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しかし静は笑顔を向けた後、はっと後悔したような顔をした。
そして何かを言おうと口を開いたが、しかし俺をみて、ためらい、言葉を飲み込み、目をふせた。
俺は静が何を言いたいのか解らないので、何も言わず、静が語るのを辛抱強く待つことにした。
沈黙の間、俺が何も聞かないで傍にいるので、静は困ったように俯いていたが
「君はたぶん……僕にいろいろ聞きたいんだろね……」
暗い表情で教室の床を見つめたまま呟いた。
静には確かに謎が多い。知りたいというか、疑問がいつもつきまとったのは確かだ。
だが興味本位だけで静を助けてきたわけじゃない。
俺は、静の真意をはかりかねて、押し黙った。
それを静は、肯定としたらしい。
「僕ね、性分化疾患なんだ知ってる? 男でも、女でもない曖昧な存在。裸を見たのなら……意味解るだろ」
突然の告白に俺は戸惑った。病気なのか?
「子供の頃は、女の子として育ってたんだ。だけど小学3年の時、凄く好きな子ができて、そのこ、ユイって女の子なんだけど、女が女を好きって、なんか変だなって周りから思われるようになってさ……だんだん、皆、僕の事相手にしなくなって、でもユイだけは、僕の事、男の子だって信じて一緒にいてくれた」
俺は何も言えず、静の告白をただ聞いていた。
「毎日、ユイと、ユイの飼ってる猫と一緒に遊んで夢みたいに幸せだった」
静は、言葉を切ってぎゅっと目をつぶった。
声が震えるのが嫌なのか、大きく息をすって吐いた。
「猫……ふーちゃんって名前なんだけど、遊ぶ時、いつもふーちゃん連れてきててさ。その日、ユイとクルクル回って遊んでたんだ、目が回ってフラフラ歩くのが面白くて、ユイはもう辞めようって言ったのに、調子に乗って僕、もうちょっとだけ回ろうって、そしたら、ふらついて、ふーちゃん驚かせちゃって、ふーちゃんが……車道に飛び出して……ユイが……走って……止めにいって……そうしたら……そしたら……車が……大きなトラックが……来て……」
俺は、静の苦しげな告白をそれ以上聞いていられなくなった。
「もう、いいよ!」
俺は溜まらなくなって叫んだ。もう聞かなくったって解る、それがどれだけひどく辛く、悲しく、静の心を打ち砕いたか。
俺はどうしていいか解らず、静の腕を強引に引っ張って、腕の中に抱え込んだ。
静は驚いたようだが、そのまま動かず、最後の言葉を絞り出した。
「バカだったんだ、なんで……僕が死ななかったんだろう……僕が死ぬべきだったんだ。ユイもふーちゃんも……何も悪い事してないのに……僕が……悪いんだ、楽しいから、面白いからって、僕がきっかけを作った」
懺悔にもにた悲痛な告白。お前だって悪くないと言えたら。
俺は静を抱きかかえながら頭の中で考えていた。
こいつが、その事故の後どんな風に生きて来たかなんて俺には解らないけれど、好きな人を自分の過失で失ったのであれば……耐え難い苦しみと、絶望の中もがいて生きてきたんだろう。
「僕に関わるとろくな事ないんだ、だから、あんたも、もう僕なんか助けなくていいから……」
小さな悲鳴みたいな声で静は俺に言った。
きっと俺にこれを言いたかったんだ。
こいつは自分が近寄る奴皆不幸になると思ってるのか、そうやって人を寄せ付けず、人を拒絶して生きてきたのか……なんて馬鹿なんだ。
何度も何度も予防線を張って生きてきたに違いない。むしろ、幸せになってはいけないとすら思っていそうだった。
俺は静をギュウッと抱きしめながら言葉を探していた。
「それでも、俺は……お前と関わりたい」
それは本音だった。最初は、やっかい事に巻き込まれるのはごめんだと思ってたけど。
視界に入るこいつが気になって仕方なかった。
いつも暗い瞳をしたこいつに中西じゃないけど楽しい道を教えたかった。
俺は、静を今離しちゃいけないと本能的に思ってずっと抱きしめていた。何か言おうとする静を抱え込んで、
俺は馬鹿みたいに「もう、いい」と同じ言葉を何度もくりかえした。




