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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

そつ無く生きられても、空しいばかりなんて

作者: 津籠睦月

 周りが「今日のテスト最悪だった」と言うなら、私も「全然ダメだった」と返す。

 周りが「炊飯器(すいはんき)でケーキ作ると楽しいよ」と言うなら、私も「今度やってみるね」と言う。

 本当は、それほどテストが駄目(ダメ)だったわけでもないし、お菓子(かし)作りなんて調理実習以外でやったこともない。

 だけど、大切なのは“合わせること”で、“自分を出すこと”じゃないんだ。

 

 出来過(できす)ぎて鼻につくと思われないよう、出来なさ過ぎて馬鹿(ばか)にされないよう、小器用に、(うま)く立ち回る。

 ずっと、そうやって生きてきた。

 

 たぶん私は、場の空気に敏感(びんかん)なのだと思う。

 会話のキャッチボールで次にどんな言葉を投げ返せば良いのか、どんな反応(リアクション)が求められているのか、何となく分かる。

 だから、その通りの言動(げんどう)()る。

 実際、周りの感触(かんしょく)は悪くない。

 今のところ(きら)われてはいないし、何となく好感(こうかん)を持たれているようにさえ思う。

 

 他人(ひと)に好かれるにはコツがある。

 (みんな)なぜか、人間(ひと)としてのスペックが高ければ男にも女にもモテると思っているみたいだけど、それはべつに必要条件じゃない。

 むしろ下手に能力が高いと、()らない嫉妬(しっと)を買って人間関係に支障(ししょう)が出かねない。

 世の中“自分より上”の人間を素直に受け()れられるほど、出来(でき)た人間ばかりではないのだ。

 

 人間は、居心地(いごこち)の良い場所を好む。

 自分が否定されない場所、自分を受け()れてくれる場所を好む。

 だから、そんな“居心地の良さ”を作ってあげれば良い。

 言葉で相手を否定しない、能力の高さで相手の自尊心(じそんしん)を傷つけない――そんな居心地の良い“友人”であれば良い。

 価値観(かちかん)趣味(しゅみ)が同じなら、もっと良い。

 物の考え方や好き嫌いも一緒(いっしょ)なら、ちょっとした意見の衝突(しょうとつ)反発(はんぱつ)も起きない。

 

 気をつけなければいけないポイントは、ひとつ。

 スペックは上回ってもいけないけど、下回ってもいけないということ。

 どんなに“居心地の良さ”を提供(ていきょう)できても、相手から()められたら終わりだ。

 理解不能な話なのだけど、「自分より下の人間は、奴隷(どれい)のように支配しても良い」と思い()んでいる人たちが、この世には結構(けっこう)存在するのだ。

 (いま)だこの世からなくならない(いじ)めやハラスメントの数々が、それを証明している。

 

 ただしこの場合の“上か下か”は、本当の(・・・)上下でなくても良い。

 だって、そういう人たちに(かぎ)って、相手の能力を見抜(みぬ)く目なんて、これっぽっちも持ち合わせていないから。

 ハッタリにコロッと(だま)されて(いつわ)りのカリスマにヘコヘコしたり、(かく)された実力にまるで気づかず相手を()めて惨敗(ざんぱい)したりする。

 能力で差別(・・)したいなら、せめて正確に能力測定できる“目”くらい持っていないと意味が無いのに。

 この世界って本当に、残念な人間が多い。

 

 他人にモテたい、好かれたい、と人は言う。

 だけどその(わり)に、真逆な言動ばかり()る人が多い。

 相手が辟易(へきえき)しているのにも気づかず自慢話(じまんばなし)を続けたり、デリカシーの無い発言で相手を傷つけたり……。

 ただ自分にとって(・・・・・・)気持ちの良い言動、相手を気遣(きづか)うこともない安易(あんい)な言動ばかり。

 それで相手から好意が返って来ると、本気で信じているのだろうか。

 嫌なことをされても、傷つけられても、喜んで相手を愛するなんて――世の中そんなに忍耐(にんたい)の強い人間ばかりでも、(マゾヒスティック)な人間ばかりでもないだろうに。

 

 人間の好感度はナマモノだ。

 一度上がれば“そのまま”なんて、固定化されたものじゃない。

 どんなに仲の良い友人だって、取り返しのつかない失敗ひとつで、好感度は地まで()ちる。

 ふれ合うごとに(こま)かく変動するそれを、急降下(きゅうこうか)しないよう、適切(てきせつ)維持(いじ)する。

 それが人づき合いというものだと、私は思っている。

 

 相手の顔色を(うかが)うほどではないけど、表情(・・)はいつもよく見ている。

 ただ顏かたちの変化だけじゃなく、仕草(しぐさ)、声のトーン、身体(からだ)全体から(にじ)み出て来る空気……。

 人の気持ちって、結構(けっこう)“表”に出ているものだから。

 目に見えない心や感情を、微細(びさい)な変化から()(はか)る。

 あぁ、この子はこの話題に興味(きょうみ)が無いんだ。コレは意外と好きなんだ――そんなテンションの波を読んで上手く会話を(ころ)がせば、居心地(いごこち)の良い“楽しいひととき”の出来上(できあ)がり。

 日々そうやって、他人の好感度を(たも)っている。

 

 好感度の仕組み(システム)すら見えていない不器用な人間だらけの中、私は器用に生きている方だと思う。

 苦手なタイプの人間にだって、非道(ひど)い態度を取ったことはない。

 他人に嫌われるってことは、その分、この世のリスクが増えるってことだ。

 賛同(さんどう)しかねる話なのだけど、「嫌いな(やつ)には何をしても良い」と思い込んでいる人たちが、この世界には割といるのだ。

 できることなら、(だれ)にも嫌われず、誰からも好かれて幸福(ハッピー)に生きたい。

 そんなこと、誰だって思うことでしょう?

