第48話 黒子と駿河
「なるほどね」
自宅にいる千彩都が、電話口に向かってそう告げる。
「だから黒子、私の電話にもでないんだ」
通話先は黒子ではない。
鎌瀬太郎だ。
黒子の家のキッチンで、太郎は蹲りながら小声で反応する。
「そうなんす。師匠、あれからすっかり落ち込んでいて、俺がなに言っても、なに作っても反応なしなんす」
『自分が渡したアイテムが、サイコ野郎に利用されてたんだもんね、そりゃあ』
「そうっす。ヨルヨちゃんも、自分の部屋にこもって出てこないし……」
『アポ魔女。松平駿河は?』
「まだ師匠の家にいるっす。ソファでずっと、考え事してるみたいで」
あの戦いのあと、全員一旦黒子の家に戻った。
今後について話し合う。
そんな名目だったのに、誰も、なにも口にしなかった。
一夜明けても、なお。
それほどまでに衝撃的だったのだ、飛鳥関白とサリーの存在は。
『そっか……。またなにかわかったら教えて』
「了解っす!!」
太郎が通話を切る。
沈黙が、彼の耳を突き刺す。
息苦しい。
もうすぐ日が暮れる。
夕日が黒子を照らす。
すると、
「駿河さん」
黒子が、重たい口を開いた。
「本当に、ごめんなさい。もっと早くに気づくべきでした」
「黒子が謝る必要なんかないわ。むしろ、愚かだと責められるべきは、私。あの飛鳥関白の近くにいたのに、勘づくことさえできなかった。姉さんは、あいつに……」
強く拳を握る。
目頭が熱くなる。
無惨に改造された姉の体を思い出すたびに、頭が真っ白になって叫びたくなる。
しかし、そんなことをしている場合ではない。
黒子のおかげで、関白はダンジョンから出られなくなった。
追い詰めている。
探し出せるはずだ。
「きっと、大丈夫。大丈夫よ」
そんなふうにギリギリ冷静でいられるのは、姉の小牧が『不死』だからだろう。
あんな姿になっても、きっと元通りになるという希望があるからだ。
だが一方で、ヨルヨの母は不死ではない。
死が、確定している。
故に駿河は、自室にいるヨルヨの様子を伺うことすらできなかった。
自分が何を言っても、マイナスに受け取るだろう。
「反省ばかりしても埒が明かないわ。考えましょう、これからのことを」
「……そうですね」
「飛鳥関白は、絶対に外に出られないのよね?」
「はい。ゴブリン化は薬じゃ治りません。救助隊を呼んでも無駄です。外と連絡を取るのは可能でしょうけど」
「近いうちにあいつの家に行ってみましょうか。……この状況で、関白はどうするかしら。仲間がいるなら、そいつに頼るのでしょうけど」
「まずハッキリしているのは、目立った行動はしないということです。すれば私たちに居場所がバレます」
「けれど、逆に私たちを誘き寄せるかもしれないわ。私たちの誰かを人質にしたり、脅して、黒子にゴブリン化解除のアイテムを『生産』させるかもしれない」
「たしかに、そうですね……」
「気をつけてね。客を装って、黒子を呼び出すかもしれないから」
「……平気です」
蚊の羽音のようにか細い声であった。
なにが平気なのか。疑問に思った駿河であったが、黒子の暗く沈んだ表情から、答えを察した。
「まさか、辞めるつもり? デリバリー」
「だって……もしまた、悪い人にアイテムを渡しちゃったら……」
「自分を責めないでって、言ったでしょ」
「……でも、私、怖いんです。これから出会うお客さん、みんなが飛鳥関白に見えそうで」
本能的に、駿河は黒子の手を握った。
少し痛いくらいに、強く。
まっすぐで熱く澄み切った眼差しが、黒子を見つめる。
「みんなをサポートする。それが黒子の生き甲斐なんでしょ? 冒険者たちも、黒子に感謝している。みんな黒子が大好きなのよ。そんな日々を、あんなサイコパスのせいで失うなんて、絶対にダメ」
「駿河さん……」
「しばらく休んでもいい。けど、辞めるなんて言わないで」
黒子の視界がぼやけていく。
頬が熱くなって、鼻水が出てしまう。
駿河の前なのに。情けない顔を見せてしまう。
それでも、溢れる感情が収まらない。
「ありがとう、ございます」
駿河の手が、黒子の頭を優しく引き寄せる。
胸に顔を埋めさせ、髪を撫でてあげる。
「……そのためにも、早く関白を倒さないとね」
「はい」
「せめて、録画が残っていたらよかったんだけど、ドローンが壊されなければ……」
と、深くため息をついていると、
「あの〜」
太郎が声をかけてきた。
「実は……あるっす」
「え?」
太郎のポケットから、小さな黒い機械が出てきた。
円形のガラスが取り付けられたそれは……。
「まさか、カメラ!?」
「ドローン壊されちゃうかもな、って思って、あらかじめ、あの部屋の隅っこに置いておいたんす。いやー、気づかれなくってよかったっす〜」
駿河と黒子が顔を見合わせる。
キョトンと、まさに虚を突かれたかのように、ぽかんと口を開けて。
「なんで早く言わなかったのよ!!」
「だ、だって言える雰囲気じゃなかったんすよ!!」
黒子の顔が、明るく染まった。
「鎌瀬くん大手柄です!!」
「画質も音質も悪いっすけど」
「ないよりはマシですよ!!」
黒子がカメラを受け取る。
「駿河さん、力を貸してください」
「へ?」
「ここにすべてが記録されています。そして、超大人気配信者の駿河さんの言葉で拡散すれば、飛鳥関白は凶悪な人間だと、みんな周知します」
「そうなれば、関白はダンジョン内でも人前に出られない」
「しかも世界中が関白を注目し、警戒するわけですから、ダンジョンを管理している運営、救助隊も率先して関白捜しをするはずです」
「関白の行動が、かなり制限される」
「はい。もうあの人は、私たちに隠れて人間に戻る手段を探し、こっそり人気のない場所へ逃げ続けるしかありません。そんな場所を調べまくっていれば、いつかは」
駿河の胸が高鳴る。
追い詰めている。想像よりも遥かに。
あとは、すべてのダンジョンのどこかにいる関白を見つけ出すだけ。
「でも、一番難しいのは」
「……」
その先の言葉を、駿河は察した。
飛鳥関白は、強い。
彼を守るサリーもまた、反則級を怪物だ。
それでも。
「やるしかないわ」
駿河の声ではなかった。
黒子でもない。
「お兄様は厳しくて、いつも私を怒ってたけど、あのとき、関白から私を守ってくれた。命懸けで守ってくれたのよ」
「ヨルヨちゃん……」
目を真っ赤に腫らしたヨルヨが、部屋から出てきていた。
「お兄様のためにも、お母様のためにも、必ずあいつを見つけ出して、ぶっ飛ばす!! 今度こそ!!」
駿河と黒子が頷く。
少女たちの決意を目にしていた太郎は涙を流し、誓うのだった。
次こそは足を引っ張らないぞと。




