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Expulsion of fantasy  作者:
5/11

04話




 この世界に季節というものは存在しない。各地域ごとの環境という形で四季は再現されている。

 ちなみに、俺たちの住んでいるゴルゴットさんの屋敷は、四大大陸のラジア大陸の比較的中心部に築かれた、メイレンという町に存在している。

 少し北上すれば王都と呼ばれる国の心臓部があり、メイレンよりも気温が低く、特に寒いときは雪まで降り積もるらしい。


 損な話を眼鏡少年ミースくんから聞きながら、俺は積みに積まれた魔導書の解読に勤しんでいた。ゴルゴットさんはこれを子供たちの教養のために集めたと言っていたが、あんな鼻水垂らしながら外を駆け回っている子達に、こんなものが読み解けるとは思えない。


「そういえば、今日はサーシェは一緒じゃないんだね」


 不意に、ミースが地理学の本を閉じて、そんなことを俺に訊ねて来た。

 彼にとって、彼女は俺にデフォで装備されているアクセサリーのような存在だということは、一週間前の「ペットみたい」という発現によって判明している。今更否定したところでどうにもならないので、俺は魔導書に視線を落としたまま、ミースの問いに答えた。


「今日はあいつが起きる前にこっちに来たんだ。上手く抜け出せたが、時間の問題だろうな」


「そうだね。なんてったってもう後ろにいるんだから」


「おはよう」


 え? という声が出る前に、背後から強い重圧がかかるのを感じた。書本にそのまま頭から突っ込み、机の角に間接的に頭をぶつける。

 この背中にくっついた生き物が何なのか、もう匂いで分かってしまう自分がいる。


「酷いよ姫也くん、置いて行くなんて」


「お前がいると勉強にならんのだよ……」


「お尻の穴が小さい男だね」


「こらアーシェ! 女の子がそんな言葉を使うもんじゃない!」


 ボソッと汚い一言を呟いたアーシェに、図書館の入り口辺りから鋭い指摘が刺さった。

 よくもまあ聞こえたものだ、と感心しながらそちらへ目をやると、そこに立っていたのは年長組の三人の一人、マクアムその人だった。


 ゴルゴットさん曰く、剣技に長けているらしく、アーシェには魔法の才はないだろうと言われていた。才能がないと言われているのに照明魔法や探知魔法を習得する辺り、年長者の威厳がみられる。


「げ、マクアムくんだ……かくまってよ、姫也くん」


「匿うもなにも、もうすぐ目の前にいるじゃないか。良かったな、遊び相手ができて」


 ずかずかと足音を抑えるという意思すら見せずに踏み込んで来ると、さっとサーシェの前に立って仁王立ち。その視線の先にあるのは、どういう訳か俺だった。


「また新人君と一緒にいたのか……」


「もう一年と一ヶ月経った。新人君は勘弁してくれませんか」


 パタンと本を閉じると、ふとミースの「ここで騒ぎを起こしてくれるなよ」というアイコンタクトを受け取り、体の向きを変える。


 年長組の一人、マクアム。剣技に秀でており、主に前衛で活躍中。ついでに言えば、見て分かる勢いでアーシェに思いを寄せている。

 別に驚いた話ではない。この屋敷の中でアーシェのことを好いている者は彼以外にも多数存在するし、今そこで本を読んでいるミースだってその一人だ。

 その証拠に、現在アーシェにひっつかれている俺に敵意むき出しの眼差しを向けている。


 エルフは美しい容姿だけではなく、異性を惹きつける一種の魅了魔法のようなものを常に放出し続けているらしい。だからエルフの伴侶の間では決して裏切りなどは起こらないのだという。

