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Expulsion of fantasy  作者:
10/11

09話




 目を覚ますと、そこには二年前とよく似た景色が広がっていた。黄ばんだ天井、白いシーツ。ただ違うのは、窓の外に広がる活気の強い町並みと、青々しい晴天だった。

 身体を起こすと、全身を包んでいた筈の言いようのない痛みが、嘘のように消え去っていた。腕から伸びている管は、恐らく点滴の類だと思われる。このことから、俺がワイバーンを討ち倒した日から、昨日の今日という訳ではないのだと分かった。


「おっと、起きたのかお譲ちゃん」


 扉を押し開きながら入って来たのは、鼻の下に黒い髭を生やした四十歳前後に見える男性だった。まるでゴルゴットさんと初めて会った時のような構図に、目を見開く。


「ん? どうした?」


「いえ…………何でもありません」


「そうか。まあまずは自己紹介からだ。俺の名前はミリオニアス。少し前まで冒険者をやっていた。今はエイリアツの教師だ。お前さんのことはお友だちから聞いている」


「はあ……」


「なんだ、興味なさそうだな?」


 別に興味がないという訳ではない。恐らく彼が言っているのは、俺の態度と表情のことだろう。生まれつきだと言ってやると、彼は信じているのかどうか分からない様子で腕を組むと、話を続けた。


「それにしても、こんな女の子が一人でワイバーンを倒したってねえ…………いまだに信じらんねえよ」


「こう見えても男ですから」


「へ? あ…………ああー! 分かってた、分かってたよ。お譲ちゃんってのは女の子みたいって意味で……」


 何をうろたえているのか、あたふたと両腕を動かすミリオニアスさんを睥睨しながら溜息を漏らす。

 あの二人は俺が男だということを伝えていなかったらしい。


「いや、まあそれは良いとして、丁度目を覚ましたんだ。色々と知りたいだろう?」


「それはもう」


 ごほんっ、と咳払いを交えながら話し始める。そんな彼の語る現状を表面上は冷静を装いながら、しかし内では驚きの連続だった。


 始めに聞いたのは、既にエイリアツの新入生入学式から二週間もの時が過ぎてしまっており、翌週には第一次実技試験が控えていること。内容を聞いてみると、どうやら例のリーネイツ山脈の山頂を、二人一組で踏破しなければならないらしい。

 その際にかかる費用は全て個人で調達しなければならないらしく、それも試験に含まれているのだとか。


 俺がこの試験に抱いた印象は、文字通り試しているのだと思った。試験なのだから当然だが、恐らく頂上まで到達できる者が現れるとは学校側も思っていないだろう。

 何せ、新しく入ってきた者の中には、少なからずこれから冒険者としての知恵を学ぼうとしている者もいる筈だ。そんな素人同然の子供に、魔物蔓延る氷山を登り切れる訳がない。無論俺も、その課題を達成できるとは思っていない。登山に関してはずぶの素人だからな。


 彼が言うには、一応、山の途中には幾つか休憩小屋が点在し、その全てにエイリアツの教員たちがいるらしい。

 リタイア用の笛を吹けば、すぐに待機中の教員が駆け付けるという話だ。この粗末な準備からも、彼らが俺たちに期待していないことが分かる。


 さて、次にあのワイバーンの亡骸についてなのだが、どうやらこれが色々と厄介なことになっているようだ。

 あの惨状を見れば、俺が奴を討ち取ったのは明白なので、その死体は現在俺の所有物となっているらしいのだ。


 小型とはいえどドラゴンに変わりはない。町中の商人たちがこぞって俺に面会を求めており、この診療所の受け付けは毎朝てんやわんやになっているのだとか。

 正直どうだっていいのだが、得になるのなら適当に売っ払ってしまった方がいいのかもしれない。そう思って現在あのワイバーンにつけられている値打ちを聞いてみると、なんと驚きの回答が帰って来た。


「最大が白貨千枚くらいだったか」


 白貨千枚。白貨というのは、その名の通り白金の通貨であり、その価値は日本円にして十万円。つまり、あのワイバーンには現在、一億円という値段がついているのである。

 これには正直驚いた。純粋なドラゴンの亡骸が白貨八百枚で取引されるのに対し、ワイバーンの価値は普通その十分の一にも満たない筈。それがどういう訳か、訳の分からない素っ頓狂な数値が浮かんでいる。思わず聞き間違いではないかと聞き返した程だ。


「いや、坊主。お前が倒したワイバーンは翼竜種の中でもかなりの大物、ワイルドワイバーンだったんだぜ? ワイルドワイバーンと言えば個体数の少ない希少種だ。その上、体内で魔白金を精製するなんて特性を持ってやがる。俺はもっと欲張っても良いと思うね」


「ワイルド?」


 初めて聞く名に戸惑いながらも、俺は彼の台詞の中に疑問を抱いていた。

 ミリオニアスさんは今、あれが希少種だと言った。しかしあの時、ワイバーンの"群れ"が車上を通過していると、あの乗務員は言っていなかったか?

