃げて!」
「幸を置いて行くなんてできるか!」
「結界だけじゃない。おじさんの相手もしなくちゃだから私は無理!」
空間に炎で囲われた円が出来上がる。人一人がやっと通れるほどのサイズで、通っている合間は無防備を晒すような状態になる。
「鬼ごっこは終わりか?」
正義はゆっくりと歩いてくる。
刀を振るう。幸の左腕を切断する。空間にできた円が一瞬小さくなる
「結界を破壊できたところ、その破壊する場所から出られなければ意味は無い」
「お前の目的は俺なんだろ!」
「交渉ってのはお互いに条件が吊り合うから成立するんだぜ?
お前から何かが欲しいと思ったら、話し合う理由など無い。殺してから奪えば良い」
「あらあら、見ない合間にずいぶんとでかい口叩くようになったのね。変剣自在」
正義の後ろから女の子の声が聞こえる。
さきほど警告だけして去って行った女の子だ。
「誰だてめえ! なぜ俺が高校生の時に考えた二つ名知ってんだよ!」
「さぁどうしてでしょうね。
あと、幽霊相手に啖呵を切るのはやめなさいって昔言ったわよね。幽霊が見えてない人からするとおかしい人よ。にしても警察官になるなんて以外ね」
正義は女の子に剣を突きつける。
「変身や幻想が、だれにでも通じると思わない事ね。
それよりも正樹! あれほど警告したのになぜ来たのよ! 止めない幸も幸よ! 私に世話をかけさせないで、それに……」
ブツブツと女の子は母親みたいに小言を続ける。どことなく既視感もある。
「無視するんじゃねえ!」
ムチのようにしなる刀を、女の子は少しだけ動いて避ける。
「あいつの相手は私がするから逃げなさい」
女の子が結界をぶん殴る。
空にヒビが入り、ガラスを叩き割るような音が聞こえる。
結界が壊れたんだ。
視界が急激に白くなっていく。
「思い出したぞ!お前は……」
正義が誰かの名前を叫ぼうとしたが、その名前を聞く前に俺と幸は峰高のグラウンドに立っていた。
そしてまたサッカーボールが俺の頭を打ち抜いた。