001 願いの空・前編
001 願いの空・前編
明日は、晴れてほしい。どうしても、晴れてほしいんだ。
ナオトは校舎裏のベンチに腰を下ろし、空を見上げた。夕方の空は、どこか曇りがちで頼りない色をしている。
明日は日曜日。中学二年の彼にとって、生まれて初めての“デート”だった。クラスの明るい女子――サキに誘われて、映画を観に行く予定だ。
「こんな天気じゃ、不安になるよな……」
呟いたナオトのポケットには、サキとのメッセージが保存されたスマホが入っている。待ち合わせ時間、服装の相談、そして「楽しみにしてるね」という最後の言葉。
初めてのデートを、雨で濡らしたくない。
その“願い”が、空の上に響いた。
* * *
同じ頃。
グラウンドでは陸上部が練習を終えようとしていた。
走り終えた少女――ユイは、右足を少し引きずりながらベンチに戻ってくる。
「……また痛くなってきた」
誰にも気づかれないように、ユイは靴を脱いでそっと足をさすった。
明日が試合本番。だけど、このままじゃ全力では走れない。
(どうか、雨で延期になって)
小さく、心の中で祈った。
誰にも聞かれないように。けれど、確かに願っていた。
* * *
雲間から差す光の中に、光をまとう少年ソウマが立っていた。
「来たな、リク」
声をかけられたのは、黒いマントの青年。
傘を肩にかけ、笑みを浮かべている。リク――天気の精霊、雨の一族。
「やあ、ソウマ。元気かい?」
ソウマは晴れの一族。リクとは何度も空の上で対峙してきた。
そして、今日もまた――人間の願いを背負っている。
「君の背中に宿ったのは、誰の願い?」
「ナオト。デートを楽しみにしてる子だ」
「僕はユイ。足を怪我してるのに無理してる子。明日が雨になれば、少し休めるってさ」
ソウマは静かに目を伏せた。リクも、表情を緩めた。
どちらも正しい。
どちらも間違っていない。
だが、空のルールはひとつだけ。
勝者の願いだけが、空に届く。
ふたりは向き合う。
「なら、決めるしかないな。明日の天気を」
天気を懸けた戦いが、今――始まろうとしていた。
読んでくださって、ありがとうございました。
誰かの願いが、天気を変えているとしたら——
そんな空の物語を、これから綴っていきます。
また次回、お会いしましょう。