第79話 飯島ゆゆ その3
「燃え死ね!!」
綾子が火炎を放射する。
「くっ!! ウォーターバリア!!」
水属性のバリア装置が円形に展開され、黒子たちを火炎から守った。
偶然、というより僥倖。ゆゆが黒子に依頼していなければ、いまごろ燃やされていた。
「ケチ臭えな!!」
綾子は炎を消すと、そのまま突っ込み、
「ひっ!!」
バリアで覆いきれていない隙間を縫って、黒子に接近。
「ボケが!!」
平手打ちを浴びせた。
「きゃっ!!」
さらに押し倒して、
「ボケが!! 親に逆らってんじゃねえよ!! だれがお前を育てたと思ってんだよ!!」
一方的に殴り続けた。
顔を、腹を殴り、髪を引っ張り、頭を地面に叩きつける。
黒子はただ、可能な限りの防御しかしていない。
「ごめ、ごめんなさい!!」
なぜ謝っているのか、なぜ反撃しないのか、側で見つめているだけのゆゆには理解できなかった。
だって黒猫黒子は強いはずだろう。
綾子より凶悪な飛鳥関白にも、恐れず立ち向かっていたはずだろう。
「黒猫……」
ようやく、ゆゆは理解した。
黒猫黒子とは分かり合えないと思っていたが、違う。
彼女はとっくに過去を乗り越えたのだと決めつけていたが、違う!!
必死に忘れようとしているだけなのだ。
当時を思い出さないよう、避けていただけなのだ。
乗り越えてなどいない。
現に、こうして過去と対峙した途端、黒子は別人のように萎縮している。
ゆゆがよく知る、おどおどして臆病な黒子に。
暴力や悪意に逆らえない、弱気な少女に。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「ごめんなさいで済むかクソガキ!! 燃やし尽くしてやる!!」
このままでは本当に黒子は死んでしまう。
そして、自分も。
「くっ!!」
自分だって怖い。
けれどそれ以上に、憎たらしい。
親を殺し、ついには昔馴染みまで殺そうとしている。
助けなくては。
かつて、黒子をいじめてしまった罪を償うためにも。
「うわああああ!!!!」
気迫のままに、ゆゆは綾子にタックルをした。
そして、地面に落ちたウォーターバリアを広い、綾子に向ける。
「なにすんだガキ!!」
「いまさら、私たちの前に出てくるな!!」
バリアを展開し、さらにスキルを発動する。
奇しくも、ゆゆのスキルは水属性魔法のスキル。
まだレベルBと心もとない強さだが、ウォーターバリアを掛け合わせ、威力を上げることができる。
「悪夢に帰れ!!」
ウォーターバリアの水が、穴の空いたダムのように綾子へ放水される。
ゆゆのスキルによって激流が無限に溢れ、綾子を襲い続けた。
「うがっ!! やべろ!! 溺れる!!」
全身を覆うほどの量の水が止めどなく綾子に降りかかる。
とても呼吸などできない。
勢いに抗うこともできない。
「っば!! ああああ!! ぐばばば!!」
「消えろ消えろ消えろ!!!!」
自分の前から、黒子の前から、2人の過去から。
これ以上、綾子に苦しめられる人生は、まっぴらなのだ。
「だ、だずけ……」
「誰があんたなんか助けるか!! あんたは、存在しちゃいけないんだよ!!」
「ごっ……ぐっ……」
「頼むから死ん……」
そのとき、
「飯島さん!!」
黒子に腕を掴まれ、ゆゆはスキルを解いた。
「な、なんで止めるの!?」
「もう、再起不能です。これ以上は、死んじゃいます」
綾子は酸欠により気を失い、地に伏していた。
「殺しても……」
「ダメです。お願いですから、飯島さんは罪を背負わないでください」
「あんただってこいつに死んでほしいと思ってんでしょ!? これは正当防衛!!」
「殺したら、この人は永遠に、ゆゆさんの記憶に残り続けてしまいます」
ポロポロと、黒子の瞳から涙が溢れる。
腕を掴む力が弱くなる。
いまなら振り解ける。
けれどーー。
「これでもう、本当に終わりにしましょうよ」
「……」
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その後、救助隊と警察に通報を入れて、綾子は連行された。
医者の見立てでは、酸欠により脳が損傷。
脳に障害が残り、運動能力と言語能力、そして視力を失った。
「あ〜、あ〜、あ〜」
意思があっても伝える術がない。
永遠の暗闇に包まれ、逃げ出すこともできない。
さながら、かつて己が絶望に叩き落とした、黒子やゆゆのように。
「あ〜!!」
食事も、排泄も、自分一人ではロクにできない。
赤ん坊も同然の状態。
もちろん、自ら命を断つことすら不可能だろう。
屈辱と羞恥にまみれて老衰を待つしかない。
生きていることすら苦痛となる地獄へ、綾子は堕ちたのだ。
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さらに数日後。
「お、お待たせしました」
黒子は待ち合わせの駅前に、少し遅れて到着した。
「遅い」
「ご、ごめんなさい」
待ち合わせの相手は、飯島ゆゆ。
あのときはバタバタしてしまったから、後日改めて会おうと約束していたのである。
「とりあえずご飯でも食べましょうか」
「は、はい!!」
「ちょっと、同級生なんだから敬語はやめてよ」
「え」
ゆゆが頬を赤らめる。
小っ恥ずかしそうに、黒子を見つめる。
同じ苦しみを背負う少女。
その苦しみを、慰め合える相手。
「友達に、なるんでしょ」
黒子の相好が明るくなった。
喜色満面。
熱ってしまうくらいに、嬉しい感情が漏れだした。
「はい!!」




