プロローグ
ぼんやりと、かいていきたいと、おもいます。
そざつなないようですが、どうかよろしくおねがいします。
盛夏の中頃、蝉鳴く真夏日和。路地の十字路のど真ん中で横たわっている男の姿は、通り過ぎていく通行人の目に一体どう映っているのだろう。
わざわざ飛び出して来た猫を避けるために、原付で車に突っ込んで行った愚か者。
凹凸の少ない人生だったが、この二十年間それなりに楽しむことができた。
ありがとう地球。ありがとう父さん母さん。しかし姉貴、お前は許さん。アンタがマイ財布から金を抜き取ったお陰で、俺はここ数日昼飯抜きだ。
最期の挨拶と文句を心の中で済ませ、一人満足した後に、そっと瞼を閉じる。
眠気とは違う引力を持った何かに引きこまれ、俺は深い闇に落ちていった。
………………
…………
……
「え?」
平均的な大学に通い、普通に友達付き合いを保ち、一年に一度家族旅行を楽しみ、そんな何の変哲もない、それこそ葉がなり落ちて養分になるのと同じ位、自然で山の少ない人生を送って来た。
家族だって姉が殺意を抱くレベルで鬱陶しい以外は、そこら近所と変わりない。生まれてこの方、最高潮という雰囲気もなく、またその逆も体験することはなかった程に、ウチは普通だった。
他と違うとすれば、風景を見るのが好きで、よく雲を見上げながら自転車と衝突しそうになったりしていたことだろうか。
大学に入学したこれからも、今までのように平凡な毎日が続くのだろう。そう思っていたのだが、なんと致命的なうっかりが発動してぽっくり逝ってしまった。
死んでしまうとは情けない。微妙に嘆きながら激痛の中で意識を手放したのだが、これは一体どういうことだろうか。
ふと目を覚ますと体は縮んでおり、薬品のにおいが漂うベットの上だった。黄ばんだ白い壁が四方を囲んでおり、扉の反対側に設けられた窓からは激しい雷光の炸裂する音と豪雨が打ち付ける音の二つが、ひっきりなしに部屋の中で大合唱を繰り広げている。
混乱しながらシーツの端を握り締めていると、不意に木目調の扉が内側に開いた。
「……! 目を覚ましたのか……よかった……」
扉の向こうから姿を見せたのは、白い顎髭を蓄えた、丸い老眼鏡のよく似合う優しそうなお爺さんだった。事実、俺の姿を見てホッとしているので、脅威となる存在でないことは確かだ。
「何が起きているのか分からないといって顔をしているね。すまない、私も急ぎあの村へ向かったんだが、間に合わなかったのだ……私が到着した時にはもう、生き残っていたのはキミだけだったよ……」
そう、彼が言う通り、俺は今何が起きているのか分からない。しかし、残念ながら彼の話を聞いても、俺の頭に渦巻く無数の疑問は一つも解決できなかった。このお爺さんは一体何をいってらっしゃるのだろうか。むしろ分からないことが増えた気がする。
「まだキミのような年齢の子供に、こういうことを言うのは良くないのかもしれないが、キミは今、天涯孤独の身なのだ…………そこで、もしキミが良ければの話なのだが、私の家に来ないか?」
話がどんどん進んでいるようなので、かなり強引に解釈するが、もしかして俺は全く別の誰かになり変わってしまっているのではないか?
デジャビュ的な感覚は一切ないから、死に際に走る走馬灯だとも考えにくい。
そしてもし、彼の言っていることが全て事実だとしたら……?
「勿論、強制はしない。あくまで選択手段として提示しているだけだよ。私のところへ来なくても、孤児院が受け入れてくれる筈
だ」
嘘をついているようには見えない。彼の表情には、後悔の念と、申し訳ないという気持ちに満ち溢れていた。
この提案を受け入れなければ、恐らくこの御老人は更に自分を追い込んでしまうのではないだろうか。
独り善がりな解釈だが、俺の今後について考えても、どんな返事をかえすかは明白だ。
その日俺は、死に、生まれるという、僅か十分にも満たない間に凄まじい体験をしたのであった。