第58話 雀鬼ヨルヨ その2
麻雀とは、34種の牌を14枚集めて役を作り、点数を奪い合うゲームである。
34×4の136枚の中から、それぞれ最初に配牌として13枚が配られる。その後、牌が積まれた山から一枚ずつ引き、不要な牌を捨てて、目当ての役の完成を目指すのだ。
簡単な役は点数が低く、難しい役はもちろん高い。
相手の手牌を読んでさっさと安い手で上がるのか、それとも高い手で一気に点数を稼ぐのか。
洞察力と運、判断力や決断力が試されるゲームである。
「半荘一回。親は……木下だな」
新生ドットマジェスティのリーダー、坂崎が仕切る。
彼の言う親とは、最初に牌を捨てる者を指す。
親の場合は貰える点数が上がる代わりに、支払う点数も上がる。
親は右回りに交代する。
席順は木下、坂崎、織田、ヨルヨの順。
つまり、ヨルヨが最後の親になる。
「麻雀……久しぶりね。けど負けないわ。くふふ」
配牌は悪くない。
これなら早く、そこそこの役が狙えそうだ。
4人が順々に牌をツモる。
「木下、お前の親だ。しくじるなよ」
「わかってるさ坂崎。まあ、ちーっと緊張するけど」
事が起こったのは、7巡目。
「リーチ」
親、木下のリーチ。
あと1枚で和了れる状態になったのである。
ヨルヨの視線が木下の捨て牌へ映る。
相手が捨てた牌によって、相手が狙う役や欲しい牌がある程度わかるのだ。
(おそらく……三、六索の両面待ちね。筒子の下の方は、絶対に通るはず)
牌をツモり、不要な二筒を捨てる。
すると、
「ロン!!」
ヨルヨの捨てた牌を『ロン』し、木下が和了ったのだ。
「え!? し、しかも二筒単騎待ち!?」
単騎待ちとは、あと1枚で和了れる牌が一種類のみであることを指す。
「立直、一発、断么九、ドラ2。満貫12000点!!」
「くっ!!」
ヨルヨの持ち点が、木下へ奪われる。
さらに親が和了った場合、続けて親を続けることができる。
幸先の悪いスタート。出鼻をくじかれ、ヨルヨの血の気が引いていく。
「まだまだ、これからよ」
が、続く2本場。
「リーチ!!」
木下がわずか4巡でリーチした。
速すぎる。あまりにも。
運を味方につけているのか。
寒い。
汗が冷たい。
坂崎たちの邪悪な笑みが、死神の微笑みのようにヨルヨを凍りつかせる。
またロンされるわけにはいかない。
(捨て牌を見る限り、こいつは萬子で染めてる。ならここは……一筒)
「ははは!! ロン!!」
「そんな……」
「立直、一発、ドラ1。7700点」
しかも、また単騎待ち。
麻雀に置いて、待ちは多い方が良い。
それより、ヨルヨが気に食わないのは、
(筒子ではなく索子に染めていれば、もっと点数高かったのに……。そうかこいつ、私を狙い打ってるのね)
ヨルヨの捨て牌から、後々彼女が捨てるであろう、不要になりそうな牌を察したのだろう。
(安い手でも、着実に私から点数を奪おうとしているんだわ)
既にヨルヨは19700点を失っている。
点数は1人のあたり25000点。つまり、ヨルヨの残り点数は5300点。
これ以上負けられない。
緊張の焔が、ヨルヨの脳を燃やす。
熱くって、怖くって、息苦しい。
(そ、そうなってくると、あの手の速さも怪しい。鳴いたわけでもないのに、あんなにすぐ揃うなんて)
ポンやチーなど、他人の捨て牌を貰うことを『鳴く』という。
利用した場合、点数が下がる仕組みである。
・ヨルヨ弱すぎ
・脱衣麻雀にしようぜ
・ヨルヨ、脱いだら点棒貰えんじゃね?
・焦ってるの可愛い。泣かせたい
コメントの連中がヨルヨの手牌を教えているのか。
ありえない。ドローンは卓全体を映しているが、それぞれの手配は映していないのだ。
リーダーの坂崎がタバコを吸い始める。
「これじゃあ、次で飛んじゃうんじゃないですかあ? ヨルヨさ〜ん」
「くっ、調子に乗るんじゃないわよ」
「ささ、次行きましょう、次」
3本場。
ヨルヨの最初の手牌は……。
(さいあく……)
まったくバラバラの、泣きたくなるような配牌であった。
「ところで木下、彼女とはどうなんだよ」
「いー感じかな。ピクニックに行く予定だぜ」
男たちの会話などまるで無視し、ヨルヨの神経は牌に集中していた。
まったく勝てる予感がしない。
男たちの捨て牌ひとつひとつが、ヨルヨの心臓を突き刺すような嫌な痛みを与える。
「はぁ……はぁ……」
怖い。負けるのが怖い。
負ければ関白のもとに連行される。
おそらくゴブリン化解除の薬を生産させるための、人質にされる。
母や兄の仇も取れず、黒子に迷惑すらかける。
「ど、どうすれば……」
こんなとき、黒子ならどうする。
かつて自分を倒した駿河なら。
そうだ、駿河もあのとき、絶体絶命の窮地から逆転した。
自分ができることを精一杯やって。
なら、自分にできることを、最後までやるしかない。
「坂崎ぃ、トンでもない手になるかも」
「お〜」
さっきからうるさいな、こいつら。
木下と、坂崎。
麻雀がはじまってから、ずっと2人だけで話している。
もうひとりは全然喋っていない。
口下手なのか。
否、もしや話さないのではなく、『話す必要がない』のか。
意味があるのか、彼らの言葉には。
思い出せ、やつらの会話。
まあ、ちーっと緊張。
いー感じ。ピクニック。
トンでもない。
瞬間、ヨルヨの脳みそで白い衝撃が破裂する。
(通しか!!)
