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最終話 黒猫黒子!!

 関白を倒してから一ヶ月と数日が経った。


「はぁ……寒くなってきた……」


 お気に入りの紺色のコートを羽織り、家を出る。

 目的地は、都内の病院だ。



 数日前、駿河から連絡があった。

 何日も何日も呼びかけた甲斐があったと。


 駿河の姉、松平小牧の意識が戻ったのだ。


「し、失礼します」


 おそるおそる病室の扉を開ける。

 完全個室の専用部屋。


 そこに設置されたベッドに、美しい女性が横になっていた。

 側にある椅子に座っている、駿河が黒子の方を向く。


「黒子!!」


「ど、どうも」


 ゆっくりと歩み寄って、女性と視線を重ねる。

 驚いた。本当に目を覚ましていている。

 微かに頬を緩めて、黒子をしっかりと見つめている。


「あなたが、黒猫黒子ちゃん」


「あ、はい!! はじめまして」


「はじめまして。松平小牧です」


 凄い。駿河にそっくりだ。

 顔も、声も。

 雰囲気は、駿河より柔らかい印象ではあるが。


「駿河から聞いているわ。あなたが、私を助けてくれたのでしょう?」


「え、あの、まあ、その……」


「ふふふ、なんで緊張しているの?」


「あはは……」


 駿河が口を開く。


「さっきまで黒子の話をしていたのよ。ダンジョンに関わる人を助けるヒーローだって」


 誇らしい気持ちになる。

 自分のような存在が、人の幸せに貢献できている自信。

 デリバリーをやっていてよかったと、黒子はこれまで以上に感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 小牧と一時間程度話したあと、黒子は帰路についていた。

 優しくて面白い人だった。

 退院したら、一緒に食事をする約束までしてしまった。


 わくわくを抱えながら家まで歩く。

 その途中、


「はぁ……」


 猛烈な不安が押し寄せてきた。

 もうすぐ、ダンジョンは消える。

 デリバリーができなくなる。


 そのあと、自分はどうすればいいのだろう。

 駿河や千彩都、ヨルヨに太郎。みんな先のことを見据えている。

 菊姫が配信業を続けるなら協力する、と決めてはいるけれど、そんなもの進路とは呼べない。

 他人に依存した未来。

 なんだか、やるせない。


「これからも、誰かの役に立ちたいけど……」


 わからない。なにをすればいいのか、決められない。

 こんな気持ちを打ち明けられるのは。


『もしもし、黒子?』


「千彩都、忙しかった?」


 親友の千彩都しかいない。


『だいじょぶだよ。どうしたの?』


「うん、実はね」


 黒子は思いの丈を語った。

 これからどう生きればいいのか、まったくわからないと。

 ぼんやりと株とFXでお金を稼いでいれば良いのか。

 就職でもするべきか。


 まるで霧の中で立ち止まっているような気分だと。


『深く考えすぎじゃない?』


「そ、そうかな」


『まだ私ら15歳だよ? 私の周りの15歳、みーんな好き勝手ダラダラ生きてるよ』


「そうなの?」


『そりゃずっと勉強してるやつもいるけどさ、基本みんな遊びまくりだよ。高校生になって、お金を持つようになって、したいことやりたいことを全力で突っ走ってるよ』


「でも、千彩都は進学するんでしょ?」


『するよ。でも、まだ志望大学すら決めてないって。漠然と進学って言ってるだけ』


「うーん」


 深く考えなくていい。

 理解はできるけど、なんだかいまいち、納得できない。


『んー、たぶん黒子はね。根本的に普通の生活が嫌なんでしょ。ほぼ毎日、ダンジョンで刺激的な経験をしまくってたから、それに毒されちゃって』


「そうかも」


『だからダラダラするのも、普通の就職するのも消極的。じゃあさ、黒子が思いつく中で一番の大冒険でもしてみたら?』


「なにそれ。ていうか、大冒険で誰かの役に立てるの?」


『なんで他人に尽くすの前提なのさ。あんだけたくさんの人のために頑張ってたんだから、今度は自分のために頑張ったら?』


「自分のために?」


『ダンジョンデリバリーを始める前、黒子はまずダンジョンを完全に攻略するところからはじめたでしょ? それと一緒。まず新しい世界に飛び込んで、それから道を決めてけばいいじゃん』


