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第80話 菊姫の青春

 バイクの音が夜の街に寂しく響く。

 少女、上杉菊姫は自室のベッドに転がって、スマホをいじっていた。


 長い黒髪。

 膨よかな胸。

 弱気な瞳。


 ダンジョンでモンスターの観察配信をしている女の子だ。


 そして、駿河の後輩でもある。


「気持ち悪いかな……」


 眺めているのは駿河とのチャット欄。

 不安に押し潰されそうになりながら、菊姫は駿河からの返信を待っていた。


 チャット欄に新たな文字が刻まれる。


【9月の20だよ】


 それが、駿河の誕生日。


「おとめ座……」


 急いで検索をかける。

 菊姫はふたご座で、駿河はおとめ座。


 今月の相性は、10点中8点。

 悪くない。


「ありがとう、ございます……と」


 先日、菊姫は黒子から、もうすぐダンジョンが無くなることを聞いた。

 もうモンスターたちを観察できないショックはあるが、それ以上に嫌なのが、駿河との関わりが無くなってしまうこと。


 同じ配信者だから、これまで話しかけることができたのに。


 だから、菊姫は決心したのである。


「せんぱい……」



 近々、必ず駿河に告白をすると。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2日後、菊姫は駿河と共に家から近いダンジョンを訪れていた。

