59.犯人探し
「旦那さまは命に別状はなく、今はゆっくりお休みになっています」
「そう……ですか」
「驚かれましたよね、セーラさま。でもセーラさまが無事で本当に良うございました」
ヴァイセンの屋敷に戻って、トゥーリーンから事件の説明を受けていた。
あのあと、どうやって屋敷に帰ってきたかも覚えていない。意識を失っていたわけではないのだが、あまりのことに気が動転して、王女や王女の客人の無事を気にかけることができたのは屋敷に戻ってずいぶんと経ってからのことだった。
王女たちは大事なく、今はそれぞれ安全な場所で使用人や護衛に守られているらしい。
今回の件についても狙われたのはセーラで、だからひとまず、王女たちより自身のことを心配していれば良いようだった。
「旦那さまは一時的に大量の魔力を放出なさったのです。それで身体の内部が傷つき、倒れられました」
「魔力……。魔力を使うことは身体に悪いことなんですか?」
セーラはこの世界にある魔法について、日常生活で家電の役割を果たす魔導具を動かす程度しか使われているところを目にしたことがない。誰もが使えて、日常にありふれたものだと認識していた。危険を伴うものなのだとは考えも及ばなかったのである。
だから、なんとなくでも使えていればそれで事足りるもので、改めてその仕組みを誰かに聞いたことはなかったのだ。
トゥーリーンもそのことに今気づいたようで、はたと瞬いてから眉を下げた。
「セーラさまは、魔法と魔力の関係はあまりご存知ないのでしたね」
「実は……。いつも使っている魔導具は、仕組みや感覚はわからなくても触れたら使えてしまいますし」
「そうでしたね。魔力とはエネルギー……つまり生命力のようなものです。持てる魔力量には個人差がありますが、一般的には生まれの優れている人ほど持っている魔力量――というよりは、器、と言ったほうが良いでしょうか。鍛えたり、訓練したりして保持できる魔力量も大きくなるのです」
「平民より貴族のほうが魔力量が大きいってことですか?」
「平均的にはそうですね。もちろん、平民の中にも突然変異のように魔力量の多い人も生まれますし、貴族に生まれてもどういうわけか魔力量が少ない人もいます。ですけど、基本的には平民より貴族、王族のほうが魔力量が多いと思っていただいて結構です」
生まれで保持できる魔力量が決まってしまうとは因果な話だ。
というよりも逆なのかもしれない、と脳裏で考える。
もともと、保持できる魔力量の多い人間と少ない人間がいた。魔力とは、セーラの中でわかりやすく解釈したところによれば、つまりエネルギー――電気のようなものである。
この世界の人は魔力や魔法に頼って生きているから、当然、魔力量が多いほうが得をする。そうして、魔力量の多い人間が次第に社会的にも力を持ち、魔力量の多い人間同士で婚姻し、子孫を増やし、その肩書に特権階級などと名前をつけて、平民と一線を画した暮らしを手に入れたのだろう。
そう考えれば、生まれによって魔力量が左右される話も得心がいく。
トゥーリーンは続けた。
「保持できる魔力量は、今も言いましたが〝器〟の話です。潜在能力であって、今すぐに使える魔力量とは異なります。この器だけは生まれ持ったものですが、実際にその人が今使える魔力量は、今現在のその人の生命力によります」
「えーと、保持できる魔力量っていうのは、つまり、平民の生まれだったらティーカップ一杯程度だけど、公爵家に生まれれば大きなドンブリ程度はあるかもしれないってことでしょうか」
トゥーリーンは困ったように首をかしげた。
「ドンブリ……といいますと?」
「あ、すみません。なんて言ったら……深皿。そう、スープを盛り付ける深皿かなと」
「ああ。そうですね。そのような解釈で合っています。この器はどれほど鍛えても大きくすることができません。持って生まれた器がティーカップだった人が、どれだけ努力しても深皿にはなれないのです。ですが、今現在その人がどれほどの魔力量を持っているかは人によります。たとえばふたりの人が同一の魔力量を持っていた場合でも、深皿の人なら器の半分以下かもしれませんし、ティーカップの人は既に並々一杯分かもしれません」
「そうすると、ティーカップの人はもうそれで上限だけど、深皿の人にはまだ半分増やせる余地があるってことですか」
「仰るとおりです。深皿の人が持てる魔力量を増やすには生命力を強くすれば良いのですが、これは体力のようなものと捉えてください。鍛えていて強くて体力のある人のほうが、一度に使える魔力は大きいのです」
その魔力の回復方法は、やっぱり睡眠や休息で戻るものだという。使い果たしてしまうと、魔力切れを起こし、体調にも影響が出る。
基本的にはぐったりと力が出なくなり、普通に疲弊したときと同じような状態になる。眠くなり、思考も鈍る。これが重症になると、歩くことができなくなり、ついには意識を保つことも難しくなるのだ。
だが、ヴァイセンは血反吐まで吐いていた。内臓が傷ついていたのだと言う。とすると、あの一瞬で昏倒する以上のもっと凄まじい魔力を放出したのだろう。
「公爵家の出身で、軍人でいらっしゃるヴァイセンさまは、つまり多くの人と比較しても、相当魔力量が多い方だった……ということですよね。そのヴァイセンさまが昏倒するほどの魔法って、一体何があったんでしょうか」
「お察しの通りです。その旦那さまでさえ、止めようと介入しただけで昏倒してしまうほどの魔力の発現がありました。私はその場におりませんでしたから、ベルディン騎士団の方の見解をそのままお話しますが……。セーラさまが例の占者の石に触れたとき、送還魔法が発動した、と」
「…………」
「現在わかっているところですと、例の占者による策略と見られています。かの者はグリンスター公爵夫人ならびにセルレント伯爵夫人らに取り入り、あの茶会の場に入れるよう画策し、あなたに接触を図ったのです」
「わたしに……」
「そう。目的は、セーラさまを送還魔法でこの世界から消すこと、かと」
やっぱり、そうなのか。
セーラは知らず、唇を噛み締めていた。




