プロローグ前編「間違った終わりの始まり」
主な登場人物
・セザール....本作の主人公の1人。“解放者”
・ベルナール....本作の主人公の1人。
・ユキノ....ベルナールの妹。
・クリストフ....ベルナールの部活仲間。
・ツツジ....クリストフの妹。
・ロック....ベルナールが住む住宅街に銃砲店を構える男。
「一体....」
朦朧とする意識の中、僕は静かにそう呟いた。
すると僕が着てる上着の裏ポケットに誰かが機械の様な“何か”を入れた。
「?」
何が何だが分からない中、僕は手足が金具の様な物で固定されて居る事に気が付いた。
そして、失い掛けて居た意識を掴むと僕は思い出した。
「待って、待ってよ!」
このままでは不味い。このままでは、僕は、....僕は、
「待って」
「すまない」
「え?」
白衣の男が僕に謝った。けど、僕は謝罪が聴きたかった訳じゃない。
「辞めてよ!。解いてよ!」
「君は、恐らく一〇〇年近い眠りに付くだろう」
「え?」
「未成年の君に、“コレ”を託したくは無かった。だが、もう時は無い」
訳がわからない。そんな事言ってないで拘束を解いて欲しい。
そんな事を思って居るうちに、分厚いガラスケースの蓋が降りて来た。
「待ってよ!」
僕の声を他所に、分厚いガラスがカプセルに蓋をした。その瞬間、凍え死程の冷気がカプセル内に充満した。
そこで、僕の意識は消えた。
「・・・」
「すまない、セザール」
「“解放者”となった者よ。どうか、滅びを救ってくれ」
※
【二〇三八年 六月三日
卓球の全国大会予選会の決勝リーグまで進んだ。団体戦・個人戦、共に両方だ。個人で決勝リーグまで進んだのは俺だけ、部内唯一の友であるクリストフはあと一歩の所で“エッジボール”喰らい負けた。
皆んな俺が決勝リーグに進んだ事に驚いていた。が、俺にはどうでも良い。
俺はもう明日死ぬと決めている。クリストフや妹のユキノには申し訳ないが、俺はもう家庭環境、学校生活にもうんざりだ。
『自分を護れるは自分だけ』
ならばこれ以上自分が傷付き、狂う前に自分を終わらせよう。
トラウマと負に満ちた“我が家”、知らぬ間に俺を追い詰めて傷付ける“両親”、いじめを黙認する挙句弱い者を追い詰める事しか知らない“学校”、悪い方向へ変わる“故郷”、自分が独裁をやりたいが為に現政権を攻撃し政治的内紛をするしか頭の無い“政府”。
“自殺”
それこそがこれらを前にして自分を護る、最善の選択なのだ】
ベルナールはゆっくりと日記帳を閉じるとペン立てにボールペンを戻すとベットの横にある縄に目を向けた。
「・・・」
【分かってるさ。“自殺をした者は皆地獄に堕ちる”。だが俺は天国も地獄は信じず“転生説”を信じる人間だ。だから自分を護るためにも、俺は“次の自分”に全てを託す。恨みたければ恨め。自分の事を棚に上げて恨め。さようなら】
「我ながら用意周到だな」
そう呟きながら“遺書”を封筒に納めると本の中に隠したベルナールは椅子から立ち上がると明日の大会の準備を進めた。
「明日が、人生最後の“卓球”。?」
ベルナールの独り言を遮る様に部屋の戸がノックされると妹のユキノが入室して来た。ユキノは酷く困り、怯えた表情でベルナールを見た。
「・・・またか?」
ユキノはゆっくりと頷いて返した。するとベルナールは斜め掛け鞄をもとあった場所に戻すと呆れ混じりの作り笑みを浮かべた。それを見たユキノのゆっくりとドアから離れるとベルナールの隣に座った。
「また、可笑しくなった」
「そうか。親父は“自分が絶対主義”、御袋もそうだしな。自分中心に家が動かないと気が済まない者同士、衝突は避けられないさッ」
「お母さんは、身体の自由が効かないからこそ、何も出来ない・してやれない自分に腹が立ってて....」
「ユキノは優しいな」
ユキノは返す言葉も無く、ベルナールの肩に頭を乗せた。するとベルナールは無言でユキノの肩に手を回すとそっと肩を寄せた。
「(ユキノを残して、逝くのか....いや、もう決めた事だ。・・・許せ)」
※
暗闇の中で微かな光を見たベルナールはそっと目を開けると、ゆっくりと身体を起こした。
「またこの夢か。なんだこれは?」
