第20話 耐えるべき痛み
御久し振りです、20話、どうぞ
前回までのあらすじ……
空との闘いを終えて暫く、龍やキスメ、ヤマメ、パルスィは『さとり』が居る"地霊殿"と言う教会みたいな建物に到着した。西洋の物語の怪奇系映画でよく使われそうな雰囲気と様相を為しているその洋館は、紅魔館と同様の人外の住居である事を如実に示していた。
中に入り、その奇怪な内装を眺めながら歩くと、一番奥の扉で案内が止まり、ここから先は一人で行くように言われた。扉を開けた先に居たのは、見た目12〜13歳の紫色の頭髪の少女だった。
少女の左胸辺りに浮かぶ"赤い玉"のような『何か』は、全体から有機質の配線物が伸びていて、一本一本が彼女の体の一部と繋がり、取り巻いていた。彼女の名前は、さとり。赤い玉の『何か』は、彼女の、心を読む能力の『眼』だった。
さとりは龍と、俺には見えない会話を行い、戦う事に。しかし如何してか、俺は嫌な予感がしてならなかった。いや、龍の事じゃない、その中の俺の事だ。
俺に、何を『与えよう』って言うんだ?
「では、行きます────」
さとりが宙に浮いて目を閉じ、両手を正面に突き出し、そこから自身を中心として万華鏡の様に熱量の有る光の大玉と粒玉を放った。廻せば"景色"を変えそうな程規則良く放たれた綺麗な光の"弾"、もとい弾幕は、その形容とは裏腹に、こちらを確実に殺しに来ていた。
「ほぉ、ちったぁマシなモンを撃てる奴も居たか」
呟き終えると、龍は地を蹴って真上のかなり高くまで跳び、直後に空を軽く蹴って回避を開始した。これまでにも龍は幾度と無く無数の弾を躱して来たが、今回も同じ、しかしその動きは柔らかく、まるで魚、いや龍魚。
華麗且つ苛烈な身の熟し、全身を捩らせる姿は宛ら海中で躍る魚の如く。頭から、足から、見事に弾を至る隅々まで態々躱し尽くし、これでもかと言う程殺意的な弾幕を『愉しんだ』。
別に海の"龍"と表現しても差し支えは無い。龍は空だけじゃ無く、陸や海にも生息出来た。その万能性から天敵は無いに等しく、龍は様々な理由で崇拝されていた。
ある所では尊敬、ある所では畏怖、またある所では、"龍こそが世界"と宣う狂信まで現れていたとか。そんな天敵の居ない龍は同時に外界に関わりを持つ事が極めて稀少、故に、龍を天敵とする存在も居なかった。
だが一度外界に姿を現せば、空は裂け、地は割れ、海は荒び、世界が歪む。筆舌に尽くせないくらい途轍もない影響力と存在を誇る龍は、現代に至ってもその力は垣間見る事が出来る。
海の荒れ模様、地の揺れ具合、肉眼でその姿を捉える事は人間には……いいや、並みの生物には到底無理だ。限り無く不可能だが、しかし無理なりに一つ、その姿を擬似的に確認出来る方法がある。
それは"空"、その空に浮かぶ、"雲"を見る事だ。龍の体は自然そのものになる事も出来るから並みの生物には感知出来ない、故に『見えない』んだ。けど風が吹くと木が揺れて音がするのと同じように、自然が自然に触れると反応を示す。
龍の体が詰る形で雲に触れると、雲は龍の通り道に合わせて真っ二つに裂ける。時にはしっかり密着したり通り抜けたりして、龍の姿が『雲にそのまま投影される』なんて事も稀にある。
まぁ龍の姿が見たいなら空を見ろって話だね。事が逸れたけど、龍は案の定にさとりの弾幕を難無く避けた。通常の攻撃では太刀打ちする事が叶わないと思ったのか、一度息を整えたさとりの表情に力が込もる。
「想起『恐怖催眠術』!」
さとりを中心に回転しながら斜めに伸びるレーザーと思しき透明な伏線が25%の隙間を有して形を成す。大幅に開いた隙間を当然ながら利用すると、それを阻もうと中玉を全体に数多く放ち、序でに大玉を一本の太長線に見えるくらい重ねて適当に投げ出す。