 菊姫の冒険者ランクがAになったので、終盤クリアを手伝って欲しい、というのが表の理由。


 本当は、今日、想いを伝えるためである。


「せ、先輩、ありがとうございます。き、来てくれて」


「いいの。私も暇してたし。配信はしないの?」


「あ、はい。たまには、プ、プライベートなお喋りしながら攻略したくて」


「そうね。それもありよね」


 駿河が優しく微笑む。

 綺麗だ。

 見つめているだけで涙腺が緩んでしまうほど、胸が苦しくなる。


 告白したいが、どうやって切り出せばいいのだろう。

 菊姫は生まれてこの方、告白したこともされたこともなかった。


 とりあえず、なんでもいいから話してみる。


「ほ、本当にダンジョン。消えちゃうんでしょうか」


「そうみたいね。ちょうどこの前、黒子たちと今後について話したのよ」


「は、はい。あの、あ、飛鳥先生を倒した人たち、ですよね」


「そう」


 関白撃退の配信は未だにネット上に残っている。

 ヨルヨや太郎など、面識がなくても、菊姫は知っていた。


「ヨルヨはお父さんが仮釈放されたから、家に戻るんですって」


「そ、そのあとは?」


「なんでも、ロリータ系雑誌のモデル兼プロ雀士になるとか言っていたわ。なんというか、勢いで生きてるって感じね」


 ヨルヨは愛くるしい見た目をしているし、強気で前向きな性格をしているので、案外容易く叶ってしまいそうである。


「鎌瀬くんは世界一周しながら配信するんですって。千彩都さんは普通に進学。もちろん、私もね」


「ど、どこの大学に行くんですか?」


「んー、それはまだ決まってないけど、将来的に検事になるつもりね」


「け、検事さん」


「今後また飛鳥関白みたいなやつが現れたら、きちんと責任を取らせなきゃ」


「そ、そうですね」


「菊姫は? ダンジョンが無くなったあと、どうするの?」


「え、えっと」


 なにも考えていない。

 普通の女子高生に戻るのだろうか。

 それとも、ダンジョン以外で配信をするのだろうか。


「まあ、じっくり考えていけばいいわよ。私は二年生だけど、あなたはまだ一年生じゃない」


「は、はい……」


 と話し込んでいると、ダンジョンの中盤まで差し掛かった。

 フロアで、中ボスであるデビルムササビと相対する。


「来るわよ、菊姫」


「は、はい!!」


 デビルムササビは攻撃力こそないが、とにかく素早い動きで敵を翻弄する。

 壁から壁へ飛び回り、隙を突いて突進。あわよくば噛み付いてくるのだ。

 常人では、まず視界にとらえることができない。


「ちっ、さすがに速いわね」


「わ、わ、私に任せてください」


「え?」


 菊姫がスキルを発動した。

 菊姫のスキルは敵を強化するハズレスキル。

 しかし黒子の指導によって、相手の認識力だけを強化し、脳と体のバランスを崩壊させる術を学んだ。


 つまりは、敵の動きを止めることが可能なのである。


「と、止まりました!!」


「よし!!」


 駿河の峰打ちによって、デビルムササビは気絶した。


「すごいわ菊姫。完全にスキルを使いこなしているのね」


「あ、あの……がんばりました」


 褒められた。

 大好きな駿河に褒められた。


 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。


 もしかして、告白するなら今なのか。

 そう、期待に胸を膨らませていると、


「あ!! 駿河さんに菊姫さん!!」


 ダンジョンの奥から黒子が現れたのだ。


「黒子!! どうしてここに?」


「デリバリーです!! 奇遇ですね!!」


「ホント、奇跡ね」


 駿河が黒子のもとへ駆け寄る。

 2人でお喋りをはじめる。


 黒子は嬉しいそうに笑って、駿河もまた、微笑んでいた。


 優しい笑顔。

 だけど、菊姫には見せたことのない笑顔。

 愛おしいものが側にいるときの、心のすべてを解放しているときの、笑顔。


 そんなものを見せつけられたら、菊姫は察するしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 菊姫だって黒子のことは好きだ。

 可愛いし、勇気があって、優しい。

 尊敬している。憧れている。


 黒子と駿河。お似合いじゃないか。

 惹かれあって当たり前。

 なんでそんなことに、いままで気づかなかったのだろう。


「……菊姫」


 ハッと我に帰る。

 もう夕方。群青色が、空の水色を侵食し始めている。


 2人は無事にダンジョンをクリアし、一緒に帰っていた。

 オレンジ色の日差しが眩しい。


「ぼーっとしていたけれど」


「へ、平気です」


「そう」


 もうすぐバス停に着いてしまう。

 そこで駿河とは別れてしまう。


 告白したかったのに。


「さっきの誘い、どうするの?」


「へ?」


「黒子が、もし今後も配信を続けるなら協力させてって、言っていたじゃない」


「え、あ、えっと」


 聞いていなかった。

 それどころではなかったから。


「黒子も今後のこと悩んでいたから、いっそ2人で配信者グループを作ってもいいかもね」


「そ、そうですね」


 悪くない。

 黒子と一緒なら何でもできる気がするし、楽しそうだ。


 だけど、もうこの話はやめて欲しかった。


 黒子について語っている時の駿河は、あまりにも幸せそうだから。





 諦めないでみようか。

 チャレンジしてみようか。

 賭けてみようか。

 もしかしたら、上手くいくかもしれない。


 そうであってほしい。


「あの、先輩……」


「ん?」


「……」


「どうしたの?」
















「……なんでも、ないです」


「そ、そう」


「じゃ、じゃあ、このへんで」


「えぇ。菊姫」


「……」


「本当に大丈夫? なんだか様子が変だけど」


「す、少し疲れただけです。今日は、ありがとうございました」


 走りだす。

 逃げ出すように。


 なんで言えなかったのだろう。

 どうして伝えられなかったのだろう。


 駿河は優しいから、仮にダメだったとしても、そっと丁寧に、傷つかないように応えてくれたはずなのに。


「せんばい……」


 疲れて立ち止まる。

 終わった。

 終わってしまった。

 いや、終わりにしよう。


 自分には無理だったのだから。

 たぶん、自分は二度と、告白などできない。


 悲しいまでに確信している。


 ならば、前を向かなくては、ずっと辛いままだ。


「せんぱい……」


 配信一筋で生きていこう。

 日本は自然で溢れているから、森や川の動物を観察していこう。


 そうしよう。

 黒子に相談したりして、やっていこう。


「駿河先輩」


 本当に、大好きだった。

 初恋だった。

 抱きしめて欲しかった。


「あああああああ!!!!」


 こうやって気持ちを吐き出したのはいつ以来だろう。

 菊姫の恋は、沈む夕日のように、消えていった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


次回、最終回です。

あとがきは書きません。


黒子たちを応援してくださり、本当にありがとうございました。

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