「……」


 千彩都の言う通り、自分は刺激がほしいのだろう。

 新しい刺激がほしい。

 そのなかで、今後について考えていけばいいのだろうか。


 ダンジョンは消える。

 もうじき無くなる。

 これからみんな、ダンジョンのない世界で生きていくしかない。


 もし、その世界で冒険をするのなら……。


「ありがとう千彩都。なんか、わかった気がする」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数日後、ダンジョンは突如として消滅した。

 攻略中の人間は強制的に外に転移され、魔力石も、モンスターも、魔王様も、罠も、悪の残骸も、なにもかもが、異世界へと帰ってしまった。


 ダンジョンがあった場所には、なにも残らない。

 ただ、更地が広がっているだけ。


 十中八九、いや確実に、ダンジョンの消滅は世界中に動揺を与えるだろう。


 それからさらに、日にちが過ぎて。





「太郎、黒子を頼むわよ」


「はいっす!! ヨルヨさん!!」


 空港のロビーで、鎌瀬太郎がサムズアップで応えた。

 背負っている大きなバッグには、数枚の着替えとタオルといった、必要最低限の荷物しか詰められていない。

 現地で手に入れる方が旅感があるから、らしい。


 彼の隣にいる黒子は、慎重に何度も選んだ便利グッズやら本が大量に入っているというのに。


「もし黒子になにかあってみなさい、太郎、あんたを飛鳥関白より恐ろしい目に遭わせてやるからね!!」


「だ、大丈夫っすよ〜」


 千彩都が黒子に手を振る。

 黒子がそれに応える。


「あれ黒子。いつものリュックじゃないんだね」


「うん。ダンジョンがなくなって、生産アイテムも『効果』を失ったの。だから、いっぱい入る普通のリュックを買ったんだ」


 そして、


「駿河さん」


 黒子は一歩、駿河へ近づいた。


「じゃあ、私、行きますね」


「うん」


 太郎と共に、黒子は世界中を巡る。

 彼の動画撮影を協力しながら、自分のやりたいことを見つけるために。


 もうじき離陸の時間だ。

 別れなくてはならない。

 いつ帰ってくるかなど、まったくわからない。


「駿河さん……」


 本当にこれでよかったのだろうか。

 みんなと離れ離れになってしまうのに。

 駿河と、会えなくなってしまうのに。


 忘れられてしまうだろうか。

 どうでもいい存在になってしまうのだろうか。


 怖い。

 心配すればするほど、歩みだす勇気がなくなっていく。


「私……」


「黒子」


「はい?」


「私、高校を卒業したら、志望大学の近くに引っ越すつもりなの。まだ、物件は決まってないけれど」


「え」


「そういえば、黒子の家が割と近かったのよね」


「それって……」


 駿河が微笑んだ。

 黒子の瞳が熱くなる。


「ふふ、合格する前提で話しているけれど」


「大丈夫ですよ。駿河さんなら絶対に!!」


 なにを心配する必要がある。

 駿河は待っていてくれる。

 いつまでも待ってくれるはずだ。


 そして、帰ってきたら、自分たちは。


「行ってきます!!」


 こうして、黒子のダンジョンデリバリーは、完全に営業終了したのだった。

 新たなる未来へ踏み出すために。





















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方そのころ。


「はっ!!」


 病院のベッドでルルナが目を覚ました。

 関白とのラストバトルの最中、生の黒子を目撃した衝撃で仮死状態になっていたのだが、ようやく復活したのである!!


「こ、ここは……病院? ……く、黒猫ちゃんはどこ!?」


 とうぜん、見舞いになど来ていない。

 しかし、別に構わなかった。

 だって現実での繋がりを得ているから!!


「くっ!! 連絡先を交換してない!! けどいいのだ!! 私は黒猫ちゃんの恩人。松平さんも、さすがにもう私を黒猫ちゃんに紹介せざるを得ない。そして黒猫ちゃんから感謝の……ふふふはははははは!!!!」


 さっさと退院手続きをして、病院を出る。


「ていうか探索スキル・レベルSSSの力で、黒猫ちゃんの住所特定できるじゃん!! よーし、さっそくダンジョンへレッツゴーだ!!」


 それ以上、はしゃぐのはやめてくれ。

 見ていて可哀想になってくる。


 ダンジョンはもう存在しない。

 黒子にしたって先ほど、日本を発ってしまった。


 蔵前ルルナは本当に本当に、とことん残念な女であった。


「待っててね、黒猫ちゃーん!!」

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