55.インチキ占い①
占い自体はよくありがちな、エンターテイメントとして楽しむなら良いが、本気で信じるには信憑性に足らないものだった。
エルストラが使ったのは、一抱えほどもある赤く透き通った水晶のような石である。水晶といっても、完全な球体をしているわけではなく、ややしずく型をしたいびつな形だった。そこらの河原にある、丸みを帯びた石が人の頭ほどの大きさをしている、という感じだ。
エルストラはそれを専用のスタンドのようなものの上に置き、占う人に触れて魔力を込めるように言った。
魔力というのはセーラの世界にはないものだ。以前、ヴァイセンが人ならば誰しもが持っていると説明してくれたことがあったが、未だに自分自身も魔力を持っているという自覚はない。だが、意外にもこの世界での生活の中では当たり前のように魔力を使うので、見様見真似で使う機会は多かった。
やり方は難しいものではなく、魔導具――日本でいうところの電化製品にあたるものだ――のスイッチに手を触れるだけで良い。そうすると、魔導具側が自動的に触れた人間の魔力を必要なだけ吸い取り、これを魔法に変えて魔導具が動く。
ヴァイセンが言うには、魔力とは人間の気力や体力のことだそうだから、異邦人だからといってセーラが使えないというわけではないようだ。
セーラはこの魔導具と魔力の関係を、電化製品と電気だと認識している。
電気、つまり魔力があって、電化製品――魔導具が動く。もっと言えば、この魔導具には魔力を吸い上げて溜めるタンクのようなもの――これを魔鉱石というが――がついているから、それがバッテリーということなのだろう。
電化製品の魔導具、魔導具に備わった充電式バッテリーが魔鉱石、電力は自分自身。そういうことなら、魔法の仕組みもわからなくはなかった。
日常でセーラが使う範囲だと、室内の明かりや風呂のシャワーなどがある。あとは、音楽を録音したり聴いたりする魔導具もある。ラジカセのようなものだ。これらはすべて、教えられた通りにスイッチに手を触れるだけで良い。セーラも日常的に触れるが、それでセーラの魔力を吸い上げ、魔導具が作動している。
だからセーラにも魔力はある、ということになるのだが、この感覚がいまいちわからないままだ。
というのも、日常的に使う魔導具で必要な魔力はさほど大きくないようで、実際に「ああ、今魔力を吸い取られているな」と思うような感覚は味わったことがないのだ。
エルストラの占いも、この魔力を使うという。そのために石に手を触れろというのだから、仕組みとしては、決められた位置に手のひらを置くと占ってくれるアーケードゲームのようなものだろうか、と考える。
実際には、ああいう機械は電源を取って電気で動いていて、占い結果は事前にプログラミングされた機械がランダムか何かで表示してるだけだし、手のひらを置くのは、単にそれらしさを演出するためだったりするのだろうが。
セーラが冷静に考えている目の前で、まずはグリンスター公爵子息のビルスが試してみることになった。
こういうものは主役であり一番身分の高い王女から行うものかと思ったのだが、当の王女が少々怯えを見せたからだ。
王女自身も、おそらく想定外の訪問者に内心恐怖心でいっぱいのはずだ。よく慣れた親しい間柄の人が連れてきたから何事もない態度を取っているが、そうでなかったら、一も二もなくエルストラを拒絶したかもしれない。
そういう意味でも、客人である夫人たちは、真に王女の状態を把握し、適切な配慮ができているとは思えない。しかし、彼女たちが王女のためを思って余興を用意してくれたことも確かなのだ。
今夜は荒れるかもしれないな、と思いながら眺めていると、エルストラが王女を占おうとぐいぐいと身を乗り出してくる。
どう止めようかと悩んだのは一瞬、すぐさまラティーヤがすっ飛んできた。
「申し訳ありません、占者さま。姫さまは占いを見たこともありませんから、どのようなことをするのか想像できずに戸惑っていらっしゃいます。ですので、まずどなたかお手本を見せていただけませんか」
王女を守るようにエルストラとの間に立ったラティーヤに、セルレント伯爵夫人がうなずく。
「確かにその通りですね。どのようなものか先に知っておいたほうが安心ですわよね」
「あの、お母さま。でしたら、ぼくが姫さまのみほんになります」
「まあ、ビルスったら」
「あら、良いと思うわ。わたくしたちはもう一度占っていただいたことがあるでしょう。だから子供たちに譲りましょうよ」
「だけど、フューリアだってやりたいでしょう?」
グリンスター公爵夫人に気遣われたフューリアは、しっかりとうなずきつつも大きな茶色の目をビルスへと向ける。
「でも、ビルスさまがさきでいいです。わたくしは、まてるもの」
〝大人の対応〟をされたと思ったらしいビルスが不満そうな顔をした。
「ぼくは姫さまの代わりにおてほんになろうと思っただけだよ!」
「まあまあ。ビルスの姫さまを思う気遣いもちゃんとわかっていてよ。でしたら、こうしましょう。まずビルスが占っていただきましょう。その次にフューリア。そのあとに姫さまでいかが?」
セルレント伯爵夫人の言葉に、子供たちは口々に是を唱えた。
「順番は決まりましたかな? ではビルスさま、石に触れてください」
エルストラに指示され、ビルスは興奮を隠しきれない様子で小さな手を差し出した。
母親から噂に聞いていた占者に特別に占ってもらえると知って、この日を楽しみにしていたのだろう。
その手が赤い石に触れると、すぐにそれがふんわりと赤く発光した。
セーラのすぐ隣に腰を下ろしていた王女は、その変化ににわかに身を固くする。セーラはそんな彼女をなだめるように、小さな背をそっとさすった。客人からは見えないよう、最大限王女の矜持を守るための配慮は忘れない。
そうしている間にも、占いの結果はすぐに現れた。
ビルスから吸い取られた魔力が石の中にきらきらと輝いて見える。それがもともとあった靄と絡み合って複雑に動き、その動きを読んでエルストラが未来を読んだ。
しかしエルストラの答えは、セーラにとっては正直、ありきたりでつまらないものだった。
――あなたは将来、順調に成功するでしょう。いずれ苦しいときも訪れますが、それは成長のための苦難。恐れず立ち向かいなさい。もしも不幸が訪れたときは、今現在見据えている輝かしい未来の道から外れ、迷走しているだけ。そんなときはまた私を訪ねてください。必ずや元の道を指し示しましょう。
そんなようなことを、言葉を変えただけで、結局ビルスとフューリアどちらにも同じことを言っただけだ。
誰にでも当てはまるようなことを、言葉を変えて各々当たっているように見せるのは占い師の常套手段だろう。日本でも似たような占いはネットなどにもたくさんあふれていたし、特別珍しいことではない。
そういうエンターテイメントとして楽しめるなら良いが、問題は、地位も権力もありそうな公爵夫人や伯爵夫人が本気で〝当たる〟と信じているらしいことだった。
これが夜会で流行しているというのなら、おそらく貴族の大多数は本気で信じているのかもしれない。
果たしてそんなものに王女を関わらせて良いのかと悩みはあったが、ここで水を差すのも角を立てそうだ。何より、幼馴染のふたりが先に占ってもらって面白い結果が出たからなのか、王女は先程の恐怖心はどこへやら、自分の番がやってくると、むしろ乗り気で石に手を触れたのだった。




