第77話 飯島ゆゆ その1
「どうぞ、お入りください」
早朝、黒子の家に警察が押しかけてきた。
何事かとヨルヨが尋ねるも、黒子は険しい顔つきで黙ったまま、答えない。
警察は家を片っ端から調べ、何度も黒子に質問する。
ここ数日なにをしていたのか。証拠はあるのか。
まるで犯罪者のような扱い。
彼らが去ったあと、黒子は大きなため息をついた。
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「おおおおお待たせしましたーっ!!」
今日も黒子は荷物を運ぶ。
ダンジョンで困っている人を助けるのが、ダンジョンデリバリーを営む彼女の仕事なのだ。
本日の依頼はウォーターバリア装置。
球体のアイテムで、スイッチを押すと水属性のバリアが出現する。
炎属性の攻撃なら、ほぼ間違いなく防御できるだろう。
指示されたダンジョンは『シナイ』と呼ばれる山のダンジョン。洞窟に地下はないが、迷路のように入り組んでいる。
その中盤で、黒子は依頼主と相対した。
「あ」
「え」
ウェーブのかかった茶色の髪。
高い身長。つり上がった眼差し。
「飯島ゆゆさん……」
「あんた、黒猫……」
小学生時代、黒子の父親に両親を殺され、腹いせに黒子をいじめていた同級生、飯島ゆゆであった。
やっぱりか。と黒子が納得する。
依頼人の名前はあらかじめ知っていたのだが、『飯島ゆゆ』という名前を目にした際には、まさか彼女だとは思わなかったのだ。
というより、思いたくなかった。
忌まわしい記憶の象徴。
同姓同名の別人であってほしいと、願っていた。
「ひ、久しぶりですね」
「うん……。まさか再会するなんて想像もしてなかった」
「知ってて、依頼したんじゃないんですか?」
「フォロワーにおすすめされて、よくわからないまま依頼したから」
「なるほろ」
「でた、それ」
「へ?」
「なるほろってやつ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「別に怒ってないし」
「……」
気まずい。
圧倒的気まずさ。
「まあ、その……ご注文の品です」
「ど、どうも」
「サインをお願いします」
「わかった」
かつて自分をいじめた相手。
しかし、苦手意識があるだけで憎んでいるわけではない。
謝罪してほしいわけでもない。
彼女とて被害者。幼いながらに、親を殺された怒りをぶつけたかっただけなのだ。
娘の黒子は無実なのだから、なんて、小学生に納得できるわけがない。
「はい」
「ありがとうございます」
「ねえ、私のところにも連絡来たんだし、あんたも知っているんでしょ」
「……はい」
死刑囚である黒子の父親が、先日亡くなった。
刑が執行されたのである。
「でも、私には関係ありません。親とも思っていません。ただの、野蛮な死刑囚。それだけです」
「母親とは会ってるの?」
「まったく。というか、一度も面会してません」
母親は夫と共に詐欺と殺人に関与したとして、無期懲役刑を受けている。
「じゃあ、『あんたのとこ』にはいないんだね」
「はい。今朝方、警察の方々が家に来ました」
「そっか」
その母親は現在、逃亡中であった。
つい昨日のこと。黒子の母親が、脱獄したのである。
行方など、当然黒子は知らない。
「はやく見つかってほしい」
「そうですね」
「……」
「……」
またまた気まずい。
サインも貰ったし、帰ってしまおうか。
いや、せっかく再会したのだから、もう少しくらいお話してもいいかもしれない。
「こ、このアイテム。この先で使うんですよね? たしか火炎弾を発射するトラップがあったはずでしたから」
「うん。まあ」
「配信はしないんですか?」
「普段はしているんだけど、今日はいいや。そんな気分じゃないし。ここに来たのだって、たんなる気晴らし」
「そうなんですか」
「うん」
続かない。会話がまったく続かない。
無理して話す必要なんてないのではないかと思うくらい、あまりにも相性が悪かった。
「い、一緒に行きます? この先」
「え」
「ど、どうでしょう。小さな同窓会的な」
「べ、べつに、ダメじゃないけど」
こうして、黒子とゆゆのダンジョン攻略がはじまったのだった。
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※あとがき
実は飯島ゆゆちゃん、第8話に登場しております。
黒子の過去回ですね。
先に明かしてしまいますと、その話に登場するもうひとりの少女は出てきません。




