61.犯人探し③
ヴァイセンは目覚めた瞬間から多忙を極めているらしい。らしい、というのは、彼の目覚めを待っていたセーラと入れ違いに仕事に出かけてしまって、それ以来会えていないからだ。
セーラはなんとはなしに胸のあたりに触れた。
送還魔法が発動したとき、ヴァイセンはセーラを抱くようにしてこの胸の上に倒れ込んだ。
あのとき、セーラの胸のあたりがぐっしょりと血に濡れたことが頭からこびりついて離れない。彼はそれほどに出血し、怪我をしていたはずなのだ。
それが数日で目覚めてすぐ、屋敷にも帰れないほど働き詰めているとはどういうことか。
再三、トゥーリーンやメイヴェルを通してヴァイセンに休んでくれるよう進言してくれないかと頼んだのだが、誰も彼もがヴァイセンの傷を甘く見ているようでならない。
内臓の傷も、治癒魔法ですぐに快復するものだから大丈夫ですよ、と誰もが異口同音にそう言うのだ。だとしたら、肩を貫かれた程度で内臓には傷ひとつつかなかったセーラが、来る日も来る日も安静にと耳にタコができるほど言い含められていたことに説明がつかない。
セーラは毎日のように「ヴァイセンさまはお帰りになっていませんか? ゆっくり休めていますか?」と尋ねては、トゥーリーンたちに温かく見守るような目を向けられる日々が続いていた。なぜそんな、微笑ましそうな目で見られるようなことがあるのか。トゥーリーンたちは大切な主人が心配ではないのか。
セーラは次第に、彼女たちの態度に不満を抱き始めていた。
*
それからようやくことが動いたのは、更に数週間が経ってからだ。
夜に慌ただしくジュラーク公爵邸にやってきたのは、ベルディン騎士団現団長のアスターだった。
「夜分に申し訳ありません。セーラさまのお命を狙っていた黒幕がようやく捕らえられましたのでご報告に参りました」
応接間に通されたアスターは、見るも無惨な姿だった。
いつもきっちりと結いている黒髪はほつれにほつれてボサボサだし、シワひとつないはずの軍服はよれよれだ。きれいに整えられているはずの顎髭も、こころなしか形が崩れて無精髭としか呼べないものになっている気がする。
極めつけは、目の下にべっとりと貼り付いたような隈だった。
セーラが屋敷で暇を持て余していた間、彼らがセーラの危険を取り除くためにどれほど過酷な生活を強いられていたのかを象徴しているようでもある。
アスターの姿を見た瞬間、セーラは申し訳なさで泣き出してしまいそうになった。
「わざわざありがとうございます、アスターさん。ですけど、報告ももちろん大切ですが、わたしなら何日でも待てますから、ゆっくりお休みになってからいらしてくだされば良かったのに……。きっとアスターさんだけじゃなくて、みなさんそんなにボロボロになってるんでしょう。いくらわたしの命が狙われてるといっても、わたしのために誰かが命を削るような働きをするんじゃ居た堪れませんよ」
セーラは口にしてから、それも傲慢かと思い直し首を振った。
「いいえ、申し訳ありません。せっかくわたしのために急いでくださったのに水を差すようなことを……。でも心配で」
「ええ、ええ。お気持ちはわかってますよ。ありがとうございます。ですけど、そうですよね。セーラさまはいつも我々のことも気にかけてくださるお方だってわかってたんですから、もっときっちりしてくれば良かったですね。すみません。見た目はアレなんですけど、我々軍人というのは丈夫にできてますからそんなにご心配いただかなくとも大丈夫ですよ。大本の犯人もそうですがその捕り物もだいぶいろいろあったので、なんだか達成感でいっぱいで……。すぐ報告したくてこのまま来てしまいました」
どちらかというと、子供がすごいことをやってのけて「見て見て!」と報告するのに気持ちは近い、とアスターはからりと笑って見せた。
「いや、本当に犯人も意外や意外でして……。その動機から芋づる式にセーラさまだけの問題ではなかったことも判明しまして。まあ、その件で団長は……ヴァイセンさまは今後さらに忙しくなっちゃいそうなんですが、あの方もいい加減丈夫な方ですから」
「みなさんそう仰るんですけど、どうしてヴァイセンさまのことになるとそう楽観的なんでしょうか。あんなに……あんなに血を吐いていたのに……」
アスターとしては、大きな仕事が終わって晴れ晴れとした気持ちなのだろう。あっけらかんと笑い飛ばしてくれたのだが、しかしセーラにとってはもやもやと不満は募るばかりだった。
脳裏に思い描くより、はっきりと覚えていることがある。
ぐったりと力をなくしたヴァイセンの重さと、その彼から滴り落ちる血の冷たさだ。
胸元がぐっしょりと濡れたあの感覚。心臓が冷えたと言っても過言ではなかった。セーラは間近でヴァイセンが倒れた瞬間を見たのである。
それほどまでにひどい状態だったのに、目覚めてすぐに屋敷にも帰れないほどの多忙を極めて、何が大丈夫なのだろう。
どうしても納得できなくて、握った拳が白くなる。
「ヴァイセンさまは本当に大丈夫なんですかって、トゥーリーンさんやメイヴェルさんや、ここに出入りされている団員の方に聞くと、誰も彼もが大丈夫だと……心配しすぎだと言うんです。でも、心配もするでしょう。あんなに血を吐いてたんですよ。内臓が傷ついてるって……。それで数日で回復したからって家に帰って来る間もなく働き詰めで、ヴァイセンさま、死んじゃいますよ」
「えっ。セ、セーラさま、怒ってらっしゃいます?」
ぽかんとしたアスターに、ついにセーラは噴火した。
「おこ……怒りますとも!! 皆さん、ヴァイセンさまのことが心配じゃないんですか!? なんでいっつもいっつも大丈夫あの人は丈夫だからとか、大したことじゃないからとか……! どこからどう見ても大したことだったから心配してるんでしょうが!! そのヴァイセンさまご本人もですよ! いっちども屋敷に戻ってない!! わたしのために犯人探しに勤しむのなら、そのわたしが無茶は望んでないので! 休んでくださいと! 怒っていると!! お伝えください!!」
「…………」
唖然とセーラを見つめたアスターが、しかし次の瞬間には「ふはっ」と笑い出した。




