表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第3話 無理難題


 §1 河童顔負け

「お土産(みやげ)や」

 青年は釣り用のクーラーをクルマから降ろし、明子の前に置いた。

 先々週の日曜、通りがかりに予約していった客だった。

 青年がクーラーを開けた。二〇センチ前後、中には三〇センチを上回るものもあった。アメゴである。


「すげえ!」

 隆がクーラーを(のぞ)き込んだ。

「こんなに釣れるなんて、河童のおじさんみたい」

 漣と明子はヒヤヒヤした。ツチノコ騒動ではあれだけハンターに追いかけられたのに、隆はもう無警戒になっている。

 話題を変える必要があった。


「釣りが上手(じょうず)なんですね」

 漣には釣りの経験がなかった。青年は服装からして違った。上着はもちろん、帽子や靴まで(そろ)えている。まるで、別世界からスリップしてきた人間に思えた。

「いつもは、釣った魚はどうしてるんですか」

 漣に疑問が湧いた。

「自分では食わん。みんな近所や知り合いにやってる」

 漣には、その心境が分からなかった。


 §2 釣り人、名シェフ

 青年は明子に、包丁と俎板(まないた)を持ってくるよう頼んだ。料理法を伝授するという。次々にアメゴの腹を裂き、内臓を取り出していく。

「小さいのは、そのまま塩焼きにした方がええ」

 小ぶりな五、六匹を皿に並べた。


 アメゴはおいしかった。

 たまに河原で森の動物たちとバーベキュー大会を開く。河童が魚を差し入れしてくれるが、料理法はざっくりしたものだった。今回教わったのは、川魚の臭みを消し、特有の淡白な味を残していた。

 漣も明子も、川魚の本当の味を生まれて初めて知った。特に塩焼きからはアメゴのほのかな香りが口中に広がった。


 隆は小さな口で、かぶりついている。

「どうや、坊や。うまいか」

 隆がアメゴを口から離した。

「うん。うめえ! お兄ちゃんは食べないの?」

 青年はビールをあおった。


 §3 ホームグラウンド

「小学校のころから親父(おやじ)に連れられ、このあたりにアメゴ釣りに来とった。アメゴは食べ飽きた」

 豪快に笑った。

「おっ、きれいに食べてくれとるなあ。ありがとう。親父が『人間は自然から、命をいただいて生きとる。何でも感謝して食べんといかん』って、よう言うとった」


「お父さんが近くの出身なんですか」

 明子がビーを注ぎながら訊いた。

「実家はJRの駅の近くやった。ワシは一五で家を出たけんどな」

 漣はおばあちゃんや父親のことを話した。

「あの頃はまだ、この村に四、五軒、家があったかなあ。親父はおばあちゃんのこと知っとったと思うで」

 漣には、青年が赤の他人とは思えなくなってきた。


「河童に会ったことあるの?」

 隆だった。

「親父は河童伝説を聞いたことがある、って言うとった。それも、親父が子供のころの話やから、えらい前のことや」


 §4 気晴らし

「いいですねえ。週末に、お父さんとの思い出の地で釣り三昧(ざんまい)なんて。今の時代、なかなかメリハリの利いた生活は送れませんよ」

 漣もたまに知人から、今の生活を(うらや)ましがられることがある。

「いや、そうとは限りません。職場がつまらんから、釣りで忘れておるだけかも知れません」

 青年はポケットから煙草を出した。

「吸うても、ええですか」

 明子が笑顔で、灰皿を取りに行った。


 青年は、とある市のクリーンセンターに勤めていた。仕事場は年配の上司と二人きりだった。

 上司は細かいことに口うるさかった。そのくせ、ほとんど仕事は教えず、指示も出さなかった。青年が自分で判断してやっていると、ことごとくケチをつけた。ましてや、ミスなど犯すと、けんか腰で注意してきた。


 §5 昼食抜き

 数えきれないくらいの新入りが辞めていった。それでも、上部では職場環境、人間関係に問題があるとは考えなかった。

 青年は通勤に一時間半かかっていた。クルマでの通勤である。天候や道路事情で職場に入る時間はまちまちだ。始業時刻の三〇分前に入っていないと怒られた。

「ワシの若いころはもっと厳しかったで」

 それが口癖だった。


 先ごろ、機械のメンテナンスを命じられた。一一時前だった。午後の仕事開始に間に合わせろ、ということだった。

 昼休み返上でやっても間に合いそうになかった。それでも、なんとか一〇分前に終わり、昼食をとった。一時になり、青年が急いで弁当箱をしまっていると

「おい。いつまで食うとるんや。利用者が並んどるやないか」

 奥で様子を見ていた上司が近づいてきて、いきなり机を蹴った。

 この時、青年は決心した。

(もう、辞めよう)


 §6 エール

 夕方から、厚い雲が出ていた。ポツリポツリと雨音がしていたが、やはり本降りになっていた。

 今夜は友達からの誘いもない。隆はもう床に就いていた。

 煙草の空箱を青年がギュッとひねり、灰皿に捨てた。

「よく思い切られましたね。あなたなら、これから、きっと明るい未来が開けてきますよ」

 漣の言葉に、青年が軽く頭を下げた。


 夜半から雷が鳴り出した。雷光が民宿の中まで、真昼のように照らした。

「雷もこのいい加減な世の中に怒っとるのやろか」

 言い終わらないうちに、青年の顔が一瞬、真っ白になった。

「いや、今のはあなたへのエールですよ。少し手荒いですけれどね」

 青年はまた、頭を下げた。


 村の上空に雷雲が居座り続け、森に何個か落雷した。バリンという音とともに、民宿も揺れた。


 隆と明子は森の動物たちのことを思った。訳も分からず、(おび)えているに違いない。

 久しぶりにバーベキュー大会がやりたくなった。今度、タヌエに話を持ち掛けてみることにした。

 河童が魚を差し入れしてくれるだろう。青年から習ったアメゴのムニエルなどもメニューに加えたくなったが、森の仲間は調味料を使う習慣がないこと忘れていた。

 そういえば、動物酒場『けもの』の味に慣れていたイノダやシカヤ、サルタでさえ、最近は淡白な味付けを好むようなっている。青年直伝のムニエルも、あまりウケないだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