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part17

「結局よくわからないままでしたね。特にクラゲの幽霊が犯人なんて本当なんでしょうか?」

通ってきた渡り廊下を引き返している際に六花は当然抱いた疑問を口にする。

「そんなわけないだろ」

妖怪や幽霊そういった類のものが存在するとしてそれらが人に危害を加えられるとするのならばこちらの商売あがったりだ。

可能性としては見間違いか。それとも……

「もしかすると狂言かもしれないですね」

「そうだな。俺もそう思う」

自身も襲われたことにして捜査線上から自身を容疑者から外そうということなのか。

「仮に彼女のそれが狂言だとして、斎藤義人を殺したのは彼女になるんでしょうか?」

「そりゃあそうさ。でないと嘘をつく必要なんてないからな」

嘘をつくことイコール犯人という等式を安直に成り立たせてしまうことは、それがあっていたとしても短絡的だと玖音に馬鹿にされてしまうだろうということを清は知っていた。

同時に彼のちみっこい頭ではそのくらいの等式しか成り立たせられないということも清は知っていた。

現行犯逮捕は得意である。余計な思考をせずに安直に走っているだけでいいのだから。だが今回の事件のように思考の余地、犯人探しの能力を求められると途端に役に立つことは少なくなる。清単独で事件を解決できた事件など片手で数えられるほどだ。

故に清は起きたことをできるだけ正確に覚えるということを学び、心掛けていた。

写真や動画のように正確に覚えておけたのなら、そしてその情報が事件を紐解くのに十分な情報量であるのなら玖音が事件を解決させてくれることを彼は知っていた。

「だとしても、クラゲの幽霊何てなぜそんな突飛な嘘をつくのでしょう? もっとましな信じられそうな嘘をついた方がいいでしょうに」

「確かにな。自分の能力を理解していたというのはどうだ?」

「どういうことです?」

「警察に一貫性のある嘘をつきとおす自信がなかった。嘘をつきとおすのは難しい、相手が警察だとなおさらだ。なんせ警察はそういった嘘を見抜くことが仕事でもある。なにかその話におかしなところはないか、重箱の隅をつつくように綻びを探す。彼女に警察から嘘を守る自信がないのだとすれば、最初から綻びのある嘘を付けばその危うさが逆に自身の嘘を守ることが出来る。逆説的で諸刃の剣のようなものだが、実用的ではある」

逆に強い一手だと清は思う。

賢いものは自身の嘘を守り続けることが出来るかもしれない。けれど警察相手を手玉にとれるほどの賢きものはなかなかいない。それに警察を騙くらかす賢さだけではなく警察相手に大立ち回りを演じる胆力もいる。

以上、玖音からの引用。

「なるほど、そういう考え方も出来ますか」

「下手な嘘をつかれるよりかは面倒ではあるな」

清はため息をつく。そのため息は風情ある鹿威しによってかき消された。

「また妹に頼ることになるかもな」

「例の妹さんですか?」

「ああ、憎たらしいやつだよ」

「先輩が解決した事件のほとんどが彼女によるものだとか」

「全部だな」

ほとんどではなく、全部。全く、清に面目というものが少しでも残っているというのだろうか。

「そんなに賢い子なんですか?」

「望月学園に通っているくらいだし、学力のほうは十二分にあるんじゃあないか。まあ俺は大学に通うつもりなんてなかったために、高校も近くの適当なところに進学したからあまり高校の格なんてわからないんだが」

「この辺じゃ一番、全国で見てもかなり知名度のある高校ですよ」

「その知名度も高校としての側面だけじゃあなく、望月のほうが色がついてみられるかもな」

望月学園は単なる進学校としても優秀な部類に入るが、その実態は若干の貴族社会が横行しているといっていいだろう。家の格によっていじめや差別のような問題が起こっているわけではないが将来に向けてコネを作ろうという目的で入学しているものも少なくはない。

「妹さんがそんなに賢いのなら先輩も大学に行こうとは思わなかったのですか?」

「本当に物心ついたころから母親の影響で刑事になろうという思いがずっと強かったからな。気持ちが先行しすぎた感はあるし、大学ぐらい出てもよかったとも思わないでもないが現状には満足しているよ」