自殺を決めた次の日辺りから毎晩見る夢に呆れと飽きを感じていたベルナールはいつも通り、後ろを向いた。
そんなベルナールの目線の先には毎回の如く『アクアブルーの様な長髪を生やした“銀色の巨人”』が居た。
「またアンタか。一体何なんだ?」
巨人は応える事無く、いつも通り長髪をたなびかせながら胸元にある赤の様な朱色の様な、コアの様な物を発光させていた。
「人様の夢に入り込んで、一体何がしたいんだアンタは?」
いつも通りの問い掛け。
しかし、口元に着けられた面頬の様な物は外れる事も無ければ、その向こうから声を発する事もない。
ただただいつもの様に、獣の様な鋭く硬い目でベルナールをじっと見ていた。
「・・・」
ベルナールも掛けるべき言葉を無くすと呆れた様に両手を広げると巨人に背を向けて数歩歩いた。
「(人生最後の睡眠も、此奴に邪魔される訳か。何だよ一体!)」
そう思いながらベルナール脚を止めた。が、ベルナールはこれまでとは違う何かを感じ取ると、後ろを振り返った。
「?。・・・ッ」
ベルナールは思わず目を見開いた。
今まで特に動く事の無かった巨人が、右手を動かすと顔半分を覆っていた面頬の様な物を外した。
獣の様な、宇宙人の様な、未知の生物の顔をした巨人は無言でベルナールを見下ろした。
「アンタ、死神か?、だったら嬉しいね。このまま連れて行ってくれよ」
巨人は顔を横に小さく振った。ベルナールは呆れた様な失望した様な表情を浮かべると溜息を吐いた。
「コレが、本当に夢ダト、思ってイルのか?」
ベルナールは目を見開くと顔を挙げたのち巨人と目を合わせた。
「アンタ、話せるのか?」
「スコシ、ならな」
「驚きだね。何で今まで何も話してくれなかったんだ?」
「死ぬニハ、マダ早い」
「⁉︎」
「時ハ、来た」
「何言ってるんだ⁉︎」
巨人はベルナールから視線を外すと左側に顔を向けた。ベルナールは難しい表情を浮かべながらゆっくりと巨人が見る先に顔を向けた。
「これは?」
巨人とベルナールの先では、ゲームや映画に出て来る“感染者”の様な者達と戦うベルナールらしき男が写って居た。
「何だよ?あれは?。俺の、未来の姿だとでも言うのか?」
巨人は何も答えなかった。ベルナールは渋々と右側に顔を戻すとそこにはベルナールらしき男が変身する様子が写って居た。
ベルナールは驚きを隠せなかった。何故ならその変身した姿は、自分の前に居る巨人に似て居たからだ。
「はっ⁉︎。どう言う事だよ⁉︎」
巨人は混乱を隠せないベルナールの方を向くと細く弱々しい息を吐いた。
「俺が、アンタに?」
巨人は静かに頷いた。
「冗談じゃねぇぞ!。・・・何で俺なんだよ?」
「キミは、死ぬニハ早い。君にハ、成すベキ事がある」
そう言うと巨人は胸元にあるコアの様な物から強い光を出した。ベルナールはコアが出した赤い光の眩さに怯むとその赤い光に包まれた。
「な、なんだ!」
「“解放者”をタダシキ終わりへ導け。マチガイを破壊スル、“破壊者”として」
コアが出した赤い光に包まれるベルナールに、巨人は力強く、はっきりとそう言った。
※
「ナッ!」
六月に似合わぬ程の汗をかいていたベルナールはベッドから飛び起きた。
「夢?。・・・一体、」
肩で息を切らしながらベルナールはベッドから立ち上がると電話で時間を確認した。
「夜中の一時....ったく、もう一度寝よ....?」
電話を閉じようとした瞬間に画面に映った緊急アラート通知に気が付いたベルナールは通知を開いた。
「何々?。・・・“以下の街にて正体不明の疫病が発生。感染者は理性を失い暴れてる模様。至急、街から退避して下さい”?。何だよこの胡散臭いアラートは?。....へぇ〜、此処の住宅街近くの街も入ってんじゃん」
デマだと決め付け、画面を閉じたベルナールは溜息を吐きながら分厚いカーテンで隠れた窓を見た。
「吐くならもっとマシな嘘をつけよ」
そう呟きながらベッドに座り込むベルナール。すると廊下に響く足音を聞いた瞬間、「またか」と呟いたベルナールはドアの方を向いた。だが、それは今までとは違った。
「お兄ちゃん!」
音を立てながら思いっきりドアを開くユキノ。
ベルナールはベッドから立ち上がるとユキノに事情を尋ねた。
