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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

コウキ粛清 ~男なのに聖女になった俺は拳で世を正す~

掲載日:2026/09/11

 普段静かな山間にある村は祭りが行われているような賑わいを見せていて、そんな賑わいの中心へ俺は向かう。


 「おう、コウキこっちだ」


 そう言って手を振るのは知り合いの村のおじさん。


 「それでどうなんです。見つかったんですか? 聖女」

 「いやぁ、全然だな」


 今、村が騒がしいのは王国から派遣された騎士団が聖女を捜しに来ているからなのである。というのも最近、最後の聖女が亡くなってしまい王国は慌てて捜しているようなのだが未だ見つかっていないそうだ。


 聖女とは、邪悪な魔物を祓ったり、怪我を一瞬で治したり、結界を張って街を守るなど国を守護する重要な役割を持った仕事である。

 

 村の広場のには人が大勢集まっていて、ほとんどは野次馬の男たちなのだが俺はそんな人々をかき分け突き進むと見えたのは机の上に乗った手の平サイズの丸い魔石、その周りに騎士団、それに近隣の集落からも集めた子供から年老いた女性までが列を作って順番を待っていた。


 「あの魔石に触れると聖女かどうか分かるらしい」


 俺の隣に来た知り合いのおじさんが説明してくれた。


 「あれって大きい教会に行くとある自分の得意属性を調べる魔石ですよね。聖女の力と得意属性、何が違うんですかね」

 「さあな」


 老いた女性が魔石に触れると魔石の中で小さな火が浮かび上がった。これがこの人の得意属性という事だろう。次に触れた中年の女性は水玉が、その次の女性は草が……。

 女性たちの中には魔石が光った人もいたがこれは光属性で聖女とは違うそうだ。


 何人も判別をしていると野次馬たちは飽きてきてそれぞれ散っていって俺もそろそろ帰ろうかと思っていたら、若い女性が魔石を袖に引っ掛けてしまい机から落してしまう。


 ゴンッ、コロコロコロ、ピタッ。


 ちょうど俺の足元で止まった。大切なものであろうから両手で丁寧に拾ったら……。


 「えっ! 何だこの光!」


 魔石から強い光が花のようにあふれ出し、開いた花弁は波のようになって外へ広がってゆく。強い光なのにどこか温かみを感じる優しい光だ。

 皆何が起こったのか分からず驚き戸惑っていたがしだいに光は弱くなっていくと誰かが言った。


 「聖女だ」




 俺が男でありながら聖女の力を持っているという前代未聞の事態に騎士は聖女の力に詳しい人を呼びに行って、村では聖女だからと俺は家に帰らせてもらえず俺の家より大きく綺麗な村長の家に半ば軟禁状態に置かれた。外へ出られない運動は出来ない特に聖女を一目見ようと人々がひっきりなしにやってきて常に監視されているようでストレスが溜まった。

 それで昨日は、実際に聖女の力を見た事があるという司祭が来て、俺は再び魔石を触れ聖女の光を見せて本当に聖女であると認められた。


 「では、聖女様行きましょうか……くっ」


 俺を呼びに来た騎士は顔をそむける。

 今日は旅立ちの日だ。これから俺は王都にある大教会で聖女の修行を積みに行くのだ。


 村長の家を出ると外では大勢の人が見送りに来ていた。


 「聖女様、いってらっしゃい ふふっ」

 「くす くす」

 「ははは、なんだあれ」


 俺に対する視線は聖女を見るといったものではなく珍しい物を見るという感じで、俺が男でありながら聖女なのでしかたないのだが、今おかしいのはその格好であろう。それは聖女の正装、純白のドレスを着ていたからである。


 聖女は当然女性が成るものなのだから男性用は無く、新たに用意する時間もないのでそのまま着せられた。俺は普段、畑仕事に魔物を狩ったりするのでそれなりに筋肉がついていて、小さめのドレスから筋肉のついた手足が出て不格好で似合わないのだ。


