第60話 無敵野マオ その2
「ま、魔王!?」
「なにを驚いておる。モンスターがおるんじゃ、魔王もおるじゃろ」
「な、なるほろ……」
の割には、威厳がない。
人間離れした美貌とお胸をお持ちのようだが、ジャージ姿でタブレットをいじる様は、まるで寂しいOLの休日。
せめてそれ相応の、異形感のある服装をしていれば、信憑性があったものを。
「ほれ、なにをしておる。頼んだものをよこさんか」
「あ、はい」
依頼されたのは雷属性の魔力石。
「えっと、じゃあ、こちらにサインを……」
「ほいほい。ところで黒猫黒子よ。お主に頼みがある」
「はい?」
「このタブレットと、依頼した魔力石を融合して、絶対にバッテリーが減らないタブレットを『生産』してほしいのじゃ」
「え、まあ、いいですけど……。あの、魔王なのに、ここで何をしているんですか? タブレットなんて持っていますし」
「はは〜ん。さてはまだ疑っておるな?」
「だ、だって……」
ダンジョンなのだから魔王がいてもおかしくはない。
その理屈はわかる。が、やはり黒子の目には、彼女が恐ろしい魔王のようには見えなかった。
「いいじゃろう。お主はすべてのダンジョンをクリアした強者。ダンジョンの秘密を教えてやろう」
「な、なんで私が、すべてのダンジョンをクリアしてるって知っているんですか……」
名前や、生産スキルに関してはHPで公開している。
しかし、ダンジョンクリアの実績に関しては、駿河を含めた極一部の人間しか知らないはずなのだ。
「ふっふっふ、妾はダンジョン内のすべてを知っておる。……さて、ダンジョンの秘密じゃったな。まあシンプルに言えば……逃げてきた」
「逃げてきた?」
「妾の領地を広げるために、ちーっと悪さをしすぎての。人間の怒りを買ったんじゃ。さすがの妾もピンチになってのお。断腸の思いで、最後の力を振り絞り、別の世界。つまりこの世界に逃げてきたわけじゃ」
「じゃあ、ダンジョンは……」
「もちろん、妾の土地じゃ。知らん間に奪われては敵わんからの。一緒に転移したのじゃ。最初は、ほとぼりが冷めるまでいるつもりじゃったが、案外心地よくての〜」
「なるほろ……」
故にダンジョンは突如としてこの世界にやってきたのだ。
真偽の程はともかく、ゲームや漫画に登場するような悪い魔王ではなさそうである。
関白の仲間、でもないのだろう。
つまり、新生ドットマジェスティに指示を出した『女性』は、別にいるわけだ。
言われた通り、タブレットと魔力石を融合してあげる。
「とくにこれで配信を見るのが好きなんじゃ」
「ダンジョン配信ですか?」
「んなもん見るわけないじゃろ。さっきも言ったが、妾はダンジョンで何が起こっておるのかぜーんぶ知っとる。第一、ダンジョンは妾の土地じゃ。勝手に入って好き勝手しおって。力が回復するまで隠居していたいから大事にはせぬが、本当は不愉快なんじゃぞ!! 見ているのは普通の配信じゃ。メントスコーラじゃ」
「ご、ごめんなさい……」
「わかればよいのじゃ。あ!! そうじゃ、せっかくじゃから加湿器を生産してくれんか? 妾は敏感肌なのじゃ」
「い、いいですけど……」
「もちろん、全自動じゃぞ」
黒子の『何でも入るリュック』には、様々な家電が収納されている。
黒子は市販の加湿器を取り出すと、雷と水の魔力石で融合させた。
これで、無限に動き続ける上に水を足す必要のない、高性能加湿器が完成したわけである。
「できました」
「あと洗濯機のフィルター、掃除するために取ったのじゃが、上手くハメ込めなくなったから、再生産して直してくれんか?」
「それはコツを掴んでハメてください」
「なんじゃと!? お主、魔王たる妾に努力しろと申すのか!!」
「め、めんどくさい……」
仕方ないのでフィルターをハメ込んであげる。
「ずっとここで生活しているんですか?」
「まあの。妾はインドア派なのじゃ」
これだけの家電、どうやって揃えたのやら。
案外、どこかで飛鳥関白もこんな風に隠れているのかもしれない。
瞬間、黒子に電流が走った。
圧倒的閃き。気づき。
「ダンジョンで起こること、ぜんぶわかるんですよね?」
「そうじゃが?」
「あ、飛鳥関白という人が、どこにいるのか、わかりますか?」
「もちろん」
「本当ですか!?」
「じゃが、教えぬ」
「なんでです!?」
「恩があるからのお」
「お、恩ですか?」
「このタブレットをくれた恩がの」
先に接触していたのだ、飛鳥関白は。
そしてタブレットを渡し、手懐けたわけだ。
「そこをどうにかなりませんか? あの人、人殺しなんですよ。亡くなった人たちのためにも、いち早く捕まえないといけないんです」
「だからなんじゃ。妾の土地に勝手に入って勝手に死んだやつのことなんぞ知らん」