実際には、現役の高校生である玖音に頭を下げて事件解決の教えをもらっているのだから世話ない。

全く、欲しいと思っているものほど別に必要ではないと感じている者に行くのだから世の中うまくいかないものだ。

「特にめぼしいものはありませんでしたがこのまま帰りますか?」

「いや一応あの親子にも聞いておこう」

「空太君たちですよね。次は泣かれないようにしないと」

両手をぎゅっと握りしめ、その両手をきっと見つめる六花。

その姿はさながらリスのような小動物を想起させるものだった。

「小さいからかあまり祖父の死を認識できていなそうだ。話を聞くときは十分注意して聞こうな」

「当然です」

清は彼女らの姿が見えないかとあたりを見渡す。

すると、鹿威しを興味深げに見つめている彼女らの姿を見つけた。

清たちは玄関で靴に履き替え、接触を図る。

「少しお時間よろしいですか?」

母親のほうも鹿威しを見つめ、ゆったりとしていたためだろう清たちの接近に気づくことはなく少し驚いた様子を見せる。

「構いませんよ」

「ありがとうございます。六花、俺はこの人と少し話をするからその間は空太君と遊んでいるといい」

「分かりました」

「すいません。面倒を見てもらって」

「いえいえ、空太君には私のイメージアップもしてもらいたかったので私のほうから願い出るつもりでしたよ」

六花はそういうと母親と引き離されたためか少し不機嫌気味な空太君の手を取りおしゃべりをしながら鹿威しの鑑賞へと励んだ。

「あなたの夫たちからあらかた話は聞き終わったんですが、あなたからも聞いておきたいなと思って。まずはあなたの目から見たときの斎藤義人さんの心象を教えてください」

先のメンバーでは明らかに斎藤義人との距離が近すぎる。

少し距離の離れた立場からの心象というのも良い材料になる。

「夫から悪い話は聞いていました。人の陰口をめったに言わない人畜無害な方ですから彼の言葉には少々驚きました。それに実際に息子を取られそうになったこともある。私にとってあまり好ましい方ではなかったのは事実です」

やはりというか被害者は良い印象を持たれていないらしい。

こういった状況では共犯という言葉が嫌でも思い浮かぶ。

「ではあなたから見た夫を含めた三兄弟が父に対する思いはどのようなものでしょうか?」

「基本的には嫌っていたと思いますよ。誰が一番嫌っていたかは私は斎藤輝人さんが一番嫌っていたと思います。彼にとって料理人の道はそう簡単に諦められるものではなかったでしょう。次兄は口や態度こそは表しますが、そうすることで自らの心持を伝え、更生してくれることを願っていたように思われます。天邪鬼な性格の影響でもあったと思いますが。私の夫は諦めていましたね。ただ、義理として父には接し、自らのテリトリーに危害を及ぼそうであれば本気で排除に当たる。それがわかっていたからこそ義父は本気で空太を養子にはしなかったのでしょう」

塔子から放たれる彼らの心象はなかなかに正鵠を射ているように思われる。

「といっても彼らも度量が大きいので自らの父となれば殺そうと思うほどには恨んでいなかったように思いますよ」

思った以上の塔子の的確そうな言葉に清は他二人についても有益な情報がいただけるのではと思い、質問した。

「では目黒芳江さん、斎藤優香さん二名についても同様にお話しいただけますか?」

「両方については二、三度ほどしか会っていないのでよく知らないのですが、目黒芳江さんはあのメイドさんですよね」

「そうですね。給仕服に身を包んだ方です」

メイドと一概に呼称してよいものだろうか。

むしろ彼女の服は給仕服や割烹着といったようなお家の風格にあったような和を重んじる服装でメイドと呼ぶには少し重たく、どちらかというと女将やお手伝いさんといったような言葉が似合いそうに見受けられる。

「あったことも少なく、話したこともわずかですが彼女が仕事について誇りや思い入れはあるであろうことはうかがえます」

「というと?」

「なんでしょう。この家に使えることが天職と思っているのか少なくとも給料だけで使えているわけではないと思われます。そうでもなければ夜遅くまで家主の面倒を見ようとは思わないでしょう。子供好きの教師が劣悪な労働環境の中でもプライベートな時間を削ってまで子供たちに尽くすように彼女にはこの仕事を続けたいと思えるような何かがあるのではと思います」