 俺が馬車へ乗り込み出発となると、自分に聖女という大役が務まるのか不安を感じるが、男なのに聖女になったという好奇心もあり、頭の中をシーソーのように行ったり来たりしている。

 

 そんな事を考えていると馬車は動き出す。生まれ育たった村とのしばしのお別れに目に焼き付けて置こうと窓から外を見ると村のみんなが笑顔で手を振っていた。それを見て俺は立派な聖女となって帰ってくると決意するのだった。



 一日ほど馬車で街道を行くと王都に着く。

 王都は多くの家が立ち並び中央には国王の住む城がある。だが俺がこれから行くのは創世の女神を祀る教会だ。


 城下に入る前に教会の関係者から顔を覗かせて外を見ないでくださいと言われていた。というのもまだ正式に聖女が見つかったと発表されていないのである。その原因は俺が男であるため教会の一部の人は聖女であると認めていないそうだ。

 城下町を進むと何やら外が騒がしくなってきた。


 「聖女様ー!」

 「聖女が来たぞー!」

 「おい、聞いたか? 新しく来た聖女は男なんだってよ」


 人の口に戸は立てられないのか、今乗っている馬車は教会の物だからかすぐにバレてしまっているようだ。


 教会に着くと聖騎士たちが二列になって壁のように整列して街の人から完全に見えないようにしていた。そして列の中央に男性が立っていた。


 「ようこそいらっしゃいました、聖女様。ここでは何ですのでまずはこちらへ」


 そう言って教会の中の応接室へ案内され自己紹介を始める。


 「それでは改めまして私は、大司教のモウシンと言います」


 モウシンという男は50代か60代くらいで出会ってからずっと笑顔だ。

 次は俺が自己紹介する。


 「このたび聖女の力があると認められたコウキです。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」

 「よろしくお願いします。聖女様、聖女の力がどのようなものかぜひ見せていただけないでしょうか?」

 「ええ、かまいませんよ」


 テーブルの上に魔石を用意されたので触って力を込める。すると魔石から花びらが生えて光の花ができる。もう三度目となると力の入れ具合が分かってきたのかやたらと光らせずに出来るようになった。

 どうだろうかと司教の顔を見ると笑顔なのに眉間には皺が寄っていた。何だ?と思ったが司教の皺はすぐに消えて話を始める。

 

 「素晴らしいお力だ。この力は世のため人のために役立てねばなりません」

 「はい」

 「この教会で聖女の修行を始めていただきます。またここでは他の神官らと同じように生活をします」

 「それはいったい?」

 「聖女だからと特別扱いせず、贅沢などせず、貧しく生活する事で食べ物への感謝、この世に生を受けた感謝、そして女神様からの恵みに感謝して祈りを捧げながら生きるという事です」

 「はぁ」


 元々信心深く無いので気の抜けた返事をしてしまう。

 

 「では明日から修業を始めるとしましょう。ケイシン来てください」


 モウシンが呼ぶと隣の部屋から若い男が出てくる。


 「紹介しましょう聖女様のお世話をしてくれる助祭のケイシンです」

 「どうも、ケイシンです」


 表情の変わらない不愛想な挨拶である。モウシンが笑顔のままならこちらは無表情のままだ。


 「お部屋に案内します。どうぞこちらへ」


 こうして俺は用意された部屋へ案内された。その部屋は薄暗く机と椅子それにベッドがあるのだが、どれもが古くて今にも壊れそうな物ばかりだった。これも聖女の修行で清貧を知るという事なのだろう。

 長時間の馬車移動に見知らぬ場所に知らない人、俺は疲れてこの日は早くに床に入った。



 まだ日の上らないような時間にドアを叩く音が聞こえる。明かりを点けてドアを開けるとそこにはケイシンがいた。


 「まだ準備を済ませていないのですか聖女がそれでは困ります。すぐに顔を洗って準備してきてください。聖女の修業を始めます」

 

