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第53話 菊姫ちゃんが来た!! その2

 キングウルフのオスは基本的に群れで行動しない。


 各階層ごとに縄張りがあり、そこで生活をしているのだ。

 かつては地下3〜5階層までが、黒子も面識のあるキングウルフの縄張りであったが、子供たちだけになった現在は4階層のみに減ってしまった。


「菊姫さんは、いつからあの子たちを観察しているんですか?」


 黒子と菊姫は、ステルスマントを羽織りつつ、長草の影に隠れてキングウルフの子供たちを見守っていた。


「もう、3週間は」


「そんなに!?」


「学校行って、家でシャワー浴びたら、あとはここにきて観察。の繰り返しです」


「おぉ……」


 結構ガチである。

 物凄い情熱が彼女を突き動かしているらしい。


「ち、ちなみに黒子さん、あそこの、額に黒いブチがあるのが、弟です」


「あぁ、あの子ですね」


 先ほどイノシシを追いかけていた方である。

 木から飛び出し、トドメを刺したのが兄だ。


 弟はイノシシを、兄よりもガツガツ食べていた。

 兄と分け合っていないというより、兄が自分の分まで与えているようである。


「癒されますね〜。私、実は犬派なんですよ。あはは」


「わ、私も、です」


・お兄さん優しい


・黒ぶちの弟遠慮ねえな


・お兄さんが親代わり


・人間みたい


・かわいい


・俺も犬派!!


 2匹がイノシシを食べていると、


「黒子さん、あそこ見てください」


 別のフロアから、2匹の別のキングウルフが入ってきた。

 しかも兄弟と同じく、子供である。


「メスです」


「菊姫さん、わかるんですか?」


「はい。別階層を縄張りにしているキングウルフの子供です。おそらく、迷い込んでしまったのでしょう」


「なるほろ〜」


 モンスターの詳しい生態に関しては、もはや黒子より上のようだ。


 兄弟がメスたちに気づく。

 しかし姉妹は兄弟を無視し、地底湖に飛び込んで、中心にある小さな陸地で寝転んだ。


 差し詰めバカンス気分なのだろう。

 迷い込んでいるのに、呑気なものである。


・求愛チャンス!!


・いけ


・うおおおおお


・カップル成立か?


 黒子と菊姫が黙って見守る。

 これは確かに求愛チャンス。

 彼女たちをモノにできれば、将来的に家族が増えるのだ。


 まず真っ先にお兄さんが湖に飛び込んで、陸地に上がった。

 しかし、


「あれ、黒ブチくん、飛び込むの躊躇ってますね」


「あの子……泳げないんです」


「ええ!?」


「ちょ、静かに……」


 お兄さんが心配そうに弟を見つめている。

 これでは求愛どころではない。


「うぅ、泳げるようになるアイテムを生産するしか……」


「そ、それはダメです。メスが驚いて逃げちゃいます」


 黒ブチは鼻先を水につけるが、すぐ離してしまった。

 じーっと、水面を見つめるばかりで飛び込めない。


・がんばれ


・たくさん食ったろ!!


