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第78話 飯島ゆゆ その2

 洞窟のダンジョンを黒子とゆゆが進んでいく。

 このダンジョンは中腹部を超えたあたりから、モンスターのみならず罠が冒険者たちを襲うようになる。


 電撃を浴びせる地雷や、どこからともなく吹いてくる砂嵐。

 とくに恐ろしいのは、壁に埋め込まれた大砲から発射される火球。


 ひどい箇所では回避不能の弾幕となって迫りくるが、黒子がデリバリーした『ウォーターバリア』を用いれば簡単に防げるだろう。


「ふぅ、なんとか火球地帯を抜けましたね」


「前回来たときは諦めちゃったけど、バリアがあるとマジで楽」


「あはは、助けになってよかったです」


 黒子の顔を、ゆゆがじっと見つめる。

 もういじめられることはないにしても、やはり過去のトラウマがあるせいか、黒子は視線を逸した。


「な、なんでしょう」


「あんた、ほんとに変わったね。昔はおどおどビクビクしてたのに」


「え、だってそれは……」


「私が手を出す前からそうだったでしょ」


「でしたっけ」


 子供の頃の記憶はなるべく掘り返したくない。

 まだ親と一緒に暮らしていたとき、黒子は常に怯えていた。

 すぐ怒り、怒鳴る両親のせいで。


 あのころの黒子は、他人の顔色ばかり伺っていた。


「それが今や、殺人鬼を倒したヒーローだもんね。ニュースで知ったときはビックリしたわ」


「あ、あはは。友達と一緒だったおかげです」


「ふーん」


「はい」


「……」


 もう何度目かの沈黙。

 さすがに黒子も慣れてきて、気にせず先を進み続けた。


 不思議な感覚が黒子の内側から湧いてくる。

 あんなに恐ろしかった人と、肩を並べて歩いているなんて。


「飯島さんの冒険者ランクはなんですか?」


「A」


「じゃあ終盤までいけますね。少し休みますか?」


「あー、うん。……てかさ」


「はい?」


 ゆゆの目つきが変わる。

 真剣で、心から想いを伝えようとしている眼差しへと。


「ごめん」


「……え」


「あのとき、ひどいことしてさ」


「な、なんですかいきなり。もう過ぎたことですよ」


「でもさ」


「しょうがないことだったんですよ。人を殺した親と、親を殺された子供。私たちの関係は、歪みすぎていました。良心と寛容な精神を持って乗り越えろなんて、小学生には酷過ぎましたから」


「……そうかな」


「そうです」


 まるで今は乗り越えたような言い方に、ゆゆは少し嫌悪感を抱いた。


 やはり自分とこいつは分かりあえない。

 立っている場所が違う。


 黒猫は親を心底軽蔑するだけで済む話。

 でも自分は違う。失ったものは取り返せない。

 友達が家族の話をするたびに、自覚する。思い出す。


 乗り越えられるわけがない。


「いいね、あんたは」


「へ?」


 その瞬間、


「……いまの、聞こえました?」


「う、うん」


 トンネルの奥から、『ミチャ、ミチャ』と気味の悪い水音が聞こえてきた。

 なにかを食べている音に近い。

 