 そういえば今日何時に起きるか聞いてなかった。謝罪をしてから急いで洗面所へ行き顔を洗い白いドレスに着替え髪を整え部屋を出る。


 「いいですか? 聖女というのは多くの人の模範となる人でなくてはいけないのです。いつまでも惰眠を貪っていては困ります」

 「はい、すみません」


 聞かなかったこちらが悪いからとグッと堪え、小言を言われながら教会の裏へ出る。そこには薬草畑があった。これは教会が聖水を作るのに使っている物だろう。


 「では、こちらの薬草畑の手入れをしていただきます」

 「何をすればいいのですか?」

 「水やりに、雑草を抜いて、害虫の駆除、崩れた畝もあれば直してください。あと魔法は使わず女神さまからの恵みに感謝の気持ちを込めてやってください。あちらに水道と必要な道具もあります」


 指を指す方向に水道と小屋があった。


 「あのこれは一人でやるんですか?」

 「そうです。見習いの神官がやるのですが、今いる見習いは聖女様一人だけですので。私は他にやることがあるので行きますがさぼらないでくださいね」


 そう言い残して行ってしまった。小さくない畑を魔法を使わずやるのは大変だがこれも聖女の修行と気合を入れやり始めた。


 一通り薬草畑の手入れをすると日が昇り周りは明るくなっていた。そこへ見計らっていたかのようなタイミングでケイシンが戻ってきた。


 「しっかりやっているようですね。ではそろそろ朝食にしましょう」


 起きてすぐに畑仕事でお腹はぺこぺこだ。

 ケイシンの後について食堂へ向かっていると大司教のモウシンが反対側から歩いてきた。


 「おはようございます、聖女様にケイシン」

 「おはようございます」

 「聖女様はこれから朝食ですかな?」

 「はい、そうです」

 「朝食をいただく前に女神様への祈りは済ませましたか?」

 「いえ、やっていませんが」

 「それはいけません。聖女は毎日欠かさず朝と夜に祈りを捧げなければ。ケイシン、聖女様を聖堂へお連れして」

 「わかりました」


 朝食を前にして新たな仕事に気が滅入るがこれが聖女の仕事と割り切る。


 聖堂は左右に長椅子が並べられており、中央に女神の石像とその後ろに荘厳なステンドグラスがある。


 「聖女様、女神様の像の前へ。そこでお祈りをしていただきますが正式なお祈りのやり方をご存じですか」

 「知りません。胸の前で手を組むのとは違うのですか?」

 「一般的にはそれでもいいですが、聖女のやり方は違いますので言われた通りにやってみてください。まずは気を付け、次に礼をしてください」


 俺は姿勢を正してから礼をする。


 「そうしたら床に膝を着けて胸の前で手を組み祈ります」


 俺は膝を床に着けて手を組む。


 「最後は正座をして、頭と手をを地面に着けます」


 俺は土下座をする。


 「そうです。ここまでの一連の流れが聖女のお祈りのやり方です。ではこれを108回やってくだい」

 「えっ、108回も?」

 「はい、朝食はそのあとです」


 聖女のお祈りがこういうやり方だったなんて知らなかったと思いながらもこれも聖女の修行と渋々やり始めた。少しすると見張るようにこちらを見ていたケイシンは自分の仕事があるのかどこかへ行ってしまった。


 108回の祈りを終えると膝に痛みがあって痣が出来ていたので治癒魔法を使って治す。すると驚くことに一瞬で治り痛みもなくなった。

 治癒魔法自体は一般的な魔法で得意不得意で回復能力に差があって、俺も魔物を狩りに行けば怪我をするのはよくあるので治癒魔法を何度も使っていたが、今回はなぜか回復能力が向上していた。

