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ホワイトスパイダーリリー  作者: 夜鳥すぱり
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 俺こと、横田哲也(よこた てつや)楠木静(くすのき しず)と初めて会ったのは、雪がちらつく、とっても寒い冬の夕暮れだった。

 

その日は、共通テストの試験日で、近くの大学に大勢の受験生が試験を受けに来ていた。その帰り道の出来事である。




試験のデキは、我ながら、割りとよかった。毎日、過酷な勉強に耐えて、今日まで何とか頑張ってきたのだから、実力が出せたのは嬉しい。


しかしながら、明日の新聞に掲載された答えを見て、一問一答に一喜一憂するなんて面倒だ。受験生らしい鬱屈した思いを抱えて、俺は試験の帰り道、駅へと続く川べりの道をうんざりしながら、歩いていた。


甘い菓子を目指して、ぞろぞろ続く蟻の行列みたいな受験生の列が、川沿いの狭い道に伸びている。


 その学生服の黒い群れの中に、妙に目立つ男がいた。と、いうのも、その男は息をのむほど端正で整った顔をした世に言う、美青年というやつだったからだ。


肌の色は、日焼けなど無縁のように白く、目鼻立ちははっきりとしていて、細い柔らかそうな黒髪は、さらさらで、薄い唇は、固く閉ざされ、なんだか儚げな天女の如く、今にも天へ帰ってしまいそうな……そんな一見、姿かたちの良い男だった。

 別に、最初から彼をみていたわけではない、ただ前を歩いていたはずのその美青年が、だんだんと歩調をみだし、俺の横までふらふら下がってきて気づいたのだ。


 (こいつ、顔色悪いなぁ、試験が解けなかったのかな? お気の毒様)


 横を歩く男の顔をちらっと見て内心そう思った。

 でも、受験生なんて皆そんなもんかと、大して気にもとめず、放置して、欠伸をしながら長々と続く長蛇の列に身を任せ、ぼ~っと歩いていた。


 すると、視界の端に映っていた、さっきの顔色悪美青年が、何を思ったか、急に大行列からはみ出て土手を下り、川に入って行くではないか!


 俺を含め数百人いる受験生達は、徐々にざわめき立った。人間、急に突飛な出来事にあうと、思考が停止し畏怖を覚えるもんだ。駅へ向いながらも、俺達の目は奴に釘ずけになっていた。


 誰か止めた方が良いんじゃないか? 誰しもがそう心の中で思っていた。

 俺だって例外じゃ無く、おいおい、何してんだよ、雪ふってるんだぞ?と内心焦った。


 周りの動揺などまったく気にも留めずに、奴はどんどん川の深みへなんのためらいもなく入っていく。結構な大きい川だ、大人一人二人の深さぐらいあるだろう。

 俺はますます焦った。関係無いと思いつつ焦って、その焦りがやがて、義理と人情と羞恥心の三角関係トライアングルとなり、それがグルグルと回って円になり、頭の中真っ白になって、そんな物どうでもいいと背負っていたリュックと共に、投げ捨て、俺は大観衆の見守る中、列から飛び出し奴を岸へ引き上げるべく真冬の凍てつく川へ飛び込んだ。


 早く走れば少しは水に沈まず濡れないんじゃないかと、頭の隅で小さく願ったが、あいにく俺はそんなに俊敏じゃなく、しっかりと氷で刺すような冷たさがすぐに足に染み込んだ。ちっ、と舌打ちをして奴の細い腕をつかむ。



 「何考えてんだっ、死にてぇのかっ!」



 歯がガチガチ震えて上手く怒鳴れねぇっ、こんな寒い日に川に平気な顔して入るなんて馬鹿にもほどがある。こっちを向いた奴の顔ってば青白を通り越して白しかねぇ、それなのに意思の強そうな大きな目でキッと俺を睨みやがった。


 (冗談じゃない!お前みたいな変態を助ける、こんな奇特な俺を睨むなっ!)


 内心で毒づき強引に引っ張って岸へ上げる。こいつってば、バシャバシャと暴れやがるもんだから俺までビショビショだ。それでもまだ、川へ向かおうとする馬鹿男に、俺は容赦なくみぞおちに鉄拳を一発食らわした。がくっと体の力が抜けたやつを抱かえ、何とか岸へ上げたはいいが、俺は途方にくれた。


 土手の上からは相変わらず列を作り進んでいる奴らが、好奇の目で俺たちを見ている。とっさにとった行動だとはいえ、さすがにこのまま注目を浴びるのは、いたたまれない。俺は、奴をかついで、駅と反対方向へ歩きだした。



 「あんなにいっぱい人がいんのに……誰も声をかけてこないなんて、冷たい世の中だな」



 溜息を吐くと息が白く、更に寒く感じ、切なくなった。


 俺はこう言っちゃなんだが、体力には自信がある。小学生から今までみっちり空手で鍛えてきたから。だが、いくら鍛えてるからって、普通の男子高校生にしちゃ華奢な奴でも担いで歩くのは結構きつい。