 聞いてみると、雨か雷の音と聞き間違えたんだろうとのこと。随分と適当な回答だが、今はもう確かめる手段がないため、悩んだってどうしようもない。


 とにかく、今はそのなんたらワイバーンの処分に、さっさと取り掛からなければならない。俺としては、適当な所に売り飛ばして、学費と今までの恩返しということで九割をゴルゴットさんに譲渡するつもりだ。

 それでも、今まで受けて来た恩が帳消しになる訳ではない。なぜなら、例え白貨を五千枚、一万枚を積もうとも、あの数の魔導書を揃えるのはほぼ不可能だからである。あの図書館には、それだけの価値があるのだ。


 暫くして、俺はワイバーンの処理に関しては最も高額な金額をつけた者に譲ると、ミリオニアスさんに伝えた。彼はあい分かったと了承し、一度確認を取って頷いた。


「それと最後に、お前の荷物は全て学生寮の方で預かっている。後で受け取っておくように」


「もう退院しても良いんですか?」


「ああ、体の傷は完治しているらしいからな。後は最後の診察を受けて、晴れて退院って訳だ」


 聞くところによると、身体に受けた損傷は、治癒魔法によって全て三日後には治っていたらしい。だが、やはり限界を超えた魔力の行使によって、全身の器官が動きを鈍らせていたのだとかなんとか。よく分からないが、とりあえず目が覚めたのでよしとしよう。


「そんじゃ、俺は今から先生呼んで来るから。まだジッとしておけよ」


 そう言い残すと、ミリオニアスさんは扉の向こうへ消えていった。足音が遠のいていく。

 

 それにしても、実技試験か。二人一組だと言っていたが、一体どんな相手と組むのだろうか。

 学校のクラスでは最初のグループ作りに乗り遅れたらボッチ確定だと囁かれていたし、できればアーシェかレフィンがいい。

 いや、アーシェには何を言われるか分からないからな。できれば避けたいところだ。


 どちらにせよ新入生の数は百人弱。五十分の一では話にならない。

 巡り来る気不味い空気に憂鬱気分を蔓延させながら、俺はベットの上に倒れ込んだ。






 採集診察の後、念を押してもう一眠りしていきなさいと勧められ、起きて外に出ると既に夕日がさようならを言う時間。受け付けのお姉さんが言うには、治療費と入院費は既に払い済なので、いつでも退院して良いとのことだった。

 おまけにエイリアツがどこにあるのかさっぱり見当もつかない程町が広かったため、現在進行形で夜の町を彷徨っている。恐るべし都会グレイソル。


 すっかり月光が町を見下ろす時間帯になっているというのに、メイレンに住んでいた時とは違ってまだまだ人の影がある。それもこれも、田舎と都会の差なのだろうか。

 さて、こんなことなら明日まで待って、学院側から使いが来るのを待っていればよかった。と後悔しても時すでに遅しという奴で、俺はとりあえず道行く人に訊ねてみることにした。


「エイリアツ? ああ、冒険者見習いの。それなら東地区の方だよ。ここかい? ここは南地区の第十一番地だね」


 頭が痛くなりそうだ。

 とりあえず、北東へ向けて歩けばいいのだろうか。幸い、エイリアツの方角を示してくれていたため、目指す方向を定めることはできていた。

 それにしても、どうにも上手く体に力が入らない。空腹のせいだろうか。いや、もしかすると魔力が減少しているから?


「行き倒れの恐れもある。急がないと…………」


 暫く小走り気味に歩き続けると、やっとの思いでそれらしき建造物の陰が見えてきた。まるでお城のようなその巨大石造の校舎に圧倒されつつ、入り口の方へ移動する。

 門の両脇には槍を立てた如何にもな衛兵っぽい鎧姿の人が二人立っていて、俺が近づいてくるとムッとしたきつい目で睨みつけて来た。


「何かね、キミは」


「あの、すいません。ここの生徒だと思うんですけど」


 じろりといかつい目つきで俺のことを観察する。あまり良い気分ではないが、ここで怪しまれて追い返されてしまってはもっと面倒な事になる。

 彼は暫しじろじろと俺のことを眺めた後、すっと右手を差し出して来た。


「ならば学生証を提示したまえ」


「げっ……」


 そんなもの、勿論持っている訳がない。


「ないのかね。ならば今宵は控えてくれるか。深夜の間、資格のない者を通す訳にはいかないのだ」


 悔しいが、彼の言い分は最もだ。門番として一言も間違ったことは言っていない。

 しかし、だとしてもどうする。荷物は全部この向こうにある学生寮の中だと言っていたから、現在俺は一文無し。おまけにあの戦いの後、長い間食べ物を口にしていないため、灯りの魔法を使う魔力さえ残っていない。

 追剥通り魔幽霊亡霊、考えるだけで寒気がする。完全に無防備なのだ。


 どうした物かととぼとぼ歩いていると、足元に何か小さな袋が放り投げられた。何かと拾い上げて中を覗いてみると、そこには銀貨が一枚入っていた。

 振り返ると、そこには先程と変わらずしかめっ面を浮かべた衛兵さんがいる。


「ここは通せん。だが、それなら宿で一晩くらいは過ごせるだろう」


 あんな人を、恐らく世の中ではイケメンだと称するのだろう。あんた最高だよ。

 俺は深々と礼をした後、近場の宿を捜すために夜の町を駆け出した。






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