暗号や合言葉で欲しい牌を伝えるイカサマである。
まあ、ちーっと、なら……七萬。
いー感じ、ピクニック、なら……一筒。
トンでもない、なら……東。
間違いない、通しが行われている。
となれば、坂崎が木下に牌を渡していることになる。
だが、ならば木下は坂崎の捨て牌で『鳴く』はずだ。
まさか……。
(私の死角。卓の下で牌を渡しているのね)
自分の手牌から渡し、足りなくなった分はツモるときにさり気なく2枚取れば良い。
これなら鳴かなくていい上に、リーチも早くなる。
(こいつら……この私に古臭いイカサマを……)
手品の種はわかった。けれど、どう対策すればいい。
木下の腕だけ重くして、動かせないようにすればいいのか。
坂崎が自由な時点であまり意味がない気がする。
それに、プレイヤーへの直接攻撃は御法度。
指摘すればいいのか。無理だ、現場を抑えようと屈めば、その動きに対して手を引っ込められてしまう。
明らかに、ヨルヨが卓の下を見る動作より、奴らが手を上げて何事もなかったかのように振る舞うほうが速い。
・ヨルヨ、脱げ
・負けたら犯しちゃえよ
・泣け泣け泣け
・負けろおおお
「ははは!! コメントの指示通り、脱いだら点棒あげますよ。そのぶんたくさんスパチャされますからねえ」
「私は、負けない。あんたら見たいな、クズどもに!!」
負けてたまるか!!
瞬間、ヨルヨの心臓が高鳴った。
スキルのレベルが、アップしたのだ。
「くふふ」
「あん? 追い詰められて壊れたか?」
坂崎がツモろうとする。
指先に、違和感が生じる。
「な、なんだ……」
「くふふ、重いでしょ」
「な、なにをしたんだ!!」
ヨルヨが笑う。
かつてドットマジェスティに属していたころの、邪悪な笑み。
死神は男たちではない。自分なのだ。
「卓にあるすべての牌を重くしたわ。こっそり隠して渡せないくらいにね」
「バ、バカな。お前が重くできるのは1つだけだろう!!」
「そんなの過去の私よ!! くふふ、問題ないわよね? プレイヤーに直接攻撃しているわけじゃあ、ないんだから!!」
「ちっ……」
こうなってはイカサマは使えない。
牌をツモり、手牌に引き寄せ、そこから牌を捨てるだけで精一杯なのだ。
ならヨルヨも厳しいのでは。答えは否。自分が引く牌の重さだけ通常に戻せばいい。
半径5メートル圏内になるすべての物質の重さを、数に関係なく操作する。
それがヨルヨの『重力操作スキルレベルAAA』なのだ。
「ぐ、うぅ……」
坂崎が牌を捨てる。
「くふふ、それよ。ロン!! 8000点」
「くっ」
流れが変わった。
勝利の女神がヨルヨに微笑み、絶望を与える悪魔が男たちの背を旋回する。
加えて、ヨルヨにはさらなる秘策があった。
牌は、文字が直接刻まれているため、絵柄によって微妙に重さが変わる。
本来、人には判断できないほど極僅かな重量差。それをスキルによって、触れずとも把握しているのだ。
そう、いまのヨルヨは、効果範囲内にあるすべての物質の重さを感じ取れる。
自分がいつ、何の牌を引くのか。
わかってしまえば、それに合わせた手牌へ仕上げるだけ。
「くふふふ、またロンよ。立直、断么九、三色同刻、ドラ5。くふふ、16000点」
「こ、このガキ……」
「あれれ〜♡ イカサマできないとこんなに弱いの〜? なっさけな〜い♡♡」
「ぐ、ぐぐぐ……」
「シンプルに麻雀が下手っぴ♡ 15歳の女の子に負けるって、大人の男としてどうなの〜? 恥ずかしくないの〜? くふふふふ」
・生意気で可愛い
・ざまあww
・メスガキで草
・これはこれで興奮する
・男ども、脱げよ?
ヨルヨの連勝はその後も続き、
ついには、
「くふふふ、ツモ!! 四暗刻単騎。……あんたら全員、持ち点マイナスね!!」
「ば、ばかなあああああ!!!!」
対局が、終わった。
「くふふふふふ。あ〜、良い気分だわ。あんたら見たいなザコが、ドットマジェスティを名乗らないでほしいわね。くふふ」
「う、うぅ」
「さて、契約通り3つの命令に従ってもらうわ。まずひとつ、金輪際二度と人を陥れようとしないこと。そして2つ目は……そうね、くふふ、あんた達これから話すとき、語尾に『おっぱい』をつけなさい」
「なっ!! そんなことできるわけないだろ、おっぱい!! ……なに!?」
契約は既に結ばれている。
命令は、即実行されるのだ。
「さ、坂崎ぃ、どうにかしてくれよおっぱい」
「俺にはどうしようもできねえよおっぱい!!」
・草
・草
・キモくて草
・これもう誰とも喋れねえな
「くはははは!!!! キモ♡ きもちわる〜い♡ まぁ、あんたらにはお似合いよね。くふふ♡」
「ちくしょーーーーッッ!! おっぱい!!」
「さて、それじゃあ最後の命令。飛鳥関白について知っていること、全部話しなさい!!」
「く、くっそ〜。おっぱい……」
「だーはははは!!!! くふふふ!!!!」
男たちは観念し、関白について語り始めたのだった。