 しかも駅から離れて、俺はこいつをどうすりゃ良いんだ。寒いし雪は馬鹿みたいに降っている。このまま歩いていたら絶対風邪ひく。受験生なのに冗談じゃない。こいつだってこのままじゃマズイし。

 どこか、休める所をさがして、きょろきょろしてると「ライム」なんて可愛い名前のホテルが目に入った。


 ホテル、あれはどう見てもラブホテルだ。だが、まぁ、もうこの際贅沢をいえない。風邪で高熱だして死ぬよりはましだろう。俺は何度目かわからないため息を吐いて、奴を担いだまま、ホテルへ向かった。


 {休憩5時間5000円}


 「ちっ、後で絶対こいつから払わせるぞ」


 心に誓い、そしてわざと声にだす。俺が望んで来た訳じゃないことを印象付けたかった。さて、自慢じゃないがラブホテルなんて初めて入った。受付の人がいるのかとさがしたけど自販機みたいな機械があるだけで、人気はない。どうやらこれに金を入れるみたいだと判断する。


 部屋の配置が書いてある自販機に、5000円札をいれると、空き部屋のランプがついた。角部屋、中央、ならなんとなく、角部屋を選ぶ。


 ガゴッと鍵が落ちてきた。鍵は201号室と書いてあった。奴を担いで鍵を持ち、いかにも変なピンク色の暖簾をくぐって201号室を目指す。それにしても、初めてのラブホデビューが男となんてね、ついてないにもほどがある。今日の試験、本当に大丈夫だったかな、ついてないついでにテストの出来まで悪くては冗談ではない、不安だけが心に広がった。


 201号室に入って、ドサッと少し乱暴に奴をおろしたが、一向に目を覚ますけはいがない。イラッとしたが寒くてたまらないので、湯船に湯を張らねばとバスタブへ行き、お湯を出すと天井の明りが赤青黄色にチカチカと点滅しだす。


 「いらね~っ、この照明いらねぇ」


 独り言を言って制服を脱ぎ、ハンガーにかけた。


 「はぁ、あいつも入れなきゃなぁ~俺って本当良い奴だよなぁ、神様みてる? 俺いいことしてるんだよ、試験の結果頼むよ、ほんと」


 真っ裸で、奴の制服のボタンを外す。


 「なんか変態になった気分だ、くそっ、腹が立つったらねぇな」


 イライラしながら、上着を無理やり脱がす。ぐったりした身体は冷え切っていて、俺はちょっとこいつが心配になってきた。


 「おい、しっかりしろよ、今、温かくしてやるから」


 声かけしても返事はなく、ズボンをさっと脱がし、奴を抱きかかえて湯船へゆっくり入った。冷え切った体にお湯がしみる。


 「くはぁ~あったけぇ」


 奴を抱えながらおれはお湯にとろけていた。

 十分に温まった頃、俺は目の前のこいつの顔をマジマジと見た。


 「まったく、男のくせになんて長いまつ毛してやがんだ」


 濡れた髪が首筋に張り付いて、なかなかに艶めかしい、手足はほんとにほそっこくて華奢でまるで女みたい。


 でももちろん胸はないし、ついてる物はついて………



 「ないっ!」



 今日、二度目の思考停止が俺を襲った。え? ん? あれ? え?


 「ちょ、ちょっとまって下さいよ」


 誰に言い訳しているか自分でも解らない。俺は自分の腕の中にいる男らしかった者から目をそらして、自問自答をした。


 (こいつ、制服男だったよね?……ピンポン◎)


 (こいつ、胸無いよね?……ピンポン◎)


 (こいつ男だよね……???????)


 頭の中でブーー、ブーーと否定音が鳴る。かすかに俺は震えた。やばい気がものすごくする。見てはいけないものを見てしまった感がはんぱない。


 「やべぇっ! どどど、どうしよう」


 とりあえず服だと、俺はザバッっと湯船から飛び出した。とりあえず、服を早く着せねばならない。タオルで乱暴にやつを拭いて、真っ白なガウンをあたふたと着せた。そして起こさないように細心の注意を払って静かにベットへ横たえた。やつの身体を封印するかの如く布団をかける。ついでに、ハンガーにやつの濡れた服を干してやった。瞬間的にここまでできた自分を褒めたい。


 そして俺は速やかに自分の濡れた服を着て、なけなしの一万を枕元へ置いて、迅速に部屋を出ると、ホテルから猛ダッシュで駅へ向かった。もちろん後ろは一切合切振り向かない。


 駅には、もう他の学生はいなかった。あんなにいっぱいいたけど居なくなるもんなんだなと頭の片隅でおもったが、早く家に帰りたかった。

 しばらくするとすぐ電車が来て乗ることができた。家まで帰る道中、どうやって帰ったのか記憶がすっ飛んでいるのは、自分が消したいと望んだからか。気が動転していたか。

 あるのは、あの妙ちくりんな男の事ばかりで、俺はその記憶も無くなって欲しいと切に願った。




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