 108回のお祈りをしたからか?と考えながらもお腹が減っていたのでとりあえず食堂の料理人のおじさん所へ行く。


 「おや、君が噂の聖女様だね。ちょっと待ってな」


 おじさんは厨房の中で大鍋をひっくり返してスープをかき集めて戻ってきた。


 「聖女様すまない。来るのが遅かったせいでパンとスープがほとんど無かったようだ。今回はこれで」


 出されたのは乾燥して硬くなったパンと、わずかな野菜の欠片の入ったスープだった。

 お祈りに時間がかかってしまったので仕方ないと諦めるしかなかった。


 食べ終わる頃になるとケイシンが現れた。


 「聖女様、食事が終わりましたら次は座学の時間です」


 そう言われて自室へ戻りケイシン先生による授業が始まる。文字の読み書き、算数、教会の歴史、座って勉強は正直辛い。まだ薬草の手入れの方が楽だ。


 座学の時間が終わると昼食の時間だったが、外で訓練していた聖騎士たちにほとんど食べられたと料理人に言われ、俺には朝とあまり変わらないパンとスープだった。


 午後になると聖女の魔法の使い方の勉強が始まる。先生には昔、聖女に魔法を教えていたという高齢男性の司祭がやってきた。この人が言うには、聖女の魔法と普通の魔法は基本的には同じで、違うのは聖女の魔法は害のあるモノに対して強い力を発揮するそうだ。よく分からないがそういうものらしい。

 そんな話を聞いた後は実際に聖女の魔法を使う練習を行う。

 最初の治癒魔法の練習は先生の腰に使って見せる。ほんのり温かくて気持ちよく腰が楽になるらしい。

 次の結界魔法の練習は先生が火の魔法を使うのでこれを防ぐ。光の薄い膜を張って雨あられのように飛んでくる火の玉を受けなければいけないのでかなり怖い。

 最後は破邪の魔法、これは魔物に対して直接聖女の魔法を放つものとやり方だけは教わったのだが、魔力の消費が激しいらしく過去に聖女が破邪の魔法を使うと倒れてしまうという事があったそうだ。そのため聖女はサポートに徹して自身に危険が迫った時に破邪の魔法を使うものとなっている。

 

 聖女の使う魔法の勉強が終わって日が暮れるとケイシンがやって来る。


 「では聖女様、夜のお祈りの時間です」


 忘れていたが夜にも祈りの時間あった。これも聖女の務めだとやるしかなかった。


 108回の祈りを終わらせ夕食へ、しかしそこにあったのは朝と昼と同じようなパンとスープ、違うのは料理人の言う事。


 「すまねぇ、聖女様。材料が届かなかったせいであまり作れなかったんだ」


 今日一日まともな食事が出来ていないので、何でもいいから食べるもの無いかと聞こうとした時、モウシンとケイシンが現れた。


 「こんばんわ、聖女様。どうかしましたか?」

 「朝から夕食まであまり食べられていないので何か無いのと聞こうかと」

 「なるほど……聖女様は昨日来たばかりなのでしかたありません。満足に食べられる日もあれば、満足に食べられない日もあります。そういうめぐり合わせなのです。そうして当たり前のように食べる事がありがたいものと知るのですよ」

 「そう……なんですか」

 「そうです。ところでケイシンこの後は?」

 「はい、聖女様はこの後古語の勉強です」


 もうこの日のやる事は終わりかと思ったらまだあった。疲れたからか空腹だからか分からないが頭がくらくらした。

 

 古語は昔この地に居た人々が使っていた言葉で、今は教会の儀式でお経を唱えるくらいしか使われていない。

 聖女は儀式や式典に出てお経を唱えるので読み書き出来なければならないのである。


 古語の勉強は日付が変わるまで続いた。


 こうして聖女の初日は終わり、このような聖女の日常が始まった。




 数か月がたったある日の深夜。


 俺はすっかり瘦せてふらふらとした足取りでトイレへ歩いていた。

 朝は日が昇る前に起きて、夜は日付の変わるころに眠る。食べる物は乾燥して硬くなったパンと野菜と肉の欠片の入った薄いスープ、これだけだと足りないので水をたくさん飲んで腹を満たしていた。

