第一話 恋愛地蔵の始まり
私は転生者だ。
一回死んで前世の記憶を持ったまま生まれ変わった。
そんなラノベみたいな話があると思うか?
あるんだなこれが。
前世の私は婚活に命を懸けていたアラサー女だった。
見た目は平々凡々。色気もない地味女でアラサーだし、そりゃあ若いイケメンと結婚出来るとか夢は見てなかったよ。
ちゃんと分をわきまえてそんな高いハードルなんかかけてなかった。
あんまり年収やばい男はともかく、年齢とか職業とかだいぶ制限緩いし。
だからって婚活三十連敗記録更新した上、三十連敗目の相手の五十過ぎ男に「やっぱりもっと若くてかわいい子がいいから」ってフラれてみ?
てめえもっと若くてかわいい子が婚活市場に出て来ると思ってんのか仮に出て来たとして五十過ぎ男を選んでくれるとでも思ってんのかあぁん?ってキレて自棄になってたんだ。
自棄酒して千鳥足でふらっふらになって歩いてたら車にはねられて死にました。
うん、まあ、自業自得です。むしろはねちゃった車の運転手さんすまん。あと私の家族もすまん。
そして気づいたら私はなにもない真っ白な空間にいた。
『ここは生と死の狭間。
あなたはこのあと転生するか、このまま消えるか選ぶことが出来ます。
もしも転生を選ぶならば不運な事故で死んだあなたに、ひとつ願いを叶えてあげましょう』
天の声というべきか、そんな不思議な声が聞こえたので私は迷わず、
「行く先々でイケメンに出会うイケメンパラダイスな人生プリーズ!」
と叫んだ。
気づいたら、私は女子中学生になっていた。
というか、前世の記憶が戻ったのが中学生のときだったのだろう。
前世は平々凡々な容姿だったが、今世はまあまあかわいい顔立ちで生まれたと思う。
アイドルになれる、というほどではないが愛嬌のある顔立ちだ。
しかも中身はアラサーである。コミュ力も生活スキルもそこらの女子とはちがう。
前世の経験を活かして立ち回ったおかげか、気づけばクラスの人気者。
姉御肌の頼れる子として同級生の女子たちに慕われていた。
ってちがう。同性にモテてどうすんだ!
そうは思ったが、まあ男子にもそこそこ普通に接せていたから大目に見て欲しい。
彼氏いない歴年齢分だったんだから仕方ないじゃないか。
しかし、私は奇妙な既視感を覚えていた。
どうもこの学校の制服とか学校名、どっかで覚えがあるんだよなあ。
どこで見たんだったか?と首をかしげてうんうんうなっていたら、同級生の男子に声を掛けられた。
「なあ、ちょっといいか?」
「あ、は…っおう!?」
私は振り返るなりひっくり返った声をあげてしまった。
だって目の前に黒髪つり目のイケメンがいたんだからびっくりするだろおい!
おいおい怖いな中学生でこれかよ末恐ろしい。
「あ、悪い。脅かしたか?」
「あ、ううん。ぼうっとしてただけだから。
えっと…」
「ああ、すまん。
オレ、C組の狭山。
サッカー部入ってんだけど、人からすっごい面倒見が良くてサッカーに詳しいやつがいるって聞いてさ、マネージャーとかやる気ねえかなって」
「…あー……………………………………ハイ?」
私はそのまま頷きかけ、固まった。
「…狭山って、サッカー部主将の狭山さん?」
「え、あ、おう。知ってた?」
「…そしてここは東京国際中学?」
「いやそうだけど生徒だろ?」
「後輩に五人の天才集団がいる?」
「あ、なんだ知ってんのか」
「フップリの世界じゃねえか!!!!!!!」
私は思わずうっかり叫んでしまった。
ああああああああそうだよどっかで見た制服だと思ったしどっかで聞いた学校名だと思ったわ!
フットサルプリンスの世界じゃんここ!
こいつ狭山じゃん!元東京国際サッカー部主将の狭山さんじゃん!
やっべえ気づくの遅れた!
だって仕方なくない?こちとらアラサーよ?
中学生の授業についていくのに必死でほかのこと考えてる余裕なんてねーよ!
数学?歴史?記憶の彼方にすっ飛んでたんだから覚え直すのに必死だったよ!
幸いCA目指してた時期もあったから英語と国語と地理はまあまあ出来たけどさ!
そう、前世大好きだった漫画「フットサルプリンス」。
平凡な主人公がサッカーで全国大会優勝するスポーツ漫画だ。
そして私はそれにハマっていた、が、残念なことに人の心は移ろうもの。
原作やアニメも終了したあと、私はほかの盛り上がっているジャンルに移ってしまい、フップリのことも過去の好きなものとしてしまい込んでしまったのだった。
まあでも学校名で気づけよ、とか言われそうだけどさ、普通自分が好きな漫画の世界に転生するとか思わないじゃん?