 それが人間の群れの中に放り出されたらどうなるのかは、なんとなく想像につく。


「俺からしてみれば、まだ一年、だね」


「何か気に障ることをしましたか」


「したかと言われれば、していると答えるさ。ほらアーシェ、おいで。いつもみたいに外で遊んでやるから」


「でも……」


 ちらりと俺の方を見るアーシェ。俺は手で払いながら、場をおさめる為に「たまには外で遊んで来い」とだけ言ってやる。

 仕方なくといった様子で去っていくアーシェを見送りながら、俺は大きく伸びをして、手に持っていた本を机の上に置いた。


 ミースやアーシェ本人によると、俺が来るまでマクアムとアーシェはああやってよく二人で遊んでいたらしい。

 確かアーシェがこの屋敷にやって来て間もないころ、上手く馴染めていなかった彼女と一番最初にコミュニケーションを取ったのが彼だったらしい。

 つまり、今は何かと俺に構ってくるが、昔はその立場にマクアムがいたということだ。


 マクアムを嫌いになったのかと一度訊ねてみたことがあるが、別にそういう訳でもないらしい。アーシェが言うには、俺の回りの精霊が元気だからだそうだ。

 エルフというのは皆あんな物言いなのだろうか。今のところ、精霊という存在は人類の歴史では確証されておらず、曖昧な言葉として扱われている。

 信じる者もいれば、そうでない者もいるということだ。俺はどちらかというと前者である。


「さて、そろそろ行くか……」


「どこへ?」


「ちょっと体力トレーニング。お前も、本ばっかり読んでるとモヤシになっちまうぞ」


「適材適所という言葉があってね」


 はいはい、と適当にその言葉を流しながら、席から立ち上がる。持ち出していた本を全て元の場所に納めて来ると、俺はいそいそと図書館を後にした。

 途中、庭でマクアムとアーシェが、子供たちに混じり遊んでいるところを見た。ボールを蹴って、相手が護るゴールへ入れる……と、まんまサッカーのようなスポーツだ、


 アーシェの楽しそうな笑顔を見て、何となくホッとしてしまう。何せ、あのままぶーたれながら戻ってきそうな勢いだったからな。

 屋敷の陰にある裏庭に回り込むと、俺は身に纏った上着を木の根元に放り投げ、早速スタートダッシュの構えを取る。


 余談だが、俺がこの膝の上に腕を乗せて走りだすフォームを取るのは、日本で放送されていたとあるヒーロー番組が影響している。だから俺にとって"加速"というのは比較的イメージし易く、一発目から成功してみせたのだ。

 確かその番組の設定では、限界加速時間は十秒で、それ以上続ければエネルギーが暴走して自爆してしまうらしい。常に命の危険があるという部分は、俺と似ていると言えなくもない。


 あれから一ヶ月、俺は毎日のように加速魔法を使って来た。あれは使えば使うほど大量の魔力を消費するし、同時に体力の向上にも繋がる。

 ギリギリまで肉体を使うため、一日に二度も使った時は全身に力が入らなくなり、その場から動けなくなったこともあった。


 使用法を誤れば死ぬ、というのは本当だ。肉体にかかる負担もそうだし、効果が切れる前には必ず停止しなければならない。もし高速移動中に魔力が切れれば、勢いを止めきれなくなってどこかへすっ飛んでしまう。

 多分無理だとは思うが、今の俺の目標は「加速魔法に耐え得る身体」を得ることである。


 それはただ単に筋力的なことでもあるし、同時に魔力量の増加もできれば、身体強化の魔法で勢いを殺したり、緩やかに減速することもできるようになるかもしれない。今のところ、加速魔法の持続時間は十秒にも満たないのである。

 つまるところ、今の俺の体では完全に不完全なのだ。何もかもが不足している。


 それを補うための訓練。今日も、頭の中ではスリーカウントが描かれる。

 迸る魔力を感じながら、俺は再び走り始めた。







 