それは確かに清も感じていたことだった。

過剰ともとれる彼女の奉公は間違ってもこの家に恨みつらみがあったわけではないだろうことを思わせる。

となると、目黒芳江は今回の事件に関与していないのかもしれない。動機という面でみればほかのメンバーと比べてみて明らかに見当たらない。

もちろん、清もこの結論は早合点で早計なものだとわかっていはいたがそう思わずにはいられなかった。

「次に斎藤優香さんですね。彼女とは目黒さん以上に関わりが少なく、ほとんど知り得てはいません。彼女の夫と同様にあまり良い印象は抱いていませんね、少なくとも私は。そりゃあ彼女の口からは言いませんが遺産目当てだったのは明らかでしょう」

こう誰からも遺産目当てだと言われるのだから、彼女自身も隠すつもりはなかったのだろう。そして、おそらくは亡くなった斎藤義人も気づいていたのだろうとは思う。

「そう言うにはあなたは此度の犯人は斎藤優香さんによるものだと思っているように感じますね」

誰を怪しく思っているのだと清は問いかける。

「あまり大きな声では言えませんが、まあそんなところです」

「もしそうだとしてなぜ今犯行を行ったのでしょうか? 彼女らが入籍してからまだ半年もたっていません。冷静に考えれば今犯行を行うと怪しまれるのは自分になってしまうとたどり着けそうなものですが」

「知りませんよ、そんなこと。単に堪え性がなかったんじゃあないですか? 彼女今日も柄が悪かったし」

確かに警察のいる前で堂々とスマホを延々といじるその様はお世辞にも行儀が良いとは言えない。むしろ清々しいレベルである。

「確かに、態度は良いとは言えませんでしたけれどね。こうとも考えられませんか? 真犯人は別に居て罪をかぶせるのにちょうど良さそうだと思ったからと」

清は肩をすくめ苦笑いを見せると自身の一つの見解を述べる。

「確かに、刑事さんのおっしゃることには一理あります。となると、今日という日に犯行を行ったのは優香さん以外にも人が集まっていてより罪を擦り付けやすそうだったからとか?」

こちらの言いたいことをきちんと理解し、次の議論へと昇華させていく。どうやら彼女は言動から見てもだが頭が回りそうだ。

「そうとも考えられますよね」

清は曖昧な返答をする。

職業柄こうやって相手を値踏みし、情報を引き出そうというときにはむしろ悪役ともとれるような意地の悪い返しも覚えなければならないのがつらいところだ。

「ええ、その可能性も決して低くはないでしょう。でも、だからといってなんなんですか? 計画性のある犯行だから罪は重くなるとか?」

「時に、斎藤義人さんが所有する莫大な資産のほとんどが妻である斎藤優香さんに相続されるとなるとあなたはどう思いますか」

こちらがあなたを容疑者として見ていますよと告げるような質問、実際容疑者ではあるのだが警察に面と向かって言われればどんな反応をするのか。

塔子は少し体を震わせると、ほんの少し深呼吸をし、清をきっと睨みつけた。

「どうとも思いませんよ。私としてはあるには越したことはありませんが、夫が、というか彼ら兄弟の意向として義父の遺産は受け取らないつもりらしいので私からはなにも言うことはありませんね。空太が健やかに育てばそれだけで十分です」

この家の人間は珍しほどに金に執着しない。

ドラマや小説の世界ではこういうお家騒動は血みどろで悲惨な末路をたどるものだが、そういった創作物に感化されすぎてしまったのか、彼らが特別心清らかだったのか。

もちろん、彼らが演技ではないとしたらという前提があるのだが。

「では最後にあなた方はこの屋敷で唯一、義人さんの遺体が見つかった、彼の書斎がある渡り廊下を隔った東側で就寝していらしたのですよね。彼が亡くなったとされる午後十一時から午前一時ほどまでの間に書斎の方から誰かの話声や物音などは聞こえませんでしたか?」