 

 ――だけど、どんなに器用に、そつ無く生きようと、万人(すべてのひと)から好かれることだけは無い。

 私がどんなに自分を“対等”に見せようと、勝手に下に見て馬鹿にしてくる人間はいる。

 勝手に上に見て嫉妬(しっと)してくる人間もいる。

 女だ、若者だ、ナントカ世代だ――そんな風に“属性(ぞくせい)”だけで無闇(むやみ)に嫌ってくる人間もいる。

 誰からも好かれたくて誰にも彼にも好意を向けると、八方美人だと侮蔑(ぶべつ)される。

 どんなに努力を()もうと(くつがえ)らない事実。

 ――この世には、どうしても他人を見下し、嫌いたい人間が存在するのだ。

 

 高い好感度を保っていたはずの友達からだって、理不尽(りふじん)(にく)しみをぶつけられることがある。

 可愛(かわい)(あま)って憎さ百倍――そんな矛盾(むじゅん)(かたまり)みたいな“ことわざ”があるように、好意が反転しての憎悪(ぞうお)は、普通の百倍厄介(やっかい)だ。

 

 人間は好意を受け取り続けると、いつの間にか欲深くなってしまうものらしい。

 好意をもらえるのが当たり前(・・・・)になって、それが当たり前にもらえないと怒り出す。

 自分への好意が()りないと思うと、不満(ふまん)を言い出す。

 ○○ちゃんには××してあげたのに、私にはしてくれないんだ――他の子と比べて、そんな文句(もんく)で私を()め出す。

 だからと言って、全ての友達を“公平”に(あつか)えば良いというわけじゃない。

 他の子と“同じ”じゃ我慢(がまん)できない、自分だけ“特別”じゃないと気が()まない――そんな人間も存在する。

 正直、つき合いきれない――そう思って、自分から距離(きょり)を置いたことも、一度や二度じゃない。

 人間関係って、複雑(ふくざつ)だ。

 どれほどの器用さがあっても、絶対(ぜったい)に追いつかない。

 

 人づき合いに不器用な人たちはきっと、そつ無く器用に生きられれば、全て上手く行くと思っているんだろうな。

 だけど、この世の中はそんなに“やさしい”世界じゃない。

 こちらがどんなに努力と工夫を重ねても、理不尽な嫌悪(けんお)や憎悪の前には何の効果(こうか)も無い。

 その理不尽さに傷つけられるたび、心が摩耗(まもう)して()っていく。

 

 人づき合いのノウハウを知らない人たちはきっと、やり方さえ知っていれば、いつでも他人と仲良くできると思っているんだろうな。

 だけど、どんなに“やり方”を知っていても“やる気”が出ないと行動はできない。

 他人と接するには、多かれ少なかれエネルギーが()る。

 体力面ではなく、精神面のエネルギーだ。

 傷ついて()り減った心では、初対面の人と話す勇気ひとつ、出て来てはくれない。

 

 時々、仲の良い友達の中でさえ、心がヒヤリとすることがある。

 周りに合わせて自分を曲げてばかりの私だから、()()ぐ相手を信じられない時がある。

 

 今、目の前で笑ってくれているあの子は、本当に心の底から笑ってくれているのだろうか。

 私を気遣(きづか)って、無理に笑っていたりはしないだろうか。

 今、私が好意だと思っているコレは、本当に好意なのだろうか。

 場の雰囲気(ふんいき)に合わせただけの言動を、好意と勘違(かんちが)いしていたりはしないだろうか。

 

 人間の心や感情は、目には見えない(・・・・)

 できるのは、表に出た“何か”から、それを推測(・・)することだけ。

 本当は私、読めているつもり(・・・)で、相手の気持ちなんてまるで分かっていないのかも知れない。

 

 自己評価の低い人たちはきっと、能力が上がれば、(なや)みなんてなくなると思っているんだろうな。

 だけど人生のステージが上がっても、そこには下のステージとは別次元の悩みが待ち受けているだけ。

 決して悩みが()きることは無い。

 上へ辿(たど)()けばラクになれると思っていた(ころ)が、幸せに思えてくるほどに。

 

 他人に好かれたいと言いながら自分勝手な言動で周りを()り回す人たちを、「どうしようもないな」と思いながら、ほんのり(うらや)ましく思う時がある。

 私はいつでも、周りに合わせてばかり。

 (いつわ)りの自分と言うほどではないけれど、(おのれ)を真っ直ぐ(つらぬ)けず、曲げてばかりいる。

 曲げて曲げて、曲げ続けているうちに、ふと“自分”が分からなくなる。

 

 今、笑っているのは、私の本心だろうか。

 それとも笑わなきゃいけないタイミングだから、笑いを作っている(・・・・・)のだろうか。

 

 ありのままの自分で()を通しても、周りが勝手に好感度を上げてくれるなら、そんなにラクなことはない。

 だけど現実は決して“そんな”ではないと、私は知っている。

 

 器用に生きられても、その器用さが逆に私を消耗(しょうもう)させる。

 ただ普通に息をしているだけなのに、時々無性(むしょう)疲労(ひろう)(おぼ)える。

 いっそのこと、人間を()めて空気になれたら良いのに、と思うほどに。

 

 時々、ふと“空気になった自分”を想像してみることがある。

 空気になった私は、無理に周りに合わせたりしない。

 他人の表情を敏感(びんかん)に読んで、上手く場を()り上げようともしない。

 他人の好意なんて気にしない。

 ただ、あるがままの自分で、ふわりふわりと世界を(ただよ)うだけ。

 そんな自分を、ふと夢見てしまう。

Copyright(C) 2024 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

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