第73話 黒鉄黒小次郎 その1
飛鳥関白が消えて、ダンジョンに平和が戻った。
冒険者たちは自由に攻略に勤しみ、視聴者たちもワイワイ楽しんで視聴していた。
だが、彼らは知らない。
もうすぐ魔王がダンジョンと共に異世界へ帰ることを。
「あと、一ヶ月と少しか……」
黒子は壁掛けカレンダーを眺めながら、小さくため息をついた。
ダンジョンが無くなったあと、何をして生きていこう。
お金なら株やFXでどうにかなるけど、それだけだと退屈だ。
「まあ、まだ先の話か」
もうすぐそこの話なのだが。
「ん、依頼がきた」
久しぶりの、デリバリー業再開である。
しかも、依頼主は……。
「え!? く、黒鉄……黒小次郎……さん?」
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黒鉄黒小次郎とは、ダンジョンランドリー経営者兼、蕎麦職人である。
ダンジョンの隠し部屋で美味しい蕎麦の打ち方を配信しながら、訪れた人の服をランドリーするのだ。
あらためて紹介すると意味不明な男である。
「えーっと、依頼品は……お、『なんでもなお〜る』ですか」
黒子自慢の漢方薬である。
様々な素材を組み合わせ、あらゆる病気を治してくれるのだ。
黒子の血の気が引く。
こんなものが必要ということは……。
とにもかくにも、指定されたダンジョンの、中盤にある隠し部屋に向かう。
行き止まりのエリアの壁のくぼみに、魔力石をハメれば開くのだが、
「もう開いてる……」
なんだかとっても嫌な予感がする。
おそるおそる先に進むと、
「お、お待たせしました〜」
黒鉄黒小次郎が、屋台を開いていた。
「え」
「来たか」
のれんにはデカデカと、渋い文字で『くろがね蕎麦』と書かれていた。
「あの、えっと……」
「久しぶりだな。あのとき一緒だった、エロい姉ちゃんはどうした」
ルルナの母、ララナのことである。
前回はララナに付き添う形で、黒小次郎に会っていた。
「今日はいません。それより、あれ、ダンジョンランドリーは?」
「あぁ、もう辞めたよ」
「辞めたぁ!?」
「いまは、蕎麦一筋さ」
「な、なんでですか!?」
黒小次郎は懐からタバコを取り出すと、躊躇いなく火をつけた。
食品を扱う身なのにこの態度。ザ・昭和のおっさんである。
「ランドリーは、ワシの洗濯スキルが無駄にならんようにはじめた副業だ。本職は蕎麦だよ。ワシは……蕎麦と共に生きてきたからな」
「はぁ……」
つまり、ダンジョンランドリーからダンジョン蕎麦屋さんになったわけである。
なんだか残念だと黒子が落ち込んでいると、
「大将、やってる?」
冒険者の男性が、隠し部屋にやってきた。
黒小次郎はかけそばを一杯注文されると、ササッと麺を茹で始める。
「攻略で腹減ったときに、ちょうどいいんだよな〜、ここの蕎麦屋」
「へっ、だったらたまには、かけそば以外も頼んでほしいものだよ、貧乏人」
「はは」
ランドリーは辞めても、蕎麦職人としてダンジョンをサポートしているようだ。
黒子より先にダンジョンでの仕事をはじめた大先輩は、未だ健在のようである。
ただひとつ、不安はあるが……。
「あの、黒小次郎さん、そろそろご注文の品を……」
「おう、どうも」
「サインをお願いします」
「いいだろう」
客がいなくなったタイミングで、黒子は切り出した。
「……あの、これって」
「あぁ、実は……癌でな」
「癌!? だからこの薬を……。え、でも」
「そう」
漢方薬には、HPにも記載しているデメリットがある。
副作用として、五感のひとつを、下手をすれば2つ以上を失う。
蕎麦職人としては、あまりにも致命的。
「念の為買ったわけなんだが……飲む勇気がな……」
「そんな……」
なにか策はないだろうか。
漢方薬のデメリットを打ち消しながら、癌を完治させる手段。
先輩ダンジョンサポーターを、見殺しになんてできない。
「あ」
「どうした?」
「実績って、知ってますか?」
「ダンジョンで特定の条件をクリアすると貰える、報酬みたいなもんだろ?」
「はい。さすがの私も全部を達成したわけじゃありません。ですが、知っているんです。このダンジョンに隠された実績と、その報酬」
「それは?」
報酬は、あらゆるデメリットを打ち消す特殊な魔力石。
まさに好都合な、うってつけのダンジョンアイテム。
しかし、その実績解除の条件は、
「このダンジョンのひとつのエリアに留まり、1日間で100人を幸福にすることです」
「……なるほど、なら、蕎麦しかねえか」
「黒小次郎さんの腕ならきっと大丈夫ですよ!!」
食べたこともないくせに。
「いや、ワシには無理だ。そんなに体力がもたない」
「え!?」
「歳と病のせいだろな。だから黒猫黒子。お前に頼みたい」
「頼みたいって……」
「ワシが教える。お前が、蕎麦で100人を満足させるのだ」
「え、ええええ!? むむむ、無理ですよ!!」
黒猫黒子は15年という短い人生のなかで、一度も料理をしたことがない。
鎌瀬太郎が弟子になるまで、晩御飯はコンビニ弁当かインスタント系、よくて外食やデリバリーである。
強いてひとつ手料理を作ったとすれば、卵かけご飯のみである。
「そ、そんな私が、蕎麦を……?」
「無理にとは言わねえ。たかがやつれた老人ひとり、お前さんが救う義理はねえ」
そんなこと言われたら、救わざるを得ないのが黒子の性質である。
「わ、わかりました。私、がんばりますっ!!」




