カンパリソーダとラガヴーリン
コロン様企画「酒祭り」参加作品です。
こんにちは、のどあめです。
誰しも初めての思い出はあると思います。初めての旅行、初めての海などなど。
私の初めての物語は父が寝る前に話をしてくれた桃太郎。
お〜きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ……
節をつけての話が楽しくて楽しくて。小さな私は休日の朝、まだ寝ている父の所まで駆け込んでねだったものです。
おじいさんは芝刈りに……スウスウ
仕事で疲れている父は途中で寝落ちしてしまい、最後まで話を聞く事はできなかったのですが。今になると悪い事したなあ、と思います。
そんな私に、母が絵本を買ってきてくれました。初めての絵本です。女の子には当然、かぐや姫とかシンデレラかなと思いますよね。
母が買ってきたのは
「三枚のお札」
でした。そう、お寺の小僧さんが留守番中に山姥から逃げるお話です。
なぜ、そんな本を買ってきた、母よ。未だに真意は謎です。
言いつけを守る大切さを教えたかったのでしょうか? とてもよい子でしたよ?――3歳か4歳頃、なぜか家の門が開けられないように紐で縛られていて「なんだろ、これ」と言いながら紐をほどいたり、門をよじ登って外で自由に遊んでいましたけど。必ず近くの祖父母宅か自宅に戻っていたので「私は良い子だ」と当時の私は信じていました。
後年、ホラーを読んだり書いたりするようになったのは初めての絵本が影響しているかもしれません。
早速、話がそれました。
酒祭りのエッセイですので、まずは初めて飲んだお酒の話から。
ある時、水割りを嗜んでいた父に私も飲んでみたいとおねだりしました。父は少し躊躇った後に。
「これなら、のどあめも大丈夫だろう」
とキャビネットの奥から古びた瓶を出してきました。中には赤い液体が入っていてこれまた古びたラベルに何やらアルファベットが書かれています。
グラスに注がれる赤い液体にソーダ、レモン一切れ。
「これ、なんてお酒?」
「カンパリソーダだよ」
恐る恐る飲むと。はじめに感じるのは苦味とレモンの味。ソーダと共に飲み下すとほのかに甘い味が広がります。
美味しい、と思いながらちびちびと飲みました。
後日、調べてみるとオレンジの果皮やシナモン、ナツメグ等数十種類のハーブが入ったリキュールだとか。それをソーダで割ったのですからかなりアルコール度数が低かったはずです。
酒に慣れない子どもにものすごく配慮したんだな、と今になって思います。これが初めて飲んだお酒の思い出。
初めて買った酒の思い出は初めての絵本と同じくなかなかにスリリングな物になりました。
何週間かイギリスに旅行に行った時の事です。
お土産が何が良いかと両親に聞くと。父はカフスボタン。母はウイスキーをリクエストしました。
ああ、スコッチウイスキーね、楽勝、楽勝と思った私に母は言ったのです。
「え~っと、アイラとかアエラとかいう島のウイスキーがいいの。のどあめ、買ってきて!」
え?アイラ?
当時、グーグル様は存在しません。ヤフーさんもいたかどうか怪しい時代。旅の途中で相談した旅行会社の人も知らなかったんじゃないかな。
アイラって島のウイスキーね。?だらけのまま、私はイギリスに向かいました。
滞在中、父の土産は買えました。
最後の最後のヒースロー空港で私は冷や汗をかきながら免税店の酒売り場にいました。
周りの友達はお洒落なブランドショップや土産物売り場に行っているのに(バブルの頃です)
まず、ウイスキーの銘柄から探しますが並んでいるラベルには「Scotch」とつくものばかり。アイラという銘柄はありません。
どうしよう。無いんだけど。
当時の我が家は母の絶対王政でした。抵抗勢力になりえた家族は独立してしまい。残るのは事なかれ主義。身の回りの事を殆ど母に世話になっているし、大抵の事は母の言うことを聞けば丸くおさまるだろうな父と私。
家庭内権力者でめったに土産物を欲しいと言わない母からのリクエストです。見つけられなかったらどうしよう(半泣)。
気分はミッションを達成できそうにない「初めてのおつかい」にでてくる子どもです。
し、仕方ない。かくなる上は。
私、勇気を出して免税店の素敵なお姉さんに声をかけました。
「え、エクスキューズ ミー…」
拙い英語でアイラ島のウイスキーを探しているのだと伝えます。
「アイラ アイランド」
「pardon?」
「アイーラ」
「what?」
正しい発音ができるはずもなく、何回も「what?」と聞き返され心折れそうになります。
普通にラフロイグとかアードベックとか銘柄を伝えれば良いのに、と思われた方いらっしゃいますよね?――母からは銘柄の指定はなかったのです。
でも、ここで買わないと日本に戻れない!不機嫌になった権力者はおっかないのです。帰ってから何を言われるか、恐怖に怯えます。
私の決死の思いが伝わったのか。何回かのやり取りの後、お姉さんは、(ああ あのウイスキーね)と納得した顔をしました。
良かった。免税店に置いてあるようです。でも下手な安酒買ってきて絶対権力者のご機嫌を損ねてはならない。
で、おすすめされたのがラガヴーリンLAGAVULINでした。黒いパッケージだったから多分16年物。ラベルにISLAYと記載されていて、そこではじめてアイラ島のスペルを知ったのでした。私はAILAかと思って発音していたのです。通じない訳です。
これなら大丈夫。自信を持っておすすめします、みたいな事を言われてサンキュー、サンキューとぺこぺこしながら購入したのでした。
旅行中にお世話になった旅行会社のおじさんに「何?ブランドのバッグやスカーフじゃなくて酒買ってきたの?」なんて言われながら帰国したのでした。
母からは珍しく「う~ん、スモーキーで美味しい」というお褒めの言葉を頂きました。
うん、頑張って良かった。
ご相伴させて頂き、一口含みます。がっと広がるスモーキーな風味。しばらくしてから甘味を感じます。なかなかに美味しい。つってもロックで三口ほどしか飲めませんが。
人によって好みは分かれるかもしません。飲める友達には「煙の味がする」と言われましたし。
ともかくラガヴーリンは母のお気に入りの銘柄になり、こうして我が家の平和は保たれたのでした。
めでたしめでたし。
ラガヴーリンの意味はゲール語で「水車小屋のくぼ地」。調べてみたらホワイトホースやジョニーウォーカー黒ラベルのブレンドに使われているようですね。意外と身近だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。