なるほど、つまりはクォーターグラフを持つレーザーは時間差で形成され、次に中玉と大玉重ねで徐々に死の壁を作って後に響かせるモノか。ランダムの位置に作られる隙間は回避の基点を其処だと最初に植え付ける為。
簡単な話、隙間は使わないのが、攻略の答えだ。龍はさとりの真正面に即座に戻り、其処から殆ど動く事無くレーザー、中玉、大玉重ねを余裕で回避して退けた。本人の意思で止めない限り繰り返し続く弾幕は、龍の前では可哀想な道譲りに過ぎなかった。
行動を止めたさとりは次に先ほど、俺が万華鏡の様だと形容した弾幕の何百倍もの密度をこちらに寄越してきた。比較にならない数の弾を龍は軽い準備運動を熟すみたく地面や空中を往復して躱した。
「既に慣れた弾幕を寄越してどうする? ヌりぃんだよ! もっと本気を出してみろ心眼使いッ!」
「参りましたね、十二分に本気なのですが……やれるだけやってみますか……!」
突如、さとりの目では無く左胸辺りに浮かぶ赤い玉の『眼』に力が入り、血管のような筋が浮き出る。僅かに『眼』で凝視した末、彼女から聞き覚えのある技、見覚えのある弾幕が繰り出された。
「想起『反魂蝶 -八分咲-』……!!」
「なにッ?」
さとりから飛来するは光の蝶、死を司る反魂蝶。満開一歩手前である八分咲は桜を意味し、その象徴たるは冥界に聳え立つ花の無い桜、西行妖。俺と龍が曾て見た、幽々子の最後の技だ。
そうか! さとりの能力。恐らく、さとりは龍の思考を見てこの技の詳細を知ったんだろう。しかし技の詳細を知っても、これは幽々子専用の、扱う幽々子本人以外にはほぼ使用不可能の最後の技だ。
再現するには見合う技術と力を必要とする筈だ。幾ら真似が出来るとは言え、本人固有の能力を持たずに実現するのは擬似でも無理だ。つまり、さとり、今のあんたはその身を削って龍と渡り合うつもりなんだな?
さとりの覚悟を見た後、俺はさとりの周囲に視線を移した。見ると彼女から円形状に赤く"陽炎"が渦巻いていた。一見禍々しく見える陽炎は何にも意味の無い闘気の様なモノだろう。
自身の今ある状況に緊迫し、正真正銘本気になってる証拠だろう。先ほどまで俺が見ていた少女の落ち着いた無表情が、今は鬼気迫る様子で表情が全体的に強張っている。
龍、反魂蝶の次は恐らく勇儀さんの使った三歩必殺だ! 俺の予想なら、さとりは龍の相対した攻撃の中でも特に印象に残ったモノを抜粋している!
なるほど、良い洞察力だ。俺もそうだろうと思った、つまり攻略法はそのまんまってワケだ!
龍は改めて気合を込めると、本来幽々子さん専用の技である、さとりが放つ反魂蝶を最も容易く躱して見せた。三段跳びから走り高跳びに弾幕でハードル走。今まで熱量のある光の弾で運動会染みた真似をする奴が居ただろうか?
一度見た技は龍には通用しない、どんなに高度な技だろうと、そこだけは常に"平等"が敷かれている。そんな時、さとりは攻撃最中にあるにも関わらず地団駄のように床を強く踏み込んだ。
三歩必殺の動作の開始だ。一歩、踏み込みと同時に反魂蝶に紛れ、尚且つ圧し潰す程の勢いで隙間の無い高密度弾幕が全体に展開される。反魂蝶は高密度弾幕の発生で前に押し出され、超高速で弾け飛ぶ。
反魂蝶が龍に迫る中で二歩、反魂蝶を軽々と避けて行き、自らの体に高密度弾幕を肉薄させる。三歩、踏み込む直前で弾幕は隙間を生み、今度は手元にハンデの無い龍が既にさとりの目前に立っていた。
「なッ……!?」
「攻撃最中に技を挟み込み、剰え俺に接近を許すとは、恥を知れ!」
「……これだけ、やらなければ、貴方を満足させるなど、私には到底成し得ない事です。しかし、貴方は今私に接近した、してしまった……私の周囲は御存知ありませんか? 龍神様」
ん? どう言うッ……ぐゥッ!? ガッ……アァァッ!! なッ何だ!? この感覚はッ!!?
「龍神? 如何した!?」
あッ頭がッ……掻き毟られるッ!!! 胸がッ……引き千切られるッ!!! かかッ、体が、砕かれるッ!!!
