part13
2 一応の後日談
葵は帰りのクルーザーに搭乗しており、本土までもうすぐといったところだ。
そうして彼は目前に玖音をとらえ、甲板の柵へと背を預け、潮風に当たられていた。
近く迫る夕日と頭上のにゃあにゃあと鳴くウミネコの軍団がひどくマッチしており、幻想的だ。
「こんなところまで呼び出して告白でもするつもりですか」
どうやら三日前の風呂場での出来事に玖音は懲りてないらしく、そのようなことを言ってきた。
ちなみに真昼も呼んだのだが、潮気に当てられるのが嫌だとかでここには来ず、船室で優雅にティータイム中だ。
彼女らしいというか迎えのクルーザーが来る頃には海に興味をなくし、もうしばらくは来ないと言っていた。
これまたちなみに、事件が解決した後サークルの面々は死体を乗せて本土へと帰っていった。
しかし、葵たちはそれには追随せず予定通りバカンスを楽しんだ。
主に真昼からの提案である。
事件は解決したのだし、予定通り遊びましょうと。それに賛同した二人も真昼含めなんとも面の皮が厚い連中である。
そう、だから事件が起こったのは二日前。
事件の犯人はやはり、玖音の言ったとおり田中恵だった。
玖音が葵に披露した推理をそのまま一同に披露するとあっさり田中は認めてしまった。
動機は嫉妬、それに良を自分のものにするためらしい。
鎖の切断に使用したとみられるペンチも香を昏睡させた凶器も彼女の部屋からすぐに見つかった。
もともと凶器を隠す時間はそれほどなかったはずだけど、拍子抜けだと玖音は言っていた。
いわく、サークル時代に田中恵は良に告白していたらしい。
そう、三角関係になっていたのだ。
そして、その三角関係に勝利したのは香のほうで田中も諦め、彼女を応援していたと面々は思っていた。
その実、田中は未だに良への恋心を燻らせており、諦めがついていなかった。
サークルの関係を壊すわけにもいかず、何より彼女にとって上条香、いやここでは西条香は代えがたい、唯一無二の親友だったためその思いを押し殺すしかなかったのだ。
しかし、時々香ののろけ話や彼への悩みを聞いているうちに嫉妬の炎はだんだんと燃え盛っていった。
彼女の妊娠の話を聞いたとき、足場が崩れ落ちたような感覚に陥ったという。
彼女に対して助言とエールを送りつつも内面決意した。
彼女を殺し、自分がその位置にとって代わると。
彼女に赤ん坊が生まれてしまえば、その後彼女を殺したところで彼女の形見が存在し、彼女が永遠に良の心から離れないことを田中は知っていた。
だからこそ罪のない子まで殺したという。
そこからは玖音の推理通りのことが起こった。
田中が事件が望月家によって隠蔽されるだろうと予想しての犯行かはわからない。
玖音がなぜ死体を見せる必要があったのかという答えを葵は知った。
事故死した香の姿をわざと良に見せつけ、その傷ついた心を田中がいやすという算段だ。
葵は納得し、同時に女の恋心はここまでするのかと心底驚いた。
「いいや、ちょっと事件の振り返りをしたかったのさ」
「謎はすべて解決し終わりましたけどね」
「そうか? あんなに大きな衝撃音と悲鳴があったにもかかわらず、起きなかった玖音の図太さは謎の一つにはならないのか?」
すると玖音の顔はこの夕焼けの中でもはっきりとわかるくらいに赤みを帯びていく。
「女の子に図太さとはなんて失礼な。これは遊園地の土産にぬいぐるみを所望します」
「ごめん、ごめん。分かったよ。もう言わないから。玖音は図太いというよりも天然だと思うよ」
「あなたに天然といわれてしまえば私もひどいですね」
なおも玖音は「全く」といいながらぷりぷりしていた。
「それにしても玖音の推理力、特に今回は観察眼には驚かされたよ」
「観察眼ですか」
「そう。田中恵が傷心の上条良を甲斐甲斐しく世話をするのを見て、田中恵を怪しく思ったのは僕も理解したよ」
「それはそうですけど、何も田中恵が犯人だと決めつけていたわけではないですよ。少し怪しいなと思うくらいで、それこそ葵の言った通り犯人探しに消極的な上条良も怪しいと思っていましたし」
「いやさ、僕が言いたいのはそこもあるけれどそこじゃあない」
そう佐原玖音の今回の最骨頂はそこじゃあない。
「つまり、玖音は事件が起こる前上条香が妊娠していることに気づき、何も怪しいと思っていない田中恵がその事実を知っているということをその観察眼で推理力で見抜いた」
そう、田中恵が少しでも怪しい行動をとったのは事件が起こってから。
つまり玖音はそれを見抜くだけの観察を全員に施していたことになる。
事件が起こるとも知らないのに。
「実際、玖音がそれに気づいていなかったら犯人は上条良となっていたかもしれないし、ここまで早くに解決することは絶対になかった。僕は後に事件が起こりその犯人が田中恵だと知っていても気づけなかったと思う」
葵だけじゃない、真昼も誰もがそんなこと不可能だ。
神業だ。
「癖ですよ、癖。人を観察する癖、否応なく目についてしまうんです。そうやって褒められるようなものじゃあ決してないんですよ。悪い癖です」
そういい玖音は自嘲する。
「僕も訓練すればお前のようにできるのか?」
「できないと思います。というか真似しようとしないでください。悪い癖だと言ったでしょう」
「そういうものなのか」
「そういうものです。それにそんな真似絶対にさせません。それが出来ない葵が魅力的で好きですよ」
恥じらいながらもそう答える玖音。
確かに、玖音にしてみれば自分のようになってほしくないと思うのは必然かと葵は思った。
ふとあることが思い浮かぶ。全く何の拍子もないのだが。
「そういえば玖音、水着似合っていたぞ」
玖音は照れるような素振りを見せた後、ため息をついた。
「やっぱり、天然はあなたのほうだと思いますよ」
夕日を背景にした彼女は銀の髪をその色がわからなくなるくらいまでに紅く、きれいだった。