望みは薄いだろうと思いながらも一応は聞いてみる。

そのようなことを知っていればすでに警察のほうへと話を通しているだろう。

「いいえ、何も」

そりゃそうかと軽くうなだれる。

犯行に使用された毒は即死性の高い毒だったらしいから、犯人と取っ組み合いになったという線は限りなく薄い。

「では、斎藤優香さんが襲われたという午前三時ごろに何かお気づきになったことは?」

もしかすると、犯人が東側にいて犯行に向かう音や逆に犯行を未遂に終わり、逃げ帰る足音などがあったのなら聞いているかもしれないと思ったが、これも同じ理由で望みは薄い。

「それは知っていますよ。おそらくは優香さんが犯人と取っ組み合いになったときにおこったとされる物音、それは聞きました。その音で私たちも起こされましたから、夫が来てくれた時にはわりにすんなりと状況は飲め込めましたよ」

 優香と犯人が取っ組み合いの際に起こった物音で目が覚めていたというのは一見すると当たり前のようで意味の薄いことに見えるが、目が覚めていたのならその後、犯人が違う形で何らかの音を立てていた場合、彼女はそれを見逃さないだろう。いや、この場合は聞き逃さないのほうが正しい。

 反対に何の音も聞いていないのだとすれば、それは犯人が東側に近づかなかったという証明にもなる。犯人の逃走ルートを絞れるのだから全くの無駄というわけではない。

「何かその後にも物音を聞きませんでしたか?」

「いいえ、聞いていません。起きていたので間違いはないと思います。空太のほうにも確認してもらってもよいですよ」

「本当によろしいので?」

「ええ、そのくらいであれば空太がこの事件に気づくこともないでしょう」

母親からの許可をもらい、早速空太君に声をかけてみる。

「空太君、ちょっとお兄さんに質問させてもらってもいいかな?」

空太君はその小さな体をダンゴムシのように小さくしてしゃがみ、隣に同じようにしゃがんで座る六花と楽しそうに談笑しながら鹿威しの風情を鑑賞していた。

おとなしい子だ。そして、六花はしっかり空太君と仲良くできているようだ。

「なあに、おじさん。何でも聞いてよ」

「うっ」

 しゃがみながらそのつぶらな瞳を上へと向けるその様は子供特有の無邪気さであり、彼が清のことをお兄さんではなく、おじさんだと本当に思っている証拠である。だからこそ、心が痛い。自分も随分老けてしまったものだ。

「どうしたの、どこか具合でも悪いの?」

「いいや、何でもない。それよりも今日君は寝ている最中に物音で起こされたんだよね?」

 しゃがむのをやめ、立ち上がるもそれでも空太君と清の間には埋められない距離があるために空太君は未だに上目遣いのままである。

 そして、清の呻きにわなわなと動揺する空太君に清は愛おしさと罪悪感を感じる。果たして、玖音がこのくらいの年の時に空太君や昔の葵ほどの可愛らしさを持っていただろうか。いや、持っていなかったはずだ。当時、自分も子供だったことを差し引いても、玖音は昔から可愛げのない子供だった。

「そうだよ。なにか倒れるような音がしたよ」

おそらくそれは犯人と優香が取っ組み合いをした際の音だろう。

「その後に何か物音は聞いたかな?」

「その後って父ちゃんが来るまでっていることだよね? ん~~、何も聞いてないかな

多分、おそらく、絶対そうだよ」

 多分なのか、おそらくなのか、絶対なのかは分からないが、空太君に嘘をついているようには感じられない。

 この年の子が嘘をつかないとは言わない。むしろ、嘘を覚えて母親を困らせるような嘘を一番つくような年頃だろう。しかし、嘘をついてそれをおくびにも出さないといったことが出来るような歳ではない。というか、そんなことは大人でもできない。

つまり、彼女ら親子は嘘をついてはいないと断言していいだろう。

「ありがとうね。とても参考になったよ」

「ん、よかった」

軽く喉を鳴らし、はにかみながら答える空太君。

「先輩、ほかに聞かなくてはならないことはありますか?」

「いいや、ないかな。今日のところは帰ろう」

「分かりました。空太君、それに塔子さんこれにて失礼します」

「ばいばい。お姉ちゃん」

最初の泣いていた時とは違い、全力の笑顔で見送る空太君を見るに、名誉挽回には成功したようだ。

六花のことはお姉ちゃんと呼ぶのだから自分のこともお兄ちゃんと呼んでほしかったなとしみじみと思う清であった。


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