 数か月たつとさすがに気付く。聖女の修行という事になっているがいじめや嫌がらせである。理由も何となく察しが付く。男が聖女なんて気に入らないのだろう。


 もう聖女をやめて田舎に帰りたいと考えていた。しかし聖女って辞められるのだろうか。ここには相談できる人がいないのもあって精神的に追い詰められていく。


 用を足して部屋へ帰ろうとした時、声が聞こえた。子供のすすり泣く声だ。教会で子供の神官を見た覚えはないので不思議に思った。

 とりあえず声のする方へ行く。普段は行くことのない地下だった。そこには食料の入った箱が沢山置いてあった。たびたび食べ物は無いなんて言っていたがあるじゃないか。

 食料の方は後で問い詰めるとして今は子供の方だ。


 六歳か七歳くらいの子供はしゃがみ込みこちら側からは顔はよく見えなかったが、着ている服は俺の着ている白いドレスによく似ている。

 つまりこの子は聖女ということだろうか。しかし聖女は俺以外見つかっていなかったはずである。とにかく俺は驚かさないように優しく声を掛けてみる。


 「ちょっと、君こんな所でどうしたの?」


 すると突然女の子の体は光だし目の前が白く見えなくなった。



 光は薄れ次第に周りが見えてくる。しかし見えてきた風景は教会の地下ではなく知らないどこかの教会だった。


 「おお、何てことだ。この光は聖女の光だ」


 少女の触っている魔石から光が湧き水のようにこぼれていて、周りにいる大人たちは聖女が見つかってに喜んでいるが少女は不安そうに母親の方を見ている。


 俺はいったい何を見ているのだろう。光で目の前が真っ白になった途端知らない風景を見せられている。


 風景は変わり、少女は白いドレスを着て家から出てきた。


 「聖女さまー」

 「村から聖女が現れるなんて」


 村人たちは聖女が見つかり喜びお祭りのように騒いでいる。だが少女は泣きそうな顔をして母親の服の裾を握っている。


 「聖女様お時間です。教会へ行きましょう」

 「……嫌、行きたくない」


 教会の人に手を差し出されるが少女は母親の後ろへ隠れてしまって母親は困った顔をしている。


 「ほら、昨日行くって言ったでしょ。聖女になれば今よりいい生活が出来るんだし、数年行けばまた帰ってこられるから。それで立派な聖女になった所を母さんに見せておくれ」


 少女は小さくうなずいた後、嫌々ながら教会の人に連れられて馬車へ。するとついに限界と堤防が決壊したかのように涙が溢れ出した。そんな姿に母親も泣きながら馬車を見送るしか出来なかった。


 また風景は変わった。椅子や装飾が違うが俺の生活している教会だった。


 年配者から子供まで様々な年代の女性がみな膝を床に着けて女神像に向かって祈っている。みんな聖女 なのだろう。昔は聖女が何人もいたと聞いた事がある。つまり今俺の見ている物は過去の記憶のようだ。    よく見ると俺の普段やっている祈り方と違うのだがどういう事なのだろうか。


 祈りを終えた聖女たちは自分の仕事をやるべく別々の場所へ移動する。先ほど教会へ行きたくないと泣いていた少女はまだ見習いらしく聖女の魔法の訓練を始める。しかしあまり調子は良くないようだった。


