第74話 黒鉄黒小次郎 その2
黒鉄黒小次郎は麺から拘る男である。
決してインスタント麺など使用しない。
蕎麦粉からはじめるのである。
「割り粉が少なくすぎる。うちは二八蕎麦だぞ」
「は、はい!!」
「もっと手際良く水と混ぜるんだ!!」
「はいぃ!!」
黒子、人生初の料理。
案の定、苦戦しているようである。
「切るときはもっと均等に。お前まさか、包丁握ったことないのか?」
「は、はい……」
「……ワシ、死んだな」
「そんなこと言わないでください!!」
どうにかこうにか、一杯のかけ蕎麦が完成。
ツユは黒小次郎が作ったものが残っているで、それを使用している。
「ど、どうでしょう」
「ツユはいい」
そりゃお前が作ったもんだからな。
「しかし麺が……硬すぎるし、粉っぽい」
「うぅ、まだまだ、頑張ります!!」
「その意気だ!!」
たぶん、太郎を呼んで彼と代わった方がマシなのだろうが……。
そこは我らが黒猫黒子。
困難は自らの手で突破する女である!!
とはいえ、
「うぅ、腕が痛いです……」
料理初心者が、最低でも100人を満足させなくてはならないわけで、おそらく、いや十中八九、無理に近いだろう。
「あ」
と黒子が閃いた。
美味しい蕎麦をたくさん作れるアイテムを生産すればいいのでは、と。
さしずめ自動蕎麦ロボット!!
確実に効率が上がるはず。
さっそく黒小次郎に提案しようとした、そのとき、
「ぐっ、がはっ!! ゴホッ、ゴホッ」
黒小次郎が苦しそうに咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「平気さ。へへ、肺がんってのはしんどいな」
そう言いながら、タバコを吸い始める。
喫煙しているから癌になったのに、まだ吸うのか。
黒子が眉をひそめた。
「けっ、もう癌なんだ。吸ったって一緒だろ」
「でも……」
「お前さんを見ていると、死んだカミさんを思い出すぜ」
「奥さんですか?」
「あいつもタバコを反対してた。いや、タバコだけじゃねえ。……昔な、ワシは目先の利益ばかりを追って、安い麺やダシを仕入れて蕎麦を打っていたんだ」
遠くを見ながら、語りだす。
「カミさんは反対したんだが、お前を食わせるためだ。楽させるためだって黙らせてよ。でも結局、味が落ちて客は減り、閉店しちまった」
「……」
「余計に苦労をかけてよ、そのせいでカミさんは……。だから俺は、蕎麦作りには一切妥協しねえのさ。一から手作りの蕎麦で、カミさんが美味しいと言ってくれた蕎麦で客を喜ばせる。それが、カミさんへの誠意なのさ」
「黒小次郎さん……」
ならきっと、アイテムで効率アップなど許してはくれないだろう。
というより、黒子もその気がなくなっていた。
作るのは、黒小次郎の蕎麦なのだ。
決して、アイテムに頼った蕎麦ではない。
黒小次郎の人生と情熱をかけた、手作り蕎麦でなくてはならないのだ!!
「私、もっと頑張ります。だからひとつ約束してください」
「約束?」
「無事、実績を解除したら、タバコをやめてください。奥さんの分まで長生きするために」
「……へっ、いいだろう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから、黒子の猛特訓がはじまった。
朝から晩まで蕎麦を学び、夢の中でも蕎麦を打つほどに情熱を注いでいた。
さらには、
「駿河さん、お願いがあります」
「なに?」
「駿河さんの配信で、宣伝してくれませんか? いくら味がよくても、隠し部屋に100人も来ないので」
「えぇ、任せて」
あとは、問題となる蕎麦だけ。
黒子の修行は続き、ついに。
「ど、どうでしょう、黒小次郎さん」
「……ふっ」
「どきどき」
「器用なやつだな。はじめの頃とは大違いだ」
「え!! じゃあ!!」
「ワシの味にはまだ程遠いが、これなら充分だ。当日は、ワシも休み休み手伝うしな」
「やったーーっ!!」
黒小次郎の誇りと人生をかけた、戦いがはじまる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「急げ黒子!! 麺が間に合ってないぞ!!」
「は、はい!!」
決戦当日。駿河による宣伝も相まって、ダンジョン蕎麦屋にはそれなりの客が押し寄せていた。
もちろん、黒小次郎のチャンネルで配信までしている。
・がんばれ
・地方住みじゃなきゃ行ってた
・黒子弟子入りしたの?
