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60.犯人探し②

「召喚魔法、送還魔法、どちらも非常に強力な魔力を必要とします。詠唱だけでは誰にも扱うことができず、発現させたい場所に直接魔術式を刻まなければなりません。普通はその〝場〟に刻みますが、かの者がやって来たのは姫さまの部屋だと聞いています。だとすると、事前に用意することは不可能。そしてセーラさまは石に引き寄せられたと仰っておりましたね。であれば、おそらく魔術式を自らの道具である石に施し、あなたが触れるのを待っていた……」


 さっと血の気が引く。

 では、あのとき見えたいくつもの光景は、送還されかけて世界がつながったときに見えたものだったのだろうか。けれどもあれは母親やその周囲の人達の光景だけではなかった。まったく見知らぬ世界の景色もあったのだ。

 それこそ、あれぞ異世界だと一度で納得できてしまうような、化け物のようなものが蠢く地獄のような悍ましい光景も、ほんの一瞬ながら見えたのである。


 ――送還魔法の行き先は、正しくもとの世界であるとは限らない。その行き先は誰にもわからない……。


 以前、送還魔法について説明してくれたヴァイセンの言葉が蘇る。

 送還魔法は確かなものではないのだ。だが、あの占者がそれをわからなかったはずがない。彼はセーラをこちらの世界へ喚び寄せた張本人なのだから。


 ――ということは、どこでも良いから、とにかくこの世界からセーラがいなくなれば良いと思って実行した、ということなのだろうか。


「セーラさま……大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」


 トゥーリーンに覗き込まれ、セーラははっと顔を上げた。


「ああ、はい。大丈夫です。どこへ飛ばされるところだったのかと思ったら……」

「怖かったですね。でも大丈夫です。送還魔法が発動した瞬間に旦那さまが介入し、それを阻止できたのですから」

「でも、わたしのせいでヴァイセンさまは……」

「そのように仰らないでください。セーラさまは被害者なのですから。むしろ、あの場に相当の魔力量を持ち、魔力操作も訓練なさった軍人である旦那さまがいらっしゃったからこそ、セーラさまの強制送還を阻止できたのです。旦那さまも命に別状はなく無事です。そう気に病まないでください」


 それでも負い目を感じてしまう。

 セーラはぐっと奥歯を噛みしめた。


 セーラの命を脅かそうとする人々が、セーラに害をなそうと何かを起こす。そのたびにセーラを守ろうとしてくれている周囲の人が傷ついていた。

 セーラのせいではないと慰められても、自分さえここにいなければ、と思ってしまう自己否定感はどうしたって湧いてくるのだ。


 けれども同時に悟っている。

 もうもとの世界に帰ることはできない。だから逃げることも叶わない。

 あちらの世界での水無上(みなかみ)星羅(せいら)は、もう死んだのだ。


 では今ここにいる自分はなんなのだろう、と思う。

 自分はもしかして、死後の世界で夢でも見てるのではないだろうか。

 ヴァイセンや王女、ラティーヤやトゥーリーン――彼らはみんな、セーラの妄想から生まれた人なのではないか、と、そう考えた瞬間もある。


 けれどもそれで片付けてしまうには、ここに生きる人々はあまりにも生々しく存在している。誰もが当たり前に生きていて、感情を持ち、人と人の交わりがあって、苦労や悩みを抱え、それでも懸命に今を生きている人たちだなのだ。

 みんな、ひとりの人としてここに存在している。だったら、彼らは夢や幻ではない。

 これまで過ごしてきたすべての経験が、セーラにそう確信させている。


 セーラはもう、ここで生きていくしかないのだ。

 だから命を狙われようと、周囲の誰かが傷つこうと、立ち向かわなければならない。

 逃げることを考えるよりも、今セーラに降り掛かっている問題を考え、解決していくしかないのだ。


 ――そう、ヴァイセンさまが傷ついて倒れたことを申し訳なく思うのなら、それを解決する方法を考えよう。わたしにできることはそれしかないんだ。


 セーラはぎゅっと目を閉じ、それからしっかりと前を見据える。

 逃げてはいけない。立ち向かう。

 まずは情報を整理するのだ。


 セーラがこの世界にいることを快く思わない人たちがいる。それは先の王女の公務に同行したときにもわかっていたことだ。だからこそ命も狙われていたし、命を奪えないのならせめてここではないどこかへ飛ばしてやると、強硬手段に出られたのもわかる。


 ――でもどうしてエルストラが?


 ふと疑問が湧いてくる。


 エルストラはセーラをこの世界へ喚び寄せた張本人だ。もともとは市井から呼び寄せられた占者だった、とヴァイセンから聞いたことがある。

 王侯貴族でさえ眉唾ものだった召喚魔法を彼らの目の前で成功させ、それだけでなく、召喚されたセーラは国王の望み通り王女の病を取り除いた。――あくまで彼らから見れば、の話であり、セーラ自身は王女に対して特別な能力を使ったわけではないのだが。


 ともかく、エルストラにとっては、セーラがこの世界で功績を上げてくれなければ己の存在意義を失うはずだ。セーラがこの世界で活躍してこそ、彼の地位は保証される。実際、それが成功したから国王からの信頼も厚く、重用されていると聞いていた。


 ――その彼がなぜ……?


 エルストラはあの騒ぎのあと、ベルディン騎士団の兵士らに速やかに捕らえられたらしい。今は尋問を受けている最中だろう。

 とすれば、いずれは彼の目的も明らかになるかもしれない。だが、のんべんだらりとそれを待っているだけというのは、当事者としてもどかしい。いても立ってもいられない。

 何より、セーラ自身がエルストラの動機を知り、その後ろに誰がいるのかを確認したい。


 ――そう、誰か後ろにいるんだよ。そう考えたほうが自然なんだよね。


 自然と考えていたことだが、改めて思考で言語化するとその可能性が濃厚さを増してくる。


 彼の出世に必要なセーラを、排除しようとする動きへ思想を変えさせた誰かがいる。

 その背後の誰かを早く捕らえないと、きっとまたエルストラをトカゲの尻尾のように切り捨てるだろう。


 焦る気持ちが募る。とにかく、エルストラがなぜ急にセーラを排除しようとしたのか、その理由を問いただす必要があるだろう。

 だが、セーラ本人が直接出向いて話を聞くことはできない。

 エルストラは王宮の牢に捕らえられていると聞いているし、そこに入るには、王宮内でそれ相応の地位にある者でなければならない。


 ――ヴァイセンさま。


 そのためにも、そしてただひたすらヴァイセンの快復を願うセーラ自身のためにも、ヴァイセンが早く元気になってくれれば良いと祈るしかなかった。

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