 「なぜあなたはもっと真面目にやらないのですか。ひと月もあれば他の聖女様たちは魔法をちゃんと使いこなせていましたよ」

 「ごめんなさい……ごほっごほっ」


 先生に叱られている少女の顔色は良くないように見える。


 「不真面目な子には女神さまからの神罰です。罰として食事の量を減らしましょう。ちゃんと出来るようになったら今まで通り食べさせてあげます」

 「……はい」


 日が落ちてから廊下の柱の陰で先生と神官が話をしている。


 「あんなにも出来の悪い子は初めてです。新しい子を探してきた方がいいのでは」

 「まぁ、そう言わずに。これも女神様の試練なのでしょう」


 少女は来たくて来たわけではなく、偶々聖女の力を持っていただけで連れてこられたのにひどい言われようである。


 食料のあった地下室に風景は変わった。


 「今度という今度はもう許しません!」


 先生が怒鳴りながら、泣きじゃくる少女の腕を引っ張りながら地下室へ降りてくる。


 「ごめんなさい、ごめんなさい」

 「いったい何時になったらまともに魔法が使えるようになるんですか!」

 「ごめんなさい」

 「また泣いて謝るだけ。しばらくここで反省なさい!」

 「ここは暗くて怖いです。もっと頑張りますから、ごほっごほっ」

 「今度は仮病ですか、なんて子なんでしょう。明日までここに居なさい!」


 先生は地下室から出て扉の鍵を閉めてしまい、少女はうずくまって謝り続ける。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごほっごほっ……」


 少女の咳が止まらなくなる。

 

 「おかあさん……」


 これが少女の最後の言葉となった。


 少女の家の前で母親と教会の人が話をしている。


 「落ち着いて聞いてください。聖女様は女神さまの下へ旅立たれました」

 「そんな……」


 母親は泣き崩れる。


 「しかし案ずる事はありません。女神さまの下でさらに修行をしていつの日か聖女として戻って来るでしょう」


 教会の人は真実を告げずに無責任な事を言い残して去ってしまい、母親の慟哭だけが残された。




 俺は地下室へ戻ってきた。

 目の前の少女は光の粒子になって地面へこぼれ落ちていく。それを見て石畳を剥がして穴を掘る。すると骨が出てきた。これはあの少女だ。


 俺の中で火が灯り全身が燃えるように熱くなる。


 ドン、ドンと大司教モウシンの執務室のドアを叩く。

 

 「何だね、こんな時間に……おや、どうかしましたか? 聖女様」


 俺は強引に部屋の中へ入る。


 「司教、あなたに聞きたいことがある」

 「怖い顔をして何ですか?」

 「地下室にあったあれは何だ!」

 「あれとは……食料の事ですか。聖女様の食べる物が少なくて抗議に来たのですね」

 「違う! 聖女の骨が地下室に埋まっていたんだ」

 「聖女の骨? いったい何のことか」


 俺の見た物は昔の記憶であってこの司教は本当に知らないのかもしれない。


 「俺に聖女の幽霊が教えてくれたんだ。教会であった聖女への酷い行いを」

 「聖女様、よく分かりませんがだいぶお疲れのようですな。わかりました、明日は良いものをご馳走しましょう。そもそもこの神聖な教会に幽霊などいるはずがないではありませんか。もし本当に居るとすればそれは聖女様をそそのかす悪霊ではないでしょうか」

 「悪霊だとぉ!」


 俺の頭は一気に沸騰する。


 「彼女はまだ小さいのに親から引き離され、魔法がうまく使えなければ罰を与えられ、そして体は弱っていき死んでしまった。地下室の聖女を騎士団に知らせて教会の過去の罪を白日の下に晒す!」


 いつも笑顔の司教の眉間に皺が寄る。騎士団を呼ぶと言われて本当に何かあると思ったのだろう。


 「罪? 教会が罪を犯すなんてありませんよ。きっと何か事故があったのでしょう。今日の所はもうお休みください。明日改めて地下室のお話を聞かせてください」


 このまま引き下がれば聖女の遺骨が隠されてしまうのがわかったので俺はすぐに行動する。


 「司教、あなたが騎士団に言うつもりが無いというのなら俺が知らせに行きます。ついでに言わせてもらいますが俺は聖女を辞めさせてもらいます」

 「は? 聖女をやめる? そんな事できるわけないではありませんか」

 「いいえ、辞めます。田舎に帰らせてもらいます」


 司教はショックを受けたようで少し後ろ下がってから大きく息を吐いた。


 「ふぅー。聖女様、少し我がままが過ぎるようですね。お仕置きが必要なようだ」


 そう言うと司教はこちらに手の平を向ける。そしてパチパチと音がしたかと思うと電撃が俺に向かって一直線に放たれる。

 それを見た俺も手の平を電撃に向けて聖女の結界魔法を使う。すると光の膜と電撃がぶつかり合い相殺し合って魔力の余波が生まれ、部屋にある本や煌びやかな調度品を吹き飛ばし、窓がガタガタと大きく音を立てて揺れる。