 景色が俺に追い付いてくる。滴る汗を散らしながら、俺の脚も歩調を合わせるように減速し始める。

 完全に同調したのを確認すると、俺は少しだけ歩いて呼吸を整える。


「ちょっと延びたわね。大丈夫?」


 そう言って水の入った水筒を投げてくるのは、セミロングの蒼髪を揺らす女性。今年、見事エイリアツ冒険者学院を卒業した我らが年長者の、アナリシスさんその人である。

 ここ最近は暇があれば、俺の魔法の訓練を見てくれている。先人の教えを請うのは跡を辿る者として必然だ。


 腰ほどまでに伸びた長い黒髪が舞う。俺が初めて加速魔法を使ってから、一年の時が過ぎていた。

 特に俺を取り囲む環境に大きな変化は見られず、変わったといえば子供たちの成長と、俺の容姿の変化だろうか。と言っても、髪が伸びたくらいなのだが。


「しっかし、よくもまあ自分だけが早くなるイメージなんて出来るわね。私には絶対無理だわ」


「それを言うなら、治癒なんて俺には一生できっこないですよ」


 アナリシスさんの使う魔法の種類は、端的に言えば広く浅い。何かを専攻するという訳ではなく、幅広い多くの魔法を彼女は扱える。

 浅いと言っても、彼女に魔法の才がないという意味ではない。多くの魔法が使えるということは、それだけ想像力が高いということに繋がる。その柔軟なセンスを、俺がここ数週間でどれだけ羨んだことか。


 イメージのコツを少しでも学ぼうと無理言って手伝って貰っているのだが、如何せん頭の中にあるものを口で表現するとなると、抽象的になってしまう故、理解が難しく大きな進歩は見られなかった。

 結局今はいつもの鍛錬に付き添って貰い、時間計測や観測を頼んでいる。


「上がる? そろそろお昼時よ」


「そうですね。最後に探知の魔法を試行して終わりにします」


「熱心ねえ……私の学生時代以上だわ」


 両目を閉じ、軽く俯いて意識する。想像するのは円形のレーダーだ。

 こういう地球産の機械類を知っている点から、俺が早くに魔法を使えるようになった理由があると思う。


 今回は対象を絞って……そうだな、まずは本の虫、ミースからにしよう。

 といっても、大体どこにいるかは想像できるが。そう思い探知を開始すると、やはり奴の反応は図書館と出た。相変わらず魔導文字の勉強中か。


 ゴルゴットさんは自室の書斎から出て、食堂へ向かっている。メイド長のメリスさんは、食堂と厨房の間をせわしなく行ったり来たりしていた。昼食の準備を行っているのだろう。いつも有難うございます。

 最後にいつもの彼女を探してみた。すると……


(うん……?)


 反応が、ない。頭中に浮かぶレーダーのどこにも、その存在を示す点マーカー出現しない。

 不思議に思いぱちりと両目を開くと、俺は吃驚して思わず尻餅をついてしまった。


「ふふ、もしかして私のこと探してたの、姫也くん?」


「そのまさかだよ……」


 悪戯が成功したかのように微笑む少女、ハーフエルフのアーシェを見上げながら、俺はふうと溜息を漏らした。

 彼女の後ろでは、くすくすと苦笑するアナリシスさんの姿が。情けないところを見られてしまった。声をあげなかっただけマシだが。


「もうお昼ごはんだから読んで来てって、メリスさんが言ってたよ?」


「ああ……分かったよ」


 差し出された手を掴み、立ち上がる。屋敷の窓から漂うスープの香りに、腹の虫が鳴る。言うまでもなく、俺だ。

 笑う二人。魔力を絞り切った後なのだから、仕方がないだろう。生理現象なのだ。


「そんじゃ食堂まで競争! びりは魔法で一つ芸! よーい、どん!」


 言い出したのはアナリシスさんで、アーシェも合図と共に走り出す。俺はと言うと、魔力も体力もほぼ底を尽きかけているので、スタートダッシュすら躓きそうになっていた。

 しかし負ける訳にはいかない。一芸など持ってはいないし、何よりこの仕組まれた勝負に従うのは癪だ。

 俺は最後の力を振り絞り、スタートダッシュの構えを取るのであった。







「魔法使うなんて卑怯だよ、姫也くん」


「ハンデ位いいだろ。こっちはガス欠だったんだ」


 正に身を削る思いで再び加速魔法を発動した俺は、勿論ぶっちぎりの一位で屋敷の玄関へ転がり込んだ。まあ、その後死んだように崩れ落ちたのは言うまでもないのだが。

 結局そのまま寝込んでしまった俺は、当然昼食など取っている訳もなく、現在深夜十二時二十分。自室にて絶賛ディナータイム中である。ちなみに、今日の夕飯はカレーだったらしい。