「お父さんが、お父さんが!」
「?」
ベルナールはポケットに携帯を滑り込ませるとユキノに続く様に部屋を出た。
「ァァッ、ァァァァァ」
「?」
「お母さん!」
ユキノの後を追う様に階段へと向かったベルナールの瞳に映ったのは、目と脚が不自由な母親が死に物狂いで階段を登る姿だった。
その後ろには、人では無い声を出す父親の面影を残す“何か”が居た。
「お母さん!」
ユキノは母親の手を掴むと引っ張り挙げたのち息を切らす母親の背中を軽く撫でた。
「何だよ、あれ....」
「南部で広がって疫病患者に、似てる気がする....」
「疫病?。ああ、数日前からそんなニュースが流れてたな。それにしても、あれは親父、なのか?」
その問い掛けに答える様に、何かがベルナールの方を向き、目を合わせた。
ベルナールの直感が危険信号を出した瞬間、ベルナールはユキノと母親の肩を掴むと二階奥の部屋に向かわせた。それを追う様に、親父だった何かが凄い勢いで階段を駆け上がって来た。
「(あれは親父じゃない!)」
直感でそう判断したベルナールは2人を部屋に押し込むとドアを閉め、鍵を掛けた。
が、親父だった何かはドアを突き破るかの勢いで体当たりすると、ひたすらドアを殴った。
「あれはもう親父じゃない!」
そう言いながらベルナールは作業机右下奥に隠されたガンケースを取り出すと、ダイヤルを回してキーロックを解除すると中からリボルバーを取り出した。
「アンタ、何で?。何で知ってるの?」
「(“拳銃自殺考えてたから”、なんて言えないなぁ)」
親父が“ホームディフェンス”と言う名目で購入した“三十八口径リボルバー”。銃が好きだったベルナールは当初それで自殺を考えていた為、隠し場所もパスワードも盗み見していた。
だが“静か”が好きだったベルナールは、首吊りを選んだ。
「直感だよ」
ベルナールがそう言いながらシリンダーに弾を込めてリボルバーを撃てる状態にするとユキノと母親の前に立ち、両手でリボルバーを構えた。
「....」
ベルナールは自分が構えるリボルバーに目を落とすと構えを解き、右手に握るリボルバーをじっと見つめた。
「(死ねる)」
そう思ったベルナールは銃口を顳顬に当てたのち引き金に指を掛けた。
「!」
「お兄ちゃん⁉︎」
「・・・」
引き金を引こうとした瞬間、親父だった何かがドアの一部を破壊した。
「・・・」
「お兄ちゃん!辞めて!」
「アンタ、何を考えてるの⁉︎」
「(ユキノを、置いて逝くのか....)」
「親より先に、死ぬんじゃない!」
「・・・」
自分の中の躊躇いを捨て切れなかったベルナールは引き金から指を離したのち右手を降すと再度リボルバーを両手で構えた。
その瞬間、親父だった何かはドアを突き破って部屋の中に入って来た。ベルナールはすぐさま引き金を引いた。思ったよりも強い反動がベルナールの腕や肩などを襲う中、放たれた銃弾は壁に入り込んだ。
「今のは威嚇だ!次は当てるぞ!」
親父だった何かはベルナールの言葉に聞く耳を持たず、そのまま三人の元へ突っ込んで来た。
「おい親父、警告だぞ!」
「お父さん辞めて!」
ベルナールやユキノの言葉も聞かずに突っ込んで来る親父だった何か。ベルナールは「クッソ」と吐き捨てる様に言いながら発砲、父親だった何かの右胸を撃ち抜いた。
「ッ」
返り血を浴びたベルナールは“保険の一発”として頭に一発撃ち込んだ。
リボルバーを机に置いたのち壁を滑りながら床に座り込んだベルナールはその場に泣き崩れる母親を見た。
「(あれだけ毎日ガミガミ怒鳴って嫌味を言っていたのに、泣くんだな....)」
そう思ったベルナールは壁に頭を預けると天井を見上げた。するとベルナールはさっきからポケットの中で振動を繰り返す携帯電話を引っ張り出した。
「クリストフ?」
画面をタップして電話に出たベルナールはすぐさま受話器から耳を離した。
「怒鳴るなよ。煩いな」
『そりゃ怒鳴るだろ!何回電話したと思ってるんだ!』
「わりい。....親父が、」
『・・・そうか。あとニか三分ぐらいでお前の家に着く。出る準備しておけ』
「・・・」
※
「どうしたんだその血は⁉︎」
