part18
「大体は分かりましたよ」
手に少し付着したクリームをティッシュで拭き取る玖音。
さすがは人気店、結構大きめのシュークリームだったが、美味しさのあまり食指が動き、話を聞いている間に食べ終わることが出来た。
「そうか。別にすべてを解明しろというわけじゃあない。何か話の中でヒントになりそうなものでも探してほしい」
口許をティッシュでぬぐい、ふふっと笑う玖音。
清はこの話だけではいくら玖音でも解決させるのは不可能だろうと判断し、また調査を進めてからここに来ようと考えていたのだろうが。
「何をおかしなことを。一連の話から事件の全容はすべて解き終わりましたよ」
やれやれといった具合に肩を落とす清。
「あれれ、驚くかなと思ったのですが」
「お前の規格外さには慣れたよ。もちろん驚いてはいるのだけれど」
「教えてほしいですか? 現職の刑事なら一度くらいは私に頼らず事件を解決して見せては?」
にやにやと笑う玖音。自らの優位性が確立されたときには全力で嫌がらせをする少女なのだ。相手が実の兄だというのならなおさらのこと。
いつもの煽り節に辟易する清。
「もういいから教えてくれ。俺だってお前にそういわれるだろうと分かっているから一晩かけて考えてみたさ。けれど納得できるようなものはできなかった」
「仕方ありませんね。今から話すことは素人の邪推だというのを先に断っておきますね」
ため息をつく、実の妹に事件解決を頼み込む情けない現職の刑事一名と、目をつむりながら優雅に紅茶を嗜むが耳だけは深く研ぎ澄ましているものと、未だにシュークリームをついばみ、目をキラキラと輝かせるものと。
そうして玖音はいつもと変わりのないメンバーに、いつものように自らの推理の正しさを確認するため饒舌に語るのだ。
「まず一つにこの話の中に矛盾点があったことに気づきましたか?」
ほんの小さなことで、気付きにくいものだがここに気付ければ芋づる式で全容が見えてくる。クロスワードのようなものだ。
一同はう~んと唸るが誰一人として玖音の示唆する矛盾点に気づくことはできない。
「正解はでなさそうですね。ずばり正解は斎藤優香さんと犯人が取っ組み合いをした際に起こったとされる物音です」
「清さんの話の中でそこに矛盾点なんかあったか? 渡り廊下の西側にいたメンバーは当然聞いてるとして、東側にいた斎藤塔子さん、空太君共にその物音で起きているんだ。おかしなところは何もないと思うが」
やっとシュークリームを食べ終わり、少し手に付着したクリームを舐めとる葵。
全く妖艶である。
そして、葵は皆目見当もつかないといった具合に首を傾げる。
「西側にいたメンバーは物音だけで異変に気付いたのでしたっけ?」
「いいや、斎藤優香さんの悲鳴で起こされたと言っていた」
「そうですよね。つまり私の言いたいことは優先度についてですよ」
「優先度?」
「そう優先度です。少し皆さんで考えてみてはいかがでしょう?」
またもやう~んと唸る面々。
しかし先とは違い、玖音の言わんとすることを理解するものが二名いた。悲しいかな。その二名とは葵と真昼であり同時にあっと声を上げた。
「マジで? 現職の刑事が分からなくて、一介の高校生が分かるの? 頭の柔らかさが違うのかな? 傷つくのだけど」
兄の情けない戯言を流す玖音。弱みをいじることでいじめてやろうかと思ったが、流した方がより情けなくダメージを与えられるだろうという判断だ。
「では、葵の考えを教えてくれますか?」
「西側にいた彼らは彼女の悲鳴で起こされたと言っていた。そして悲鳴について多くを語っていた。つまり、音の大きさとしては取っ組み合いの際の物音よりも悲鳴のほうが大きかったとなる。しかし、東側にいた親子は物音で起こされたといい、しかも悲鳴は聞いていないとも言っていた。これが玖音のさす矛盾点」
若干早口に自身の推理を捲し立てる葵。頬が紅潮し興奮していることが見て取れる。
「正解です。矛盾点がわかったことでだからどのようなことが言えますか?」
矛盾点は分かった。
しかし、次につなげなければ意味がない。
「だからつまり! ……どういうことだ?」
「あら、私は分かるわよ」
同時に気づきはしたけれど私のほうが上ねといったような意味が語尾についていると思う。
「そうか~。負けちゃったな」
「一番負けているのは俺なんだけどね」
葵と同時に答えには至ったが真昼はその先にまでたどり着いていたようだ。
葵は負けちゃったとしゅんとしているが気を落とすことはない。ここまでたどり着けただけでも葵の推理力は立派なものだと言える。それにすら至れていない現職の刑事がさらに哀れになるではないか。それに葵がはなしている間にさらに推理を重ね、たどり着いてのかもしれない。
真昼は筋金入りの負けず嫌いのマウントとりだから十分にその可能性は考えられる。
「つまり、その取っ組み合いの際の物音と親子が聞いた物音は違うものということでしょう?」
「正解です、真昼。あまりよく分かっていなさそうな不肖の兄のため追記しておくと、音の大きさとしては高いはずの斎藤優香の悲鳴が聞こえず、より小さな物音だけが聞こえる。この矛盾点から親子が聞いた物音は取っ組み合いの際の物音ではないと判断することが出来るのです」
「失敬な。そこまでお膳立てされればさすがにわかるわ」
顎を手でさすりながら心外との声を上げる清。
ちなみに清が嘘をつくときの癖は顎を手でさすることである。
なぜ今そんなことを思うのか他意はない。
「えっと、私の考えの続きを述べてもいいかしら?」
「もちろん、どうぞ」
「私が推理するに親子が聞いた音というのが、被害者である斎藤義人が刺されたときに生じた音だと思うわ」
「つまり真昼の考えではは毒殺された時間と刺された時間とではタイムラグが生じているとうわけですね」
「そういうことになるわね。もしかして違ったかしら?」
「いいえ、おそらくはあっているかと」
「ん、でもそれはおかしくないか?」
葵は机の上に大きく身を乗り出し、何か糸口をつかんだという感じだ。
「どういうところかしら?」
自らの推理に不備があったのかと口を尖らせる真昼。
「毒殺された時間と刺された時間とでタイムラグが生じているのだとすれば、わざわざ毒殺して少し時間を置いた後にまた殺そうと刺したってことでしょ? なんで犯人はそんな二度手間をかけたんだろう? 自分が犯人だと露見するリスクが増えるだけでしょ。それなら毒殺した時にでもさしておく方がよっぽど良い」
当然ともいえる疑問を口にする葵。こういった意見が出るほうが議論はより活発となる。葵の意見に清が自身の見解を口にする。
「毒殺じゃあ傍目に見て完全に死んでいるかわからないからね。被害者によほど強い恨みでもあったのか、もしくは臆病な性格だったのか、確実に殺したという保証が欲しかったんじゃあないかな。そしてこれを毒殺した後に考え付いた。どうせ斎藤優香さんも襲うのだし、ついでに後顧の憂いを断ち切っておこうって腹じゃあないかな?」
「ん~~、そういわれるとそうかも。ごめんね、トンチンカンなこと言って」
「いやいや、葵の発言は良かったよ、うん」
何やらやっとこさ議論に参加できて得意げになっているらしい清。
しかも、言っていることが玖音の言いたいところと正反対を行くのだから、玖音としてはこれが血のつながった実の兄なのかと頭を抱えたい気分だ。