「ゴルゴットさん心配してたよ。生きてるかー! 死ぬなー! ってずっと叫んでた」


「悪いことをしたな……」


「マクアムは鼻で笑ってた」


「だろうな」


 くすくす、と笑うアーシェ。俺は寝起きの胃袋に描き込み、数回咀嚼して飲み込む


「ところで、なんでお前はまだこの部屋にいるんだ?」


「私だって心配してたんだよ。姫也くんが起きるまでずっと傍にいたんだから」


「机に伏せて寝てたろ」


 そうとも言う、と笑顔で言う辺り、アーシェらしい。俺は息を吐いて、空になった皿を机の上に置いた。


「とにかく、見ててくれたことには礼を言うから。夜更かしは体に毒だぞ」


「えー、もう廊下も暗いし、怖いから一人じゃ歩けないよ。今日はここで寝るー」


 俺のベットに寝転んだままそんなことを言い出す彼女の姿に嘆息しながら、腕を組む。


「じゃあ送ってやるから」


「んー、姫也くんもお化け怖がりそう」


「馬鹿言うな」


 小学生じゃあるまいし、そんな物を怖がったりはしない。それより、同じ部屋で寝ている十七歳女子の方がよっぽど怖い。

 とにかく自分の部屋に戻るように説得すると、アーシェはぶーたれながら何とか自室へと戻って行った。というか、お化けが怖いとかなんとかいう設定はどうしたんだ。


 俺はまだ回復し切っていない全身の疲労を感じながら、白いベットへと身を投げた。ばふっと柔らかいそれに沈み、息をはく。

 色濃く宇宙を映した夜空が、窓から見えた。日本の、少なくとも俺が住んでいた地域からは、こんなに星が見えたことはない。あそこは地上の光が強すぎる。


 電気の消えた部屋に浮かびあがるのは、ゴルゴットさんが買ってくれた衣類の入っているタンスと、魔導書や歴史書が積まれた机と椅子。

 もう子供たちは寝ついているのだろう。屋敷に走る声は存在せず、静寂が息を潜めていた。


 現在、俺は十七歳。もうあと一年もすれば十八歳を迎え、一つの岐路に立たされる。

 しかし、まあ少し前から何となく進む道は決めているので、そこまで深く考えてはいない。後はそこから始まる新しい生活に慣れ、順応していくだけである。


 問題なのは、その後の話だ。

 今ある考えとしては、この屋敷に戻って来て、アナリシスさんやマクアムさんのように、恩返しをすること。もう一つは、彼らとは別の道を歩んだオーバルさんのように、完全に自立すること。


 常識的に考えれば、選ぶべきなのは前者である。そうすれば、ここにいる子供たちを護ることにも繋がる。

 しかし、ゴルゴットさんが望んでいるのは、その逆である俺たちの自立なのだ。

 一人でもこの世界で生きていけるようになれること。そして、この広い世界をもっと知って欲しいと、事あるごとに言ってくれている。


 マクアムさんは、恩を返した後。つまり、ゴルゴットさんが亡くなった後、この屋敷を出ていくらしい。アナリシスさんが言うには、アーシェが成人になって連れていけるようになるまでの建前なのだとか。本当かどうか、まだ本人に確認を取ってはいないが。


 アナリシスさんはというと、ゴルゴットさんの死後もこの屋敷から離れず、子供たちが成人するまで待つのだと言っていた。それが、彼女なりの恩返しなのだろう。


 直接ゴルゴットさんに悩んでいることを訊ねると、キミの自由にしなさいと言ってくれた。ただし、絶対に後悔だけはしないように、とも。

 まだ時間はたっぷりあるのだから、その分考えるといい。沢山の出会いを経験しながら、納得のいく答を出しなさい。そう言って、年齢を感じさせるごつごつした手で俺の頭を撫でてくれた。


 恩義と欲求の間で板挟みになっていた俺は、それで何かが吹っ切れるのを感じた。もしかして、オーバルさんも同じことを言われたから、この屋敷から出ることを決意したのかもしれない。

 あの人とあまり会話をしたことはなかったが、何となく寡黙でキレ者な印象を受けた。年長三人の中ではとにかく無口で、同時に剣の技術は天才的だとゴルゴットさんとアナリシスさんが言っていた。


 そして、アーシェが密かに想いを寄せている相手でもあった。





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