・メスにかっこいいところ見せろ


・ドキドキする


・がんばれー


 それでも、勇気がでない。

 兄に近づけない。


 時間だけが過ぎていく。

 メスたちが飽きて帰ってしまう。


 そのとき、


「き、菊姫さん、あれ!!」


 フロアに、金色の体毛に覆われたクマが現れた。

 額にある角はポッキリと折れているが、それでも兄弟たちより遥かにデカい。


「ジェノサイドベアーですよね!?」


「は、はい。いまは3階層の隅っこで暮らしているはずなのに、どうして……」


「縄張りを広げに来たのでしょうか」


「おそらく、餌を探しに来たんだと思います。右目に切り傷がありますから、片目になって獲物に逃げられ続けているのかも」


 右目の視力を失ってもなんとか狩れる餌を捜しに、4階層まで来たのだろう。


 黒ブチの弟がビクビクと震える。

 キングウルフは勇猛果敢であるが、さすがに子供のうちから巨大なクマには立ち向かえない。


 お兄さんが泳いで戻ってくる。

 吠えて威嚇をはじめる。


 ここは自分たちの縄張りなのだ。勝手に荒らされるわけにはいかない。

 一度でも許したら、何度でもくる。他の個体も来るかもしれない。


 そうなれば、自分たちの餌がなくなってしまうのだ。


 ジェノサイドベアーも、鬱陶しそうに威嚇しはじめた。


「菊姫さん、キングウルフは戦う時、毛を強固に逆立てるはずです。硬い針みたいに。でもあの子、まだ毛が柔らかそうですよ?」


「子ども、だからでしょうか」


「そんな……」


 弟が逃げ出した。

 残った兄が懸命に吠え続ける。


 この縄張りだけは譲れない。

 守りぬいてみせると。


「うぅ、わたし、手助けしてきます!!」


「ダ、ダメです黒子さん」


「どうしてですか?」


「自然に、介入しちゃ、いけません」


「けど、ずっと見守ってきたキングウルフのピンチですよ!?」


「裏を返せば、あのジェノサイドベアーのピンチでもあるんです。ここで餌を狩れなければ、飢え死にしてしまうかもしれない。……どちらかの肩を持つ権利は、私たちには、ないんです」


 反論したい黒子であったが、やめた。

 菊姫が唇を噛み締めているからだ。

 彼女だって、できれば助けたいのだ。


 しかし、クマを殺すような真似もできない。


 ここから先は神の領域。

 人間は、立ち入り禁止なのである。


・菊姫ちゃんがウルフ引き取るとか


・簡単に保護とかいうな


・ウルフがんばれ


・仲良くできないもんかね


 彼らの性格を捻じ曲げない限り、共存は不可能だろう。


 ついにクマが動きだす。

 お兄さんウルフを叩き飛ばす。


「あっ!!」


 このままでは殺されてしまう。

 その瞬間、


「キャウ!!」


 逃げたはずの弟が戻ってきたのだ。

 兄を助けるため。

 勇気を振り絞って、巨大な敵に立ち向かう決心がついたのだ。


「き、菊姫さん!!」


「すごい、まだ子どもなのに」


 黒ブチ弟の毛が逆立っている。

 全身を守る針のように。


 キングウルフの戦闘モード。

 一人前の大人の証である。


 兄を助けたい。その一心で、黒ブチの弟は覚醒したのだ。


 弟がクマに突進すると、クマは毛に刺された痛みで、潰走していった。


 弟が兄に駆け寄る。

 兄は無事であった。


 じんわりと、黒子の瞳が熱くなる。


「よかった……」


 隣の菊姫も、ぐすぐすと号泣していた。


「泳げないような子だったのに、立派になりました……」


・感動した


・つええええ


・泣ける


・まさにキング


・神回じゃん


「黒子さん、ありがとうございます」


「へ? 私はなにも……」


「ふ、不眠ドリンクと、ステルスマントをデリバリーしてくれました。これがなかったら、寝ちゃっていたかも、き、気づかれていたかも」


「菊姫さん……」


「この光景を、視聴者のみんなと見ることができたのは、黒子さんのおかげです」


「そ、そんなこと……」


 否定こそするが、内心は熱く燃えていた。

 嬉しい。こんなふうに喜んで貰えるのが。


 一緒に観察していて、改めて実感する。

 ダンジョンは素晴らしいところだ。

 そこで各々、大勢の人間を喜ばせようと活動する冒険者たちも素晴らしい。


 これからも、そんな場所を、人を、守っていきたい。

 サポートしていきたい。


 不安はあるけれど、躊躇わない。


「私こそ、ありがとうございます、菊姫さん。なんか、吹っ切れました」


 こうして、本日の観察は終了した。






 数日後、黒子のパソコンに菊姫からのメールが届いた。


 菊姫はあれからも観察を続けているらしい。


 実はクマとの戦いから2日後、兄のウルフが亡くなっていた。

 寄生虫が原因であった。


「そんな……」


 無意識に拳を握ってしまう。

 涙腺が緩んでしまう。


 メールの最後にはリンクが貼られていて、クリックすると動画が流れ出した。

 そこには、


「あ、あの子……」


 地底湖をすいすい泳ぐ、弟ウルフが映っていたのだ。

 遊びに来たメスたちに求愛して、一緒に狩りまでしている。


「ほんとに、立派になりましたね……」


 親が死んで、面倒を見てくれた兄も亡くなった。

 それでも、黒ブチのウルフは懸命に生きていく。

 いつか、正真正銘のダンジョンのキングになるために。


「負けていられませんね」


 依頼が届いた。

 誰かが黒子に助けを求めているのだ。


「よーし、今日もデリバリー、がんばるぞーっ!!」

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