体の至る所が軋み、歪み、荒み、痛み……いや、痛みを通り越してもはや何も感じない。それでも俺の存在が訴えかける、『痛い! 壊される! 砕かれる!』と、必死に俺に痛覚を与えてくる。
そうだ、さとりの周囲、あの"陽炎"のような闘気の……違う! 改めて見てわかった、これは闘気なんて判り易いものじゃない! 俺がこの目で再び見た瞬間、頭に過ぎったのが『心を朽ちらす破壊の波紋』と言う事!
つまり、さとりの周囲に広がる陽炎は、自らの読心能力を最大限に発揮出来る、言わば"制空圏"のようなものだ! 何故今になって気付いた、あの景色の歪む程の制空圏、アレは人の触れて良いモノなんかじゃないんだ!
心を読む事は心理戦に有利なだけじゃない、これは憶測の話だが、応用次第だが精神も砕ける代物だ。それが"力"として判り易く発現したなら、事実精神は文字通り破壊出来る能力となる。
龍じゃない、龍じゃないがこのままじゃ、俺と一緒に龍まで共倒れになってしまう! で、でもッ────
ズゥッ、クゥゥゥゥッガアアアアアアッ!!! うぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!
「龍神! しっかりしろ! 龍神ッ!!」
「……さて、仕上げといきますか────ッく!?」
龍が初めて必死に俺を案ずる様子に驚く暇なんて無い、俺は俺に降り掛かる苦痛に悶絶するのが精一杯だ。その間にさとりは『眼』を見開き、目蓋が裏返る程見開き、龍の中から更に技の詳細を引き出す。
「裂拳『八裂』ッ……!」
さとりの『眼』が堪らず悲鳴を上げた。技の詳細を引き出したものの、その技は余りにも破壊力が高過ぎる為、血走る『眼』からは血涙が流れ出る。龍の持つ技、それは龍の様な筋力、運動能力を持つ事で初めて実現可能な技だ。それを知ってか知らずか、さとりはその技を使おうとしている。
「テメェもいい加減にしろッ! 俺の技を使ったらどうなるかわかってんのか!?」
「言ったでしょう……これだけやらなければ、貴方を満足させる事など、到底不可能ッくゥッ!!? ッうぅぅッ!!!」
さとりは『眼』に走る激痛に一瞬胸を抱えるが、構わず龍に正拳、裏拳、肘打ち、膝蹴り、回し蹴り、踵落としの順で攻撃を行う。しかし自身の持つ技に、且つ言って悪いがコピー技程度に遅れを取る筈が無かった。
もはや呆れ果てていたのか、最初躱しこそしたが、裏拳を避けた後からは受け流す事も、避ける素振りすらも見せず、さとりの繰り出す攻撃を正面から受けた。さとりの右腕の肘打ちが当たった瞬間、さとりの骨が、右肘が、腕が、複雑に折れたのを龍は肌で感じた。
「ッッッ! うぅッ!!? うあぁぁッ!!!」
「それ以上その細い腕や脚を動かしてみろ、次は折れるだけで済むか判らんぞ」
おい龍神! 大丈夫か?
……ぬぅぅぅッ、あぁ、何とかな……さとりが肘を骨折した辺りから影響が無くなった。言葉では言い表し難いがとにかくキツイ、序でに俺も慣れ始めてたから余計に嫌なもんだ。
ほぉ、慣れ始めてたか。よしよし、上出来だ
は? 何が……
龍は一人で納得すると、目蓋が半開きの『眼』から血涙、右肘は複雑骨折で妙な形に曲がり、床へと力無く座り込むさとりに歩み寄る。これが意味するところは、恐らく最後のトドメ。
「古明地 さとり、お前の覚悟しかと見た。故に、俺からの最大の返礼だ、受け取れ!」
瞬間、俺の視界は全くの白に染まり、暫く後に視界が復帰した時は、さとりの『眼』も、右肘も既に元通りに治っていた。よくわからんが、龍はあの白い光景の中でさとりを治癒してくれていたようだ。
闘いを終えてさとりの案内で扉を出ると、それぞれ床に倒れ伏すキスメ、ヤマメ、パルスィの姿があった。俺が思うに、彼女等は俺とさとりの闘いを覗こうとして弾幕の余波で扉が開き、それに巻き込まれたんじゃないだろうか?
漸く地上に戻れると安堵した直後、別に龍の状態になれば飛行して戻り事も簡単に叶ったんじゃないかと思い、色々損した気分だった。しかし此処の人達との出会い、それと合わせてなら、此処に来て良かったと多少は思える、かもしれない……
続く
物語もいよいよ終盤に差し掛かりました。
やっと出られると思われた龍神の前に新たな人影……
次回、東方龍神録、復活版──第21話 無意識の境地 です。お楽しみに