 だがこのダンジョンには、肉を食べるようなモンスターは存在しない。

 主食が土の虫やスライム。

 体液を吸い取るコウモリくらいだ。


 おそるおそる、近づいてみる。

 すると、


「うそ……」


 ボサボサの長い髪をした、小汚い中年の女が、コウモリを食べていた。

 シミだらけの顔面、細すぎる腕、白髪混じりの髪。

 パンツだけを履いた、異様な出で立ち。


 まるで野蛮な老婆。

 だが、その女性が老婆とは言い難い、齢40歳前後であることを、2人は知っていた。


「な、なんで……」


 女性が顔を上げる。

 黒子と目が合う。


「驚いた。お前、黒子か」


「お、お母さん……」


 脱獄した黒子の母、黒猫綾子がそこにいた。


「ひっ」


 ゆゆが腰を抜かす。

 これは悪夢かと脳内で自問自答する。

 見間違うはずがない。

 どれだけ年月が経っても、ハッキリと覚えている。


 自分の親を騙して金を奪い、挙げ句殺した張本人なのだから。


「そこのガキは……。はん!! 飯島んとこの子供か。え、まさか」


 綾子はコウモリを投げ捨て、立ち上がった。


「お前ら、警察に頼まれて私を探しにきたのか? えぇ!? どうなんだよ黒子!!」


「あ、あ……」


「ハッキリ言え!! このマヌケ!!」


 蘇る。

 乗り越えたはずの過去。

 忌々しい記憶。


「言えってんだよクソガキ!!」


 あのころも、こうやって怒鳴られていた。

 ご飯など作ってもらったことがない。

 プレゼントすら貰ったことがない。


 誕生日もクリスマスもお正月も、黒子は泣いていた。

 泣いては蹴り飛ばされ、気を失うように眠っていた。


 小学生になる前から黒子は、親が家にいてほしくないと、心の底から願っていた。


 異常である。


 恐怖が、黒子の喉を締め付ける。

 苦しい。自由に呼吸ができない。


「ち、ちが……」


「違う? ……そうか、そうだね。私の居場所が把握できているなら、もっとマトモなやつを送り込むか」


「ど、どうしてここに……」


「どうしてって、脱獄したからに決まっているだろうが、バカが」


「え? え?」


「わかんないのか? 相変わらずバカなガキだなお前は」


 事の顛末を説明すると、こうだ。

 そもそも、綾子の脱獄は看守を誘惑して行われた。

 若い頃から男を利用し乗り換えて生きてきた女だ。意志が弱く、経験の浅い新米程度なら意のままに操れる。


 そして脱獄後、適当に狙いを定めた女の財布を盗み、現金を得た。

 その際、ダンジョンに入るための身分証カードも一緒に手に入れたのである。


「ふん、ダンジョン運営とやらも不用心だね。ちゃんと本人か確認しないなんてさ」


「な、なんでわざわざダンジョンに!!」


「飛鳥関白、だっけ? あいつ、ダンジョンに隠れ続けていたんだろう? ニュースやってんのを刑務所のテレビで見たよ。あんなもんにできるなら、私にだってできるさ」


 考えが甘い。

 関白には持ち前の狡猾さと、ワープサファイアがあったから長期に渡る逃亡が可能だったのだ。


 2人の喉がみるみる乾いていく。

 脱獄犯を発見してしまった。

 どうすればいい。

 黒子も、ゆゆも、固まったまま動けない。


 ショックのあまり思考が鈍り、判断力が失われている。


「見られたともなれば、生きて帰すわけにはいかないよ」


「お、お母さん……」


「なにがお母さんだよ。一回も面会に来ない親不孝のクズが。お前を殺すことになーんの躊躇いもない。だって望んで産んだガキじゃねえからなあ!!」


「っ!!」


「お前の父親との縁を繋ぎ止めるためにしょうがなく産んだだけだカス」


「……」


「けど、あんな男と付き合っていなければ、私は今でも自由に生活できたんだ。後悔してるよ。あんたが死産だったら、私は別の男と結婚できていたんだからねえ」


「そんなの……」


 後悔ではない。責任転嫁だ。


「私がこうなったのは、お前のせいだ!! ぜーんぶお前のせいだ!! お前が私を不幸にしたんだ!! お前が!! そこのガキの親を殺したようなもんなんだよ!!」


 夫と共に詐欺と殺人を働いたことに、黒子は一切関係ない。

 綾子らが勝手に企て、決行したことだ。


 もちろん、夫の命令などではない。完全な共犯である。


「ずっと邪魔くさいと思ってた。泣くわ気味悪いわ目障りだわ。ずっと殺したいと思ってた。ははは、叶っちまうよ。脱獄できた上に臭えガキを殺せるなんてラッキー!!」


 黒子だって綾子が嫌いだ。

 嫌いどころではない、憎悪すら抱いている。


 それでも、この仕打ちは、あの言葉は、耐えられない。

 子供が、親に存在を否定されるなんて、あってはならない。


 ゆゆが黒子の異変に気づく。


 泣いている。

 幼いあのころのように。


「黒猫……」


 綾子の全身が猛々しく燃え上がった。

 炎属性の魔法スキルであろう。


「産んだときはかなり辛かったからね。あんたも苦しみながら死ねよ」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


胸くそ悪いですね。

飛鳥関白は性癖が異常なサイコパスでしたが、一応、普通の教師として子どもたちに接する表の面がありました。

でも綾子は正真正銘のクズ。表も裏も真っ黒です。

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