003 願いの空・後編
空を覆っていた雲が、静かに色を変えていく。
鈍い灰色が、じわりと濃くなり、やがて静かな雨粒が落ち始めた。
空の戦いは、終わった。
光の残滓が消え、ソウマは静かにその場に膝をつく。
剣は霧に溶け、晴れの輝きは空へと消えた。
「……負けた、か」
声はかすれ、けれど悔しさよりも、どこか納得しているような響きだった。
リクが歩み寄る。傘を静かに開いたまま、その表情は穏やかだった。
「ありがとう、ソウマ。君と戦うたび、僕は強くなれる」
ソウマは小さくうなずく。そして、空は雨に変わった。
* * *
ユイの部屋の窓を、雨粒が叩いた。
ぼんやりとカーテン越しに外を見る。思ったより、ちゃんと降っていた。
スマホに届いた通知に目を落とす。
>【お知らせ】明日の陸上大会は、雨天のため延期となりました。
ユイは少しだけ息を吐いた。
「やった」とは思わない。でも、救われた気持ちは確かにあった。
(ちゃんと治して、また走ろう)
今度こそ全力で、心から走れるように。
* * *
ナオトは待ち合わせ場所の駅前で、立ち止まっていた。
ポツポツと降り出した雨に、持ってきた折りたたみ傘を開きながら、スマホを確認する。
連絡は……まだ、ない。
(雨か……)
晴れたら、って思ってたのに。
でもそのとき、背中から声が届いた。
「ナオトくん!」
振り返ると、サキが手を振りながら走ってくる。
少し濡れていたけど、笑っていた。
「びっくりしたー。降るなんて言ってなかったよね。でも大丈夫。ちゃんと傘、持ってきたから」
サキは自分の傘をナオトの肩に差し出す。
ナオトは戸惑いながらも、傘の中に入った。
ふたりの距離が、一歩分だけ近づいた。
「映画、行こう?屋内だし、関係ないでしょ」
「……うん。ありがとう」
ナオトの声は、ほんの少しだけ上ずっていた。
雨の音が、少しだけ心地よく聞こえた。
(……雨も、悪くないかもな)
* * *
上空。
雨の降る空の中、リクはひとり、傘を肩に乗せていた。
(……これで、よかったんだよね)
誰にも届かないその思いは、空の中に静かに溶けていった。
そして、空はまた、新たな願いを待ち続けている。
――願いは、届く。
――ただひとつだけが。
ささやかな願い同士がぶつかった空の上。
勝ったのは雨でしたが、晴れを願ったナオトの想いも、
きっと別のかたちで届いていたのだと思います