ましてあくまで「漫画のキャラ」として、二次元のキャラとして愛でていた相手が三次元になったらすぐに気づかないでしょ?
漫画のキャラじゃなく、リアルの生身を持った存在として目の前にいるんだから。
しかし物は考えようだ。だって私は転生前にこう願った。
イケメンパラダイスな人生が欲しい、と。
これはきっと神様が願いを叶えてくださったおかげなのだ!
ならばそのチャンス、乗っからない手はないだろう。
「あ、あの?」
「あ、ご、ごめんなさい。
ちょっとびっくりしちゃって。
ええと、あまり面識もない私にいきなりマネージャーって言うから!」
「あ、ああ、そうだよな。悪い。
その、すげえ面倒見がよくてサッカーに詳しいって聞いたからさ。
なかなか長続きするマネージャーがいなくて。
サッカー、好きなのか?」
「もちろん好きよ。
私で良ければ力になるわ」
わかっているわ神様。これは恋愛フラグ。
マネージャーになることによってあのイケメンな天才集団たちとの恋愛ルートが開くということね?
あ、でも年齢は狭山さんと同年代なのか。じゃあ狭山さんルートもあるのかな?
そんなことを思っていた時期が、私にもありました。
結論から言おう。
恋愛ルートには入らなかった。特に。
普通にマネージャーとして雑務に追われていただけだった。
そもそも狭山さんが私に声をかけてきたのは二年の初め。
よって共に過ごせる時間は一年半足らず。フラグ建てるには三年間ないとダメだろう神様!記憶が戻るの遅すぎだわ!
いやいやいや、よく考えよう。
フットサルプリンスは五人の天才集団が中学時代に瓦解し、それぞれ別の高校に進学したところから始まる。そして平凡な才能を持った主人公・新垣がその五人を打倒するために戦う物語だ。
つまり、瓦解するなら恋愛フラグ云々どころではない。
ならば新垣君と同じ旭丘高校に入学し、マネージャーになって新たにフラグを建てるのみ。
中学時代、マネージャーをやっていたのは五人の天才集団、通称エスパダからの信頼を得るため、と考えればおかしな流れではない。
東京国際中学のサッカー部マネージャーをやっていたという経験から、旭丘高校のサッカー部のマネージャーにはすんなりとなれた。
しかしやっぱりまたしても雑務に追われていただけだった。
主人公・新垣君とその相棒・赤神君が入部してきてからもさして変わらない日々。
気づけば普通に応援していた。だってやっぱり生で見るのは迫力がちがうよね?
でもなにかちがう。確かにイケメンたちに囲まれてウハウハではあったが、これは恋愛ゲームではなくただの青春スポ根漫画ではなかろうか。
そう思った私に転機が訪れたのは旭丘高校に入学して二年目の冬だった。
「あの、先輩に相談があるんです」
そう、真剣な顔で新垣君に切り出されたのだ。
場所はファーストフード店の奥の席。いい感じに空いていて二人きり。
とうとう恋愛フラグパイセンが仕事をしてきたか!と私は内心ガッツポーズをした。
平凡な主人公、と作中では書かれているがいかにも線の細い美少年な新垣君だ。
性格は見た目に反して男前。つまり格好良いのだ。
「実はボク、好きなひとがいて」
うん?
「先輩は中学時代から非常に頼もしく、女子たちの相談もよく受けていたと聞いたので。
その、突然で驚かれたかと思いますが…」
…………………うん。そっちか。
私は内心落胆のため息を吐いたが、いやでもおかしくはないよな、とも思った。
そもそも普通の恋愛ゲームだって選択肢によって誰のルートに入るか、攻略本でもない限りわからない。
気づかないうちに、新垣ルートからは外れていたのか、いやむしろこれがルートに入る分岐点なのか。
まあ「頼りになる姉御肌の先輩」としてはまず話を聞いてみるべきだろう。
「あー、はい。そういうことね。
わかった。
私で良ければ話を聞くわ」
「ありがとうございます」
「単刀直入に聞くけど、そのひととは親しいの?」
「…親しいとは思います。
同じ部ですし、よく話しますし。
サッカーのことになると厳しいところもありますが、なによりひたむきで真摯で、だからこそ口には出せなかったのですが…」
儚げに微笑む新垣君を見ると母性が刺激されるというか、力になってあげたくもなる。
だって私、中身はアラサーだし。
しかし、新垣君と親しくて同じ部にいた子となると…?
はっ!わかった!悠木ちゃんだ!
同じサッカー部にいてひたむきで真摯で新垣君と親しい女の子っていったら、東京国際サッカー部のマネージャー・悠木ちゃんしかいない!