・もう30人は来た?
とはいえ、店を構えているのはダンジョンの中盤。辿り着ける冒険者は限られている。
序盤でもよかったのだが、狭い通路やフロアしかないので、関係ない冒険者の邪魔になる可能性も高く、諦めたのだ。
しかも、
「美味しいよ、黒猫ちゃん」
「うーん、俺は少し苦手かな」
「麺の硬さが均等じゃないね」
「そう? 俺は美味いと思うよ」
「攻略の最中に食べるから美味いのであって、これ目的で来たら微妙に感じるかも」
客の反応もバラバラである。
100人が食べても、100人全員が幸福にならなくては意味がないのだ。
もうすぐ日が暮れる。
ダンジョンにいる人も少なくなっていく。
「うぅ、私には、無理なのでしょか」
「大丈夫だ」
「黒小次郎さん……」
「蕎麦を……信じろ!!」
蕎麦の魅力を信じられなくてどうするか。
美味しければ、きっと届くはずなのだ。
「ですが、お客さんが少なくなっていきます」
「食ってくれるやつがいねえか……。配信でどうにかならねえもんか」
「うーん」
瞬間、黒子の脳に電流が走る。
この窮状を打開する閃き。
アイデアが!!
「もしかすると、いけるかもしれません」
「策があるのか?」
「夕暮れになれば、人は少なくなる。でも、代わりに」
モンスターは、とくに人間に近いゴブリンは、夜に狩をすることが多い。
「アイテムを生産します!!」
生み出すのは客寄せのため。
「芳香剤と、メスゴブリンの体毛を融合!! これで」
メスゴブリンのフェロモンを漂わす芳香剤の完成である。
そう、ゴブリンをお客さんにするのだ。
もちろんお金は貰えない。
人とは味覚が違うから、食べないかもしれない。
それでも、賭けるしかない。
蕎麦の可能性に!!
さっそく、匂いにつられたオスゴブリンがやってきた。
「どうぞ」
摩訶不思議な料理に、ゴブリンは首を傾げている。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「信じてください、蕎麦の力を!!」
「ふふ、言うじゃねえか」
ゴブリンは指で麺を掴むと、口に含んだ。
器を手に持ち、ツユをすする。
次第にそれらの動作が、速くなる。
ズズズと、勢いよく麺をすする!!
言葉にされなくてもわかる。
ゴブリンが蕎麦に夢中になっているのだ。
・すげええええ
・問題はゴブリンもカウントされるのかどうか
・うおおおおお
・ゴブリンにも味覚あるんだな
「黒小次郎さん!!」
「ふっ、嬉しいね。モンスターまで喜んでらあ」
完食したオスゴブリンが、仲間を引き連れて蕎麦を紹介し始めた。
そのゴブリンたちも、他の仲間を連れてくる。
あとはもう、ネズミ算式にダンジョン中のゴブリンが集まって、黒子と黒小次郎の蕎麦を食し始める。
そして、
「あ!!」
フロア内に、七色に輝く宝箱が出現した。
中身はもちろん、デメリットを打ち消す、魔力石。
実績解除である。
黒子の蕎麦が、いや、黒子と黒小次郎の蕎麦が奇跡を起こしたのだッッ!!
「ありがとうな、黒猫黒子」
黒小次郎の瞳が、潤みだした。
大仰に感動するのは憚れるのだろう、照れ隠しをするように、タバコを咥える。
「黒小次郎さん」
「おっと、そうだったな。約束だった」
その後、黒小次郎の癌は完全に消滅した。
これからも彼は蕎麦を打ち続ける。
ダンジョン冒険者たちのために。腹をすかせたモンスターのために。
彼の名前は黒鉄黒小次郎。
ダンジョンで屋台を構える、蕎麦屋さんである。




