美夏の壁
翌日の朝。今日は二人とも話が弾む。
話題は勿論恋愛のことだ。
「中本くんて、私あんまりしゃべったこと無いんだけど。」
「でも結構面白い人だし・・」
そんな二人の脇を背の高い人物が通り抜けていく。
沙織は固まり、美夏は笑顔になる。
寺井昭は実は二人の家の近所なのだ。
残念ながら中本俊也は少し遠いのだが。
昇降口に着く。
たまたま同じ中本くんに会った。
「今西。今日は遅刻しなかったのか。珍しい。」
「そうだよ。」
(あれっ?)
いつもなら美夏はもっとキツイ事を言って話しているはずなのに・・・
(私がそばに居るからかな)
そう考える事にしたが俊也も同じように思ったらしく疑問に思った顔をして教室に歩いていった。
1・2時間目の集会の時間、校長先生が合唱コンの練習についての話をしていた。
美夏は斜め前にいる彼の方を見ることが出来ずにただ一人黙り込んでいた。
自分でも原因が分からない。
よく美琴とかがしゃべっている『恋』。恋を感じるってこういう事かもしれない。
(好きになってからこんな気持ちになったのは初めてだな。)
そして自分が思った『好き』という言葉に顔が赤くなったのを感じて下を向いた。
3時間目は選択授業だ。
二人ともたまたま英語の授業を選択していた。
もちろん席は隣同士、一番後ろだった。
そして通路を挟んで向かいには俊也がいた。
「badの比較級ってつづりはW・O・R・S・Eだっけ?」
「うん、そうだよ。」
「・・・・」
美夏と沙織は時間通りプリントを完成させて提出した。
昼休み。歌の練習がないけれど、珍しく自分の席に座って美夏はボーっと考えていた。
俊也が男子としゃべりにクラスに来ていた。
(勇気を出せ!自分!)必死に自分自身にエールを送ったが、体も口も動かなかった。
ふと目が合った。しかしすぐそらしてしまった。
そして二人はいつものようにいつもの道を帰っていく。
「ねぇ。今日はこっち行こう。」美夏が誘った。
通学路から少しはずれた路地の先、あの階段があった。
これが何を意味するのかは沙織はよく分かっていた。
「あの、私が言いたいのはね。上手くしゃべれないんだよ。『あの人』と。」
美夏は『あの人』と距離をおいた。
「今日一日様子がおかしかったよ。中本くんの前では。うちらが黙って英語のプリントをするなんてありえないから。」
「ごめん。名前出さないで。」
美夏が大声で慌てて止める。
この階段付近は通る人影もない静かな場所だ。誰にも聞かれる心配はない。でも美夏の気持ちが分かる気がした。
「確かに好きな人の前ではそうなっちゃうよね。美夏が『Aくん』と上手くしゃべれないように、私もつい最近まで『Bくん』としゃべれなかったから。」
また『好き』に反応してしまう。美夏はまた下を向いた。
今日はまだ時間が早く話すだけの時間がたっぷりあった。
「私だって『Bくん』と話す機会なくて・・一緒に話す機会があってもそれは私の友達としゃべってるから。私なんて一度も眼中にないんだよ。」
「でも、しゃべれてるでしょ。こっちは一言もしゃべれてない。これまでこんなこと無かったのに。」
二人の会話が途切れる。
どちらも口を開かない。
「そういえば、合唱コン後少しだよね。海の歌自信あるから負けないからね。」
「・・・・・こっちも負けないから。」
沙織の言葉に美夏が合せる形で二人とも段差から腰をあげた。
こんなに話が弾まない帰り道はなかった。
「さよなら。」
「また明日ね。」
その言葉がやけに重くのしかかった。