 「なっ、何だそれは」


 なぜか電撃を防いだ程度で大司教は酷く動揺して隣の部屋へ逃げ出す。音を聞きつけて誰かが来るまで閉じこもるつもりかと思ったが、廊下へ出て走る音が聞こえたので歩いて追いかける。


 「誰か! 誰かいないか! 聖女様が正気を失われた! 誰か来てくれ!」


 声を聞きつけた3人がすぐに駆け付ける。大司教を追う俺の前に立ち塞がろうとしていたので「どけよ」と一言、するとあっさり道を空けたので先を行く。


 この時に駆け付けた3人の中にいたケイシンは見た。聖女のコウキがまばゆい光を纏っているのだ。その姿があまりにも神々しく前へ立つことが恐れ多いと感じさせ何も言わず道を空けるしか出来なかった。


 大司教は聖堂の女神像の前で息を切らしていた。


 「司教、もう逃げないんですか?」

 「はぁ、はぁ、なぜ誰も来ない」

 「追いかけながら思い出したんです。死んだ母が俺を生んで初めて抱いた時光が見えたと言っていたんです。だから俺の名前はコウキだって。まぁ、その光が聖女の魔法とは思わなかったんだろうけど」


 俺は司教に一歩一歩近づく。


 「それがいったい何だと言うんだ」

 「なぜ俺に聖女の魔法が使えるのかって考えてただけですよ。それでひとつやるべき事がわかりました」

 「やるべき事だと?」

 「昔いた可哀そうな聖女と母親のように、この先の聖女にも同じような事が起きないように、俺が聖女なんて役目、ぶっ壊してやる!」


 そういうと俺の体から光が溢れ聖堂の内部を満たす。大司教は海で溺れているかのように藻掻いている。


 「やめろ、これは聖女による教会への裏切り、反逆だ」

 「いつから俺はあんたの部下になったんだ!」


 俺の右手に光が集中して激しく輝く。


 「私は大司教モウシンだ。ここで一番偉いのだぞ。皆私の声を聞く。私の声はいわば女神の声。女神の代弁者なのだ。だからやめろ」


 俺がしているのは過去の記憶に当てられた私憤や八つ当たりでとても聖女らしい行いではないと思う。

 だが、女神が本当にいてこうなると分かっていたから俺にこの力を授けたと考えられるのではないだろうか。これは都合のいい考えかも知れないがこの力存分に使わせてもらおう。


 俺は右の拳を大司教へ向ける。


 「我が拳に宿るのは聖女の魔法、我が拳が掴むのは輝く希望、我が拳を振るうのは厄災の悪鬼」

 「や、やめろ。私は大司教モウシンなのだー!!」

 「教会を私物化した俗物め! その性根を正してやる! 破邪拳正!!」


 俺の拳がモウシンの顔面を捉える。

 聖堂内の光が爆発したように広がりステンドグラスが割れて外へ流れ出ていく。粉々に砕けたガラスの破片が光に反射してキラキラと舞い落ちる。

 モウシンは殴られて目を回しているが聖女の魔法が一瞬で治してしまうのでの怪我はない。


 教会の異変に街の人々や騎士達が聖堂に集まってくる。徐々に頭が冷えて周りが見えてくると、この状況どう説明しようかと悩む事となった。




 こうして俺は大司教モウシンをやっつけて聖女を辞めて晴れて故郷の村へ帰った……なんて事にはならなかった。

 

 まず国王に呼ばれ貴族や教会の人の前で聖女に対して行われていた事実の告発した。そして教会の地下室を掘り起こした。すると複数の遺骨が出てくる。俺の見た幼い聖女だけではなく、何人も同じような被害者がいた事実を示していた。