家の前に停められた車から飛び出す様に降りて来たクリストフは身体の至る所に血が付いたベルナールを見るや否やそう問いた。
「俺の血じゃない。親父のだ」
そう言いながらベルナールはクリストフの母親が運転する車の助手席に自分の母親を乗せた。
「まさか....じゃあ、」
「ツツジさんは妹に着いていてあげて下さい」
ベルナールはそう言いながらユキノをクリストフの妹のツツジに任せるとクリストフと目を合わせた。
「俺が殺った」
「マジかよ....」
「おーい!。ベルナール!クリストフ!」
2人は目を合わせたのち声のする方を向くとそこには銃砲店を営むロックの姿があった。
ロックは両手に一挺ずつ“十二ゲージポンプアクション式ショットガン”を持ったまま2人に駆け寄るとそれを差し出した。
「護身用だ、持っていけ。使い方分かるか?」
「あー、ゲームのシュミレーターと同じなら」
「ホログラムシュミレーターで、何度か」
ロックは「なら大丈夫だな」と言いながらショットガンを手渡した。
「撃ちたくない奴には銃口を向けるなよ。それと、撃たない時以外はトリガーに指を掛けるな」
そう言ったのちロックは「先に行け!」と言ったのち自分の家に戻った。
2人はショットガンを車の荷台に入れると車に乗り込んだ。
「良いぞ母さん!」
「ちゃんとベルトした?。掴まって!」
そう言いながらクリストフの母親はアクセルを踏み込むとハンドルを切った。
「何処へ向かうの?」
「此処から北に数キロ行ったところに、廃棄された地下鉄の駅があるでしょ?。そこに、軍が臨時の避難所を設置したわ」
「軍が?」
「元々は街の近くで降る予報だった“謎の雨”を調査する為に派遣された者達の駐屯拠点だったらしい。それが今は増員されて、軍管轄の避難所になったって話だ」
クリストフがそう答えるとベルナールは疲れた表情で車の背凭れに身体を預けた。
※
「最初は南部って話だった。突如として見たこともない様な青黒いに空が包まれて、その雲がばら撒いた雨を直で浴びた人間が、理性を失った様に暴れだして」
クリストフはニュースで得た確かな情報をベルナールに只管話した。ベルナールは複雑な何かを抱えながらそれを聞いていた。
「で、今日のお昼頃に街の南東でその雨が降った」
「だから、お父さんは....」
「・・・」
ベルナールは窓から外を見ると溜息を吐きながら空を見た。最悪な事に、彼らの頭上には“その雲”があった。
「何人、死んだの?」
「何人何処じゃない。世界中で既に何千人も死んでる。中には形も分から無くなるぐらい」
「クリストフ!」
「あぁ、....すまん、」
ベルナールは鼻息を出しながらクリストフから目を逸らすと再び窓から外を見た。そんな彼の目に入ったのは建物を焼き崩そうと燃え盛る農家だった。
「なんてこった。此処って、ベルンドの農園だろ?」
「部長、助かったか?」
「多分、大丈夫だろ」
「家が、燃えてる」
「・・・」
ベルナールは舌打ちをしたのち再び背凭れに寄り掛かると車が停止した事で身を乗り出し、前を向いた。
「なんてこった....」
「皆んな、考える事は同じみたいね」
クリストフの母親は静かにそう言った。彼らの目線の先には、臨時避難所へ向かおうとする車で埋め尽くされた道路だった。
「脇道を使うわ。掴まって」
そう言ったのちクリストフの母親は車をバックさせたのち脇道へとハンドルを切りながらアクセルを踏み込んだ。
「揺れるな」
「しっかり掴まって!」
暗く、補装されていない脇道を走る中、車内は激しく揺れた。するとクリストフは何かを捉えた様に後ろを向くとそこには車を追い掛ける“人だった何か”の群れが居た。
「クッソ!」
「不味いな。母さん、もっと飛ばしてくれ!」
「しっかり掴まってなさい!」
そう言いながらクリストフの母親はギアを変えながらアクセルを踏み込んだ。
「ターミナルまでは?」
「もう五〇〇も無いはずよ!」
そう言いながらクリストフの母親は脇道を通り抜けるタイミングに合わせて急ハンドルを切ると再びアクセルを踏み込んだ。が、ターミナル付近の小さな住宅街に入った瞬間、
「「右から車!」」
ユキノとツツジの警告も遅く、クリストフの母親が運転する車は、右から突っ込んで来た車と衝突した。