旭丘高校サッカー部には私以外のマネージャーもいるが、可能性が高いのは同中だった悠木ちゃんのほうだろう。
私は親のような微笑ましい気持ちになった。
新垣君ってばやっぱりにっぶいな。あんなにわかりやすく好かれてるのに気づかないとは。
漫画を読んで知っていたからもあるが、実際同じ部でマネージャーとしてやってるだけでも悠木ちゃんの気持ちはわかりやすかった。
にも関わらずまったく気づいてないとは、まあでもあんなモデル級美少女が相手じゃ自分に自信が持てなくても仕方ないかな?
「ただ…」
「ただ?」
「最近、なにか思い悩んでいるようで…。
ボクが聞いてもごまかされるだけで、それに、偶然鳴瀬君と話しているのを聞いてしまったんです。
『好きな人がいる』って」
はっはーん。
なんという勘違いテンプレ。
それは間違いなく新垣君のことだよ!でも中途半端な部分しか話を聞いていなかったからほかに好きな子がいるって誤解しちゃったのね?
となれば私の取る道はひとつ。
新垣君を応援して悠木ちゃんとくっつけちゃう!
新垣君がほかの女のものになるのはやや惜しいけど、その分、新垣君からは絶大な信頼が手に入るし、悠木ちゃんを敵に回さずに済むし場合によっては彼女からも協力を得られるかもしれない。
いや、まあ同じ部にいたし信用されてないわけじゃないだろうけどね。信用されてるからこうして打ち明けてくれたわけだし。
でもその信用を信頼に押しあげ、協力を得るには必要なプロセスだろう。
「新垣君」
私は慈母のような笑みを浮かべ、やさしく彼の名を呼んだ。
「新垣君はどうしたいの?」
「…え、それは、」
「私に相談してきたってことは、ほんとうはこのままじゃ嫌だって思ったからじゃない?」
「…それは、そうです、でも、…」
新垣君はうつむき、思い悩むようにため息を吐く。
「私、新垣君の好きなひとが誰のことかわかるよ」
「えっ」
「とてもサッカーが好きで、仲間思いのやさしいひとだもの。
新垣君が好きになるのわかる」
「…おかしい、と思いませんか?」
「なぜ?
ひとがひとを好きになるのに、おかしいなんてことはないでしょ?」
「だって、ボクと、では…釣り合わないとか…」
「そうかなあ。
私からはそうは見えないけど」
私は年上の頼れる姉御肌の先輩らしく、やわらかな微笑みで彼の背中を押すように語りかけた。
「新垣君は自分を過小評価しすぎよ。
釣り合わないなんてそんなことない。
それになにより、ほんとうは好きで仕方ないから、あきらめられないからこうして私に相談してきたんでしょう?」
「………はい」
「ねえ、新垣君はいつも言っていたわよね。
あきらめるのだけは嫌だって」
「あ…」
「あきらめようとしても、きっと新垣君は苦しいはずよ。
それならいっそ、思い切って行動したほうがいい。
だいじょうぶよ。
きっと新垣君の好きなひとなら、新垣君を嫌ったりしない。
そういうひとだから好きになったんだって、一番わかっているのは新垣君のはずよ?」
私の言葉に新垣君は大きく瞳を見開き、くしゃりと泣きそうに顔をゆがめ、それから吹っ切るように微笑んで「はい」と頷いた。
そして翌日の昼休み、私は購買で買ったパンを食べようと中庭に足を運んでいた。
新垣君はああ見えて思い立ったら行動が早いから今日の放課後にでも悠木ちゃんのところに行っちゃうかも。報告が楽しみだわ~なんて思いながら空いているベンチを探していた矢先だ。
「あ、あの、好きです!」
なんかまさにタイムリーな言葉が聞こえてきて、思わず木陰で足を止めてしまった。
「悪い。オレ、今はサッカーのことで手一杯だし…」
続いて聞こえてきたのは申し訳なさそうな男の声。
中庭に佇む赤神君と見知らぬ女子の姿が離れた場所に見えた。
あら、いかにもな告白現場だ。まあ、赤神君モテるからなあ。でもやっぱり断るのよねえ。
強面で長身だが中身は純朴な好青年そのものな赤神君はまあモテる。
でもサッカー一筋だし、いつも断ってるらしいって話は聞いていたけど。
「…じゃ、じゃあ、ラインとかだけでも…」
「あー、…その、…悪い」
「…好きな子とか、いるの?」
「………………え、あー、いや」
「…やっぱりいるんだね」
「…あー…………………まあ……………」
泣きそうな女子の声に、赤神君もつい口が滑って認めちゃったっぽい。
ていうか、え!?赤神君好きな子いたんだ!?
新垣君に続いて赤神君までってことはこの二人のルートからは外れていたのか!?
まあでも好きな子がいたっておかしくはないよねえ高校生だしねえ、って軽くショックを受けつつ木陰で見てたら新垣君が私に気づいて校舎のほうから歩いてきて、私もある程度彼の影薄に慣れて来てたからあんまり驚かずに済んだんだけど。
「のぞきはいけませんよ?」
「だよね。たまたま通りがかっただけだったんだけど」
「まあ、赤神君はモテますし。中庭ってけっこう告白の呼び出し場所として使われているらしいですからね」
「でものぞきはアレだよね。退散しよっか」
「…はい」
思えばこの時点で私は気づくべきだった。
新垣君の表情がやけに物憂げというか、切なげなことに。
しかしお馬鹿な私は気づかず、
「あ、でも、赤神君ってやっぱりモテるんだ」
「…そうですね。なぜか毎回断ってますが、まあ今はサッカーのこと以外考えられないんでしょう」
「え?好きな子がいるって言ってたよ?」
「え?」
今思うとやらかしたよね。
だって、赤神君と一番仲の良い新垣君なら当然知ってるもんだと思ってたし。
あからさまに固まってしまった新垣君に戸惑う私。
しかし私たちの存在に未だ気づいていない女子が私以上にやらかしてくれた。
「じゃあ、やっぱり、…新垣君が好きなんだね?」
「ファッ?」
「ファッ?」
おい真顔でなに聞いてんたそこのお嬢さんよ。
私と新垣君の声がハモったじゃねーか。いや、幸い赤神君たちには聞こえてなかったが。
まああのお嬢さんが私のやらかしを無に帰してくれたからね!
喜べばいいのか微妙だけどね!
しかも私たち木陰にいたから、赤神君たちの位置からだと見えないのよ。
だからまだ二人とも気づいてなかったみたいで、赤神君はめっちゃ驚きながら真っ赤になって、
「え、な、なんで…!?」
ってしどろもどろになってるのよ。どういうことだってばよ。
「わかるよ…。一目瞭然だもん…。みんな知ってるよ…」
健気に微笑む女子にますます真っ赤になる赤神君。
え!?そうなの!?という目を新垣君に向ける私。ボクまったく知りませんという感じで首を横にぶんぶん振る新垣君。
だがしかしその顔は赤神君に匹敵するほどに赤い!
あれ、ちょっと待ってこれは!?
「でもあきらめが悪いからすっぱりフラれたほうが二人を祝福出来るかなって思ってさ!
ごめんね!」
「…悪い。ありがとな」
「そういうことだから早く新垣君に告白しちゃいなよ?新垣君、鈍そうだもん」
「…いや、でもよ。男同士だし、あいつにバレて気味悪がられたら…」
「新垣君がそんなことするわけないじゃない。たとえ受け入れられなくたって、赤神君を嫌ったりするようなひとじゃない。そんなの赤神君が一番わかってるんじゃないの?」
「…そう、だよな」
フラれたのに相手や恋敵を恨みもせず、叱咤激励して背中を押す健気な女の子の姿に私は思わず「なんて良い子なんだ…」とうるっとしてしまった。
ていうか昨日の私と似たようなこと言ってんなこの女子。なんだこの既視感っていうかいたたまれなさは。
べつに隣に新垣君がいるのを忘れようと現実逃避してたわけじゃないぞ。
それにこれまずくない?だって新垣君は悠木ちゃんが好きなわけでさあ、と焦りながら新垣君の顔を見た私は固まった。
やっぱりめっちゃ真っ赤。しかも泣きそう。
私は悟った。「あっ(察し)」ってなった。
だってよく考えたら昨日、新垣君は「好きなひとは悠木さん」なんて一言も言ってない。私が勝手に早合点しただけで。
そして新垣君の好きなひとの特徴はめちゃくちゃ赤神君に当てはまる。
こうなったらもう、私の取る道はひとつだけである。
ここまでお膳立てされて、阻止出来るか!?無茶だろ!?無理ゲーだろ!?
私は深呼吸をすると新垣君の肩をぽん、と叩いて微笑みかけた。
「ほら、ね?
…だいじょうぶだったでしょう?
行って来なよ。
新垣君も、言いたいこと、あるでしょう?」
「…先輩」
私は演じた。ものの見事に演じて見せた。
後輩の恋を応援する頼りがいのある先輩を。
新垣君は瞳を潤ませるとこくん、と頷き、赤神君のほうに走って行く。
あの女子はもう立ち去ってその場にいないから、中庭はまるで赤神君と新垣君の二人だけの世界のようだ。
真っ赤になってなにか話しかけた新垣君に赤神君がびっくりして、それからますます赤くなる。
私は心の中で叫んだ。
えんだあああああああいやああああああああああと叫んだ。
べつに、泣いてなんかない。