 

 この事件で教会と聖女の関係に楔を打ち込む事となり、ルールが大きく変わる契機となった。


 「聖人様、今よろしいですか?」


 そう言って執務室に入ってくるのはケイシンだ。なにやら書類の束を持って来た。俺はその数にうな垂れる。

 聖女の扱いがいろいろと変わった。聖女は聖人へと名称が変更されて女性だけでなく男性も聖人の魔法測定の対象となった。

 今まで聖人は教会の保護下にあったが、これからは独立した存在となった……のだが普段の生活や聖人の仕事があるので今まで通り教会に居る。


 ちなみに何故かわからないが俺の世話係になりたいとケイシンが熱烈に頭を下げてきたので任せることにした。


 「ケイシン、まだ聖人見つからない?」

 「そのような話はまだ入ってませんね」


 ケイシンとは以前と比べて気楽に話せるようになった。教会内の空気が変わったからだろう。というのも教会と聖人の関係が変わったり、大司教モウシンと何人かの幹部は責任を取らされ解任されたからだ。   幹部たちは貴族や信者からの寄付を横領していたようで、過去の問題も含めて教会からトカゲのしっぽ切りに使われたようだ。


 「こちらの報告書に目を通してサインをしてください」

 「これを俺がやらないとダメ?」

 「はい、聖人は教会から独立しているのでなるべく事務作業はご自身でやっていただかないと」

 「ぅぅぅ……」


 今の俺はまだ聖人をやっている。

 村から出た時のやる気はすでに無く、修行に身が入らずに邪念があったり、怒りに任せて人を殴ってしまうような俺は聖人に向いていないと思っている。しかしながら、国の守護者たる聖人いなくなると王国を守る結界を維持できず市民生活に影響が出てしまうので新しい聖人が現れるまではやると約束した。


 日が沈む頃になると聖人は女神に祈りを捧げるために聖堂へ向かう。すでに聖堂の中は人がいっぱいだ。

 以前はモウシンに朝と夜の人に居ない時間にやらされていたが、今は一般の市民と一緒に祈りを捧げるようになった。大失態を演じた教会が人気取りのために俺を前へ出させているのだ。大司教を殴った俺は人気なのだ。

 聖堂の中央を背筋伸ばしゆっくりと堂々と歩く。そして女神像の前で膝を床に着け手を組み目を瞑る。ここに集まった人もみんな静かに祈る。

 皆何を祈るのだろう。世界平和?家族の健康?商売繁盛?そんな所だろう。だが俺は違う。早く聖人が見つかって欲しい、早くこの役を下りたいと願う。

 祈りを終え来た道を帰る時に声がかかる。


 「聖人コウキ様ー、あれお願いします」


 求められたらあれをやるしかない。俺は右の拳を上げる。

 すると先ほどまでの静けさは一気に消えて盛り上がる。ここに来たほとんどの人はこれを見に来たのだ。


 「わあぁぁぁ!」

 「拳聖人! 拳聖人!」


 初めは普通に手を振っていたのだが、その時たまたま手をきちんと開かなかったのが拳を上げているように見えたようだ。その上いつの間にかあだ名までついている。

 俺の拳は教会の不正を暴いたシンボルになって謎の信仰を集めていた。




 この日、教会の墓地に教会の人に市民、さらに国王や貴族までが来ていた。

 地下室に埋められていた聖女たちの遺骨の調査が終わり、彼女たちの魂を慰め女神の下へ還す儀式のために集まっていた。

 そこで俺が代表として最後の送る言葉を述べる事となった。


 「我が拳に祈ろう君たちの安らかな眠りを、我が拳に誓おう痛ましい事件を二度と起こさないと、我が拳に継承しよう聖人たちの魂を!」


 こうしてコウキが聖人になって数か月で教会の改革が行われた。そしてこの先も彼の辞めたいという意思とは裏腹に、その拳で世直しが行われ拳聖人コウキの名を轟かせるのであった。

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