「うぅ……」
「じゃが、デリバリーの恩がある以上、お主のこともやつには話さん。妾は不干渉じゃ」
傍観者にすらならない管理者。
徹底した無関心。
理屈も、彼女の怒りも納得できるが、どうにも黒子は腑に落ちなかった。
「バッテリー無限のタブレットを生産しましたけど」
「むぅ、お主、なかなか言いよるのお。……わかった、なら代わりに良いものをやろう」
「?」
魔王がタンスから小さな宝箱を取り出した。
「それは?」
「まあ見ておれ」
魔王が箱をパカッと開けると、中には黒い真珠が入っていた。
おそらく、魔力石だろうか。
魔王が真珠を特性タブレットに触れさせると……。
「え!?」
「ふっふっふ」
タブレットと、雷の魔力に分かれたのだ。
まるで、関白がやった分離のような現象。
「あらゆるスキル効果を、一時的に無効化する魔力石『カオスパール』じゃ。これをくれてやる」
「カオス……パール……」
スキルの無効化。反則級の能力。
これさえあれば、関白が持つおぞましい分離のスキルを突破できるに違いない。
「あ、ありがとうございます」
「うむうむ。よいぞ。ほれ、また生産し直してくれ」
「……また恩ができちゃいますね」
「なぬ!?」
「冗談ですよ。あはは!!」
「まったく、可愛い顔して恐ろしい小娘じゃ……。どうじゃ、妾に仕えてはみぬか?」
「それは、ちょっと……」
「そうか。残念じゃな。となると、お主と会うのはこれが最後かもしれんの」
「へ?」
入室ルートが判明したのだから、何度でも来れるはずである。
「だいぶ休んでパワーが復活したからのお。そろそろ、元の世界に変えるのじゃ」
「え……」
「いくら居心地が良くても、自由に伸び伸び生きていくなら、やはり故郷が一番じゃ。ダンジョンモンスターたちもそう思っておる。……なーに、もう追われるような真似はせぬよ。懲り懲りじゃ」
「ダ、ダンジョンは?」
「もちろん一緒に帰るぞ。妾の土地じゃからな」
「そ、それは、いつですか?」
「そうじゃのお。来月、いや再来月くらいかのお」
遅くても2ヶ月後には、ダンジョンが消滅する。
処理しきれぬほど突拍子もなく、重要な情報。
なにもかもが変わってしまう。日常が、日々が、仕事すら。
喜びも悲しみも怒りも楽しさも、すべてを含んで包んできたダンジョンが、なくなる。
「嫌とは言わせぬぞ」
「あ、いや、その……魔王さんが決めたのなら、しょうがないです」
「妾の部下になって一緒に世界を渡りたくなったら、いつでも言うのじゃぞ」
「……関白は」
「む?」
「関白は、部下になったんですか?」
もしそうなら、関白は魔王やダンジョンと共にいなくなることになる。
この世界から。自分を注目し、追う、あらゆる人間の前から。
完全に。
「なっとらん」
「ほっ……」
「じゃが、いまのやつはゴブリンじゃ。つまり、ダンジョンの住人。一緒に帰る権利がある」
「そ、それを関白は!!」
「知っておるよ」
「それで……」
「笑っておった」
安堵という崖からの転落。
一気に血の気が引いていく。
これだ。おそらく関白は、これを利用するつもりだ。
とことん、極限まで逃げ切って、ダンジョンごと消えるつもりなのだ。
そして魔王の世界で、自由に暮らす。
もちろん元通りの生活にはならない。
それでも、近しい人生を送れるかもしれない。
少なくとも、この世界にいるより遥かにマシ。
なら、ゴブリン化を解除する気はないのか。
わからない。しかし、それが、関白の狙いである予感が、黒子にはあった。
「急がないと……」
「そんなにヤツを捕まえたいか?」
「もちろんです!!」
「うーん。そうか……。妾は可愛い女の子には弱いからのお。加湿器や洗濯機の恩も残っておるし……」
「え!? じゃあ居場所を!!」
「それはそれじゃ。……よしわかった、さらにもうひとつご褒美をやろう。こっちにこい」
魔王に近づくと、彼女は黒子の頭に触れた。
「わっ!!」
「大人しくせい」
直後、黒子の体温が著しく上昇し、心臓が強く締め付けられた。
この感覚、間違いない。スキルのレベルアップだ。
「これでお主はヤツと同じ、スキルレベルSS」
「ま、魔王さん……」
「優しいじゃろ? 部下になりたければ、いつでも大歓迎じゃぞ」
一時的にスキルを無効化できるカオスパール。
そして関白と同じスキルレベル。
これなら勝てる。
今度こそ倒せる。
そう断言できるほどの確信が、黒子の全身にみなぎった。
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※あとがき
そろそろ関白とも決着をつけます。
平和な日常回をたくさんやりたいので。
でもまだまだ、時間が掛かりそうな予感……。
応